森の奥へ
走る。走る、走る。
要とエリーゼは、森の中を全力で駆けていた。
「な、なんだありゃ……!」
「止まらないで! 食われますわよ!」
走る二人の後を追うのは、無数の黒い塊の群れ。
つやつやと光る黒い鎧のようなものを纏う六本足と、頭部についた強靭そうな牙のようなもの。
それをたとえば上から見下ろしたなら、誰もが「巨大なアリだ」と答えるであろう、その姿。
その群れが今、木々の間を埋め尽くすようにして要達の後を追っているのだ。
名前は、装甲蟻。
一匹一匹は人間の大人程度の大きさで先程の巨人と比べれば小さい方だが、硬さは比べ物にならない。
金属鎧を着込んでいるようだとすら称される装甲蟻は動きこそ鈍いが、ダンジョン内で手こずっていると仲間が集まってくるという厄介なモンスターである……のだが。そのダンジョンを抜け出た装甲蟻達は充分過ぎる程に集合し、のこのことやってきた要達を追いかけ始めたというわけである。
「え、エリーゼの魔法! で! ど、どうにかならないのかっ!?」
「あれをどうにかするって! 森を吹っ飛ばすレベルの魔法を使えと仰るの!? 半端な魔法じゃ足止めにもならなくてよ!」
「別に! 吹っ飛ばしたって! 構わないだろ!」
「ええ、そうですわね! アレを前にして発動までの時間を過ごす度胸があればの話ですけどね!」
そう、大きな魔法には当然相応の時間と集中が必要になる。
今要達を追っている装甲蟻達を纏めて吹き飛ばすような魔法を使うには、一瞬ではとても足りない。
とはいえ、のんびりと魔法の準備をしていては装甲蟻が頭をバリバリと砕きに来る方が早いのは間違いない。
だからこそ何とか逃げ切ろうと走っているのだが、装甲蟻達には諦める様子が無い。
「カナメ様こそ! こういう時にどうにか出来る魔法はございませんの!?」
「う……や、やってみる!」
当然だが、要とて矢を放とうとするなら振り返る必要がある。
振り返って矢を番え、放つ。
その過程にはそれなりの時間がかかるし、それが出来るほど距離は空いていない。
……となると、このままでも撃てて。しかも当たるような奇妙奇天烈な攻撃をする必要があるということだ。
だが要は「どの矢がどんな能力を持っているか」は分からないままだ。
つまり、それっぽい矢を片っ端から試してみるしかない。
「矢作成・逃れ得ぬ風の矢!」
何も無い空中に差し出した要の手に一本の半透明の矢が握られ、要はそれを走りながら無理矢理弓に番える。
「頼む……なんとかなってくれよ!」
視線は前に固定したまま、要は弓を引き絞り矢を放つ。
すると矢は不安定な体勢から放ったとは思えないほどの軌道を描き……そのまま複雑なカーブを描き、放つ瞬間に要の視線の先にあった木に正面から突き刺さる。
「……そういう矢かよ!」
「木なんか攻撃してどうするんですの!?」
「わ、分かってる! えーと……矢作成・追い縋る猟犬の矢!」
手近に落ちていた土を掴み唱えれば、それは要の手の中で濃い茶色の矢に変わる。
「木とかいいから……あのアリをどうにかっ!」
さっき一瞬見た装甲蟻の凶悪な顔を思い浮かべながら、要は矢を放つ。
やはり走りながらの不安定な体勢だというのに矢は高速で要の弓から射出され……そのまま、要の足元を走り抜けるようにして背後へと飛んでいく。
「お……!」
何かを砕く音が数瞬後に響き、同時に何かが崩れ落ちる音が響く。
だがそれを踏み砕く音も聞こえ、どうやら一匹だけを倒したようであることが背後の音から理解できる。
「……うーわあ。明らかに仲間踏んでるし」
「言ってる場合じゃ……!」
「矢作成・追い縋る猟犬達の矢」
エリーゼの抗議を聞き流し、要は新たな矢をその手に握る。
どの「系統」がいいのかはもう理解できた。
ならばもう、問題ない。
「……いけえっ!」
そして放たれた矢は再び要達の背後へと飛び……そのまま上空で、無数の矢に分離し降り注ぐ。
だが「降り注ぐ」というのは視覚的表現としては合っているが、事実ではない。
その一矢はそれぞれが別々の装甲蟻を撃ち抜き、死骸へと変えていく。
流石の装甲蟻達も、目の前で倒れた同胞達の死骸で築かれた障害物を前に立ち止まる。
その足の構造上「跳ぶ」ことのできない装甲蟻達では、流石にこの規模の障害となると「勢いのままに砕いて進む」ことも難しい。
そして……装甲蟻達の進軍が止まったことは、音で簡単に分かる。
「こ、こんな魔法を使えたんなら……最初から……使ってくださいませ……!」
「ふう、ぜえ……じ、事情が……うげえっ」
立ち止まったことで一気に諸々の疲れが要達を襲うが……今この瞬間にゆっくり休もうと思うほど、要達は間抜けではない。
「……で、エリーゼ。もう一回聞くけど。エリーゼの魔法でどうにかならないか、あれ」
額の汗を手の甲で拭きながら言う要に、エリーゼも汗で貼り付いた髪をかき上げながら答える。
「愚問ですわ、カナメ様。ちょうど暑くなってきたところですし……とっておきの氷魔法をご覧にいれましてよ」
そうして、「引く」という事を知らずその場に溜まっていた装甲蟻達は……エリーゼの放った超広範囲の氷魔法により、巨大な氷壁と化したのである。




