襲撃
「結構暇なんですよ、馬車って。あんまり暇だからうたた寝してたら、神官らしい事する機会逃しちゃうし」
「暇なのはいいことですよ、シュルトさん。盗賊でも襲ってきたら暇だのなんだのって……」
会話を遮るように響いたのはカン、という音。
何かが馬車にぶつかったような……そんな軽い音にしかし、アリサは一気に警戒を最大まで引き上げる。
「敵襲ー!」
周囲にビリビリと響くようなアリサの声に先行していた騎士達も馬を止めて振り返り、馬車に刺さった矢を見て「敵襲だ! 弓を持った奴が隠れているぞ!」と叫ぶ。
「くそっ、この距離で弓だと!? 森までかなりの距離があるんだぞ……!」
盾を構えた騎士達は周囲を見回し、他に何もいないことを確認すると矢の飛んできた方角……すなわち、森を睨み付ける。
街道から森まではそれなりの距離があり、あそこから矢で狙撃しようとするならば相当の腕が必要になる。
だが逆に言えば、撃つだけならばそこそこの腕で出来ないわけではない。
「たぶん威嚇です。実際、そこまで深く刺さっているようには見えません!」
御者席にあった盾を携えて御者席から降りてきたアリサに騎士は顔を向けると、続けて用心深く森を見つめる。
「だとして、何故第二射が来ない。少なくとも届かせる腕を持っているなら、かく乱くらいにはなるはずだ」
「……さあ。そこまで考える頭がないのか、それとも……こちらに警戒させて足を止めるのが目的だったのか」
「そんなものにのってやる必要は感じないな」
騎士はそう吐き捨てると、他の騎士達に命令するべく声を張り上げる。
「全員、魔法戦準備! 火系以外の魔法を、発射点と思われる場所に向けて叩き込め!」
「はっ!」
他の三人の騎士達は叫ぶと馬から降り、馬車の前に立つように布陣し手の平を森へと向ける。
「水の力を此処に。凍てつき、輝き、打ち倒す猛き力……」
「土の力を此処に。集い団結し、強固なる歴史の力……」
「風の力を此処に。駆ける、集う、切り裂く不可視の刃……」
詠唱と共に騎士達の眼前に力が集っていくのを見てカナメは思わずエリーゼを見るが、エリーゼは杖を構えて森を睨み付けるのに集中し気づきもしない。
だが確か……カナメの記憶が正しければ、エリーゼはこんな詠唱無しで魔法を使っていたはずだ。
「氷撃!」
「土撃」
「風の刃ッ!!」
放たれたのは大人の頭ほどの大きさの氷塊、同じくらいの大きさの岩の塊……そして、不可視の風の刃。
それらは森の木々を打ち倒し、切り裂き……しかし、そこからは悲鳴どころか何の声も聞こえてはこない。
騎士達はしばらく警戒するように森を見つめていたが……やがて、何もいないと判断し手をおろす。
「……どうやら逃げたようですね」
「フン、どうせ邪妖精だろうが……何も考えず矢を放った後で恐ろしくなったのだろうな」
「どうしますか、追撃は任務には含まれておりませんが」
馬に乗ったままの騎士……恐らくはルードだろうが、その騎士は「いらん」と言うと盛大に溜息をつく。
「まったく、冒険者が大袈裟に騒ぎおって。魔力を無駄にしてしまった」
「私のせいかよ……」
「何か言ったか」
「申し訳ありませんと申しました、騎士様」
飄々とそう言ってのけるアリサにルードは舌打ちをすると、他の騎士達に馬に乗るように命令する。
アリサも馬車に戻ろうとするが……そこで、何かに気づいたように腰の剣に手をかける。
「さあ、行程の遅れを取り戻し……おい! 何をし……」
剣に手をかけたアリサを叱責しかけ、しかしルードも少し遅れて「それ」に気づく。
「なんだこれは」
「地鳴りか……?」
他の騎士達もそれに……地面を揺らす地響きに気づき、馬達が驚き嘶きだす。
「エリーゼ! 馬、抑えて! カナメ、戦闘準備! 何か来る!」
「分かりましたわ!」
「あ、ああ!」
アリサの指示を受けてエリーゼは素早く手綱を握り、カナメは弓を構える。
そして、その次の瞬間。
一行の先頭……すなわちルードのいる方角から、街道を爆走するイノシシのようなものの群れが出現する。
いや、イノシシというには少々牙が凶悪な形をしているし、その体躯も馬のような大きさだ。
……そして。その上には邪妖精らしきものが乗っているのが見える。
数は総勢で三。ハンマーや斧らしきものを構えたそれらは街道を爆走して迫ってくる。
「あれは……槍角イノシシか!? 何故邪妖精共があんなものに乗っている!? いや、それより何故この距離まで……!」
「囮です! たぶんあの矢は、こっちの注意を森に引き付け……って、そんな事言って……ええい、カナメ!」
とてもではないが、盾一つでどうにか防げるような相手ではない。
そう感じたアリサは叫び、カナメの「矢作成!」という声がそれに答える。
カナメの矢作成に必要なものはカナメの魔力と、矢の素材。
まさか馬車を矢の材料にするわけにはいかないが……空中に向けられたカナメの手の中には、「風」がある。
「逃れ得ぬ風の矢!」
生れ出た半透明の矢がカナメの手の中に握られ、すぐにそれを番え放つ。
装甲蟻との戦いの時には木に刺さってしまった矢だが……半透明の矢はカナメの手元から離れると風を切り裂いて飛び、アリサとルードの頭上を飛び越えて飛翔する。
「ギイイヒヒヒヒヒ!」
「ギヘハハハハ!」
叫ぶ邪妖精達は矢には当然気づいたが、自分達の速さを充分に理解しているが故に嘲笑するような叫び声をあげる。
ここまで来たら、もうそんなものに当たりはしない。
矢で牽制し、静かに接近し一気に駆け抜ける「必勝の策」は絶対だと。
そう信じるかのように先頭を走る邪妖精は斧をブンブンと振るい……しかし、急速に軌道を変えて自分の額に突き刺さった半透明の矢に「ギヘ?」という声をあげた。




