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異空のレクスオール  作者: 天野ハザマ
アフターストーリー

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カナン大祭とエル3

年末ですね。皆様、よいお年を。

「おいエル! 何を勘違いしておる! 妾じゃぞ!」


 扉をドンドンと叩く音は意外に力強く、エルは仕方なしに再度扉を開ける。

 すると、そこには胸を張った少女……シェリーと、扉を叩く護衛騎士のジークの姿があった。

 勝ち誇った顔のシェリーと疲れた顔のジークを見て、エルは僅かな同情を含む目でジークと視線を合わせる。


「……大変だな、あんたも」

「仕事ですので」


 言いながら下がるジークにプロ意識を感じつつも、エルは溜息と共にシェリーに目を向ける。


「で? なんだよ姫さん。俺ぁ、これから風呂行くつもりなんだが」

「おお、そうか。いや実はな? 今日はカナン大祭とかいう催しが行われるじゃろ?」

「あ、ああ」


 嫌な予感がしてエルの背中を一筋の汗が流れるが……満面の笑みのシェリーはそのままエルの腕に自分の腕を絡めてくる。


「誘いに来てやったぞ。嬉しいじゃろ? 嬉しいと言え」

「あー、なんだ。そんな事か」


 明らかにホッとした顔をするエルにシェリーは疑問符を浮かべるが、エルは本気で安心した顔で言葉を続ける。


「姫さんのことだからてっきり、「大観衆の集まるカナン神殿で婚約の儀をするのじゃ!」とか言ってくるもんだと思ったぜ」

「おう、その発想はなかったのう。ジーク、ちょっとひとっ走り行って話を」

「待て待て、神殿に迷惑かけんじゃねーよ」


 慌ててシェリーの口を塞ぐエルだが、これ幸いとシェリーはくるりと身体を回転させエルに抱き着く。


「いきなり乙女の口を塞ぐとは情熱的じゃのう?」

「あー、もう。しかしまあ、姫さんはあれか。露店狙いってやつか?」

「あ? 何がじゃ」

「何がって。姫さんはカナンに良縁を祈るってガラでもないだろ」

「うむ?」


 何を言ってるんだと言わんばかりのシェリーにエルは何か間違ったかと疑問符を浮かべるが、そんなエルの反応をじっと見ていたシェリーは何かを思いついたかのようにニッと笑う。


「まあ、妾だって神前で祈る時くらいはあるとも。で? エルは乙女の誘いを断ったりはせんじゃろ?」

「んー。そりゃ断らねえけどよ。ただ、カエデとも約束してんだよ。三人で回ろうっても、姫さんケンカしない自信あるか?」

「ほう? あの猪女が? あやつめ、こういう時だけは頭が回りよる」

「だからよお……」

「しばし待て」


 窘めようとしたエルを手の平を突き出し制すると、シェリーは何かを考え込むように俯く。

 ここまでのエルの反応からして、カナン大祭についてほとんど何も情報を仕入れていないだろうことは間違いないとシェリーは理解する。

 まあ、エルがこの手のイベントにほとんど興味が無いのは分かっていたが、そこを突く手筈だったのだ。

 なにしろ、このイベントは「気になる異性と二人でカナン神殿に参れば結ばれるかも」などといった噂が流れているのだ。

 かも、というのは過去一度も開催したことのないイベントであるせいだろうが、現代に降臨したレクスオールだとか言われているカナメの存在が「カナン大祭を愛の神カナンが見ているのではないか」、あるいは「カナンがこっそり紛れ込んでいるのではないか」といったような話に繋がってしまっているのだ。

 実際、愛の神カナンへの信仰が劇的に高まる日なのは間違いないだろうが……大切なのはそこではない。

 カナン神殿がこの噂に乗って、「愛の護符」なるものを配布しようと考えている点にある。二人の縁を大切に、ということで渡す「二つ合わせて一つになる」割符のようなものだが、流石のエルもそんなものを一度貰った後に別の女と貰おうとは思わないだろう。

 そこで先んじてリードしてしまう作戦だったのだが……。


「ちなみに、猪……カエデは何処に行こうと?」

「ん? 俺の良縁をカナン神殿で祈ろうとか、そういう話だったぜ」

「意外に口が回りよるのう……!」

「何がだよ……」


 ちょっと引いた様子のエルにシェリーは微笑むと、腕に力をぎゅっと込める。


「エル。ならば仲良く三人で回ろうではないか?」

「ええ? 大丈夫かよ。また決闘とか言い出さないよな?」

「前回言い出したのはあやつじゃろ?」

「そりゃまあ」

「なあに、大丈夫じゃよ。妾は寛容なほうじゃからの」


 ニコニコと微笑むシェリーに、エルは少し考えた後に「まあ……そうだな」と頷く。

 

「でも、ほんとにケンカすんなよ?」

「それはあやつに言うべきじゃのう。まるで瞬間湯沸かし器ではないか」

「いや、そりゃ否定しねえけどよ……」


 やっぱり止めた方がいいだろうか、などと考え始めたエルは、何かくすぐったい感触を感じて自分に抱き着いたままだったシェリーを引き剥がす。


「……嗅ぐんじゃねえよ。つーか汗臭いからやめろって」

「そう卑下するものでもないぞ? 香水の匂いを節操なく撒き散らす臭害発生器共と比べれば実に爽やかなものじゃ」

「いいからやめろっての。ったく……じゃあ俺は風呂行ってくる。クラン前で待ち合わせってことになってるから、カエデと顔合わせてもケンカすんなよ?」

「任せておけ、エル。やる時は妾の非をゼロにしてからにするからの」

「だからよお……ほんと頼むぜ?」


 ダンジョンより疲れる気がする。

 そんな事を考えながら、エルは浴場へと向かっていく。

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