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異空のレクスオール  作者: 天野ハザマ
本編

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437/521

ゲーテスの街6

「で、乗り込むのはいいけどよ。その後どうするんだ?」

「どうって。中から魔法をぶち込むつもりよ?」


 ダリアの力任せな案にエルは宙を仰ぐと、カナメの肩を叩いてバトンタッチする。


「……任せた」

「え、ああ……えーと。たぶん壁とか壊して捕まった子ごと脱出するって言ってるんだろうけど。もう少し安全策とかあったほうがいいんじゃ」

「バカね。安全策なんてものはないわよ。必要なのは「本当に子爵が誘拐犯か」の確信だけよ」


 そう言うとダリアは立ち上がろうとして……サイズ計測の為かペタペタと触っていたルウネにグイと引き戻される。


「ちょっと」

「まだ立ったらダメです」

「分かったわよ……えーと、とにかく穏便とか穏当とか安全策とか、そういうものは要らないの。ヴァルマン子爵が本当に誘拐犯であったなら、この私が現場を押さえた時点で処刑確定。そういうものなの。たとえ私が失敗しようと、残りの特務騎士が子爵亭に突入する。そういう筋書きなのよ」


 まあ、協力者の命はプライドにかけて守るつもりだから安心していいわよ……と。そんな事を笑顔で言うダリアにカナメはゾッとする。

 これはつまり、命の重さの話だ。

 カナメは「出来る限り波風をたてず、命を尊重する」方向で事件を解決したいと思っていた。

 だがダリアは違う。事件の原因を叩き潰す事だけがダリアと特務騎士団の目標であり、それ以外は全て「その他」に過ぎないのだ。

 恐らくは捕まっている子供達の命すらも、場合によっては見捨てられる程度のものでしかないだろう。

 最初から価値観が違うから……恐らく、カナメが何を言ったところで「そういう考えがあるのは分かる」以上の共感は得られないだろう。

 

 ……だから。カナメは、違う方向からの説得を試みる。


「そうは言うけど、中に何があるか分からないんだ。ほら、俺達が出会った時の件もあるだろ? ダリアが強いのは知ってるけど、二人に何かあったら俺が心配なんだ。もうちょっと作戦に改良の余地があると思うな」

「あんな事は早々起こらないと思うけど……あの時助けられた身としては、それを出されると少し弱いわね」

「ごめん。でも心配なんだよ。もうちょっと外部から……たとえば俺とか他の特務騎士の人がもう少しフォローできるような何かがあればいいんじゃないかな」

「何か、ねえ……」


 ダリアが考えるように天井を見上げていると、二階から一人の男が……カナメも知っている特務騎士、ルドガーが降りてくる。


「簡単ではないですか。設定に少し加えればいい」

「あ、ルドガーさん」

「お久しぶりです。で、今の話ですが……元々は協力者が攫われたら、その時点で「攫った奴」を攫って子爵の名前を吐かせる算段だったのですよ」

「こえー……」


 エルがぼそっと呟いているが、それは攫った奴を攫うという部分だけでなく「子爵の名前を吐かせる」とルドガーが明言した部分だ。

 つまるところ「誘拐」という犯罪の現場を作ることで、なし崩しに用意した筋書きに嵌め込むと言っているのだ。

 その「犯人」はすでにヴァルマン子爵に確定しており、あとは辻褄合わせの話でしかない。

 そういう段階に、すでに到達しているということなのだ。


「で、ダリアは自分も潜入できそうだということで「誘拐された子供」も確保する方向に切り替えた。素直にそう言えば誤解もされないでしょうにね」

「うっさいわよルドガー。場合によって見捨てる事に変わりはないわ」

「ええ、ええ。分かっています。で、そこに安全策を足すとなると……「攫われた小間使いの男の子は実は知り合いの行商人に頼んで市井の子っぽく変装していたお嬢様」という設定を加えればよいのです」


 つまり、「お金持ちの娘」設定も生かしたままでいくということだが……ルドガーの目指すところが見えず、ダリアは首を傾げる。


「……つまり、どういうこと?」

「預かっていたお嬢様が攫われた現場を「偶然」見た行商人は慌てて「お嬢様の護衛」に話を持っていく。で、護衛と行商人一行は「返せ」と子爵の城に押し掛けるのですよ」

「待ちなさいよ。それが子爵の手勢だって証拠……は……ああ、そっか。どうにでもなるわね」

「そうです、どうにでもなります。言い掛かりで構いません。それにどうせ「お嬢様を心配した護衛達」は門を叩き壊して雪崩れ込むのですから」


 この時点でエルが「関わりたくねえ……」と呟いているが、もう遅い。聞かせている時点で逃がさないのは確定だし、「行商人側の護衛」役であるエルも突っ込む先鋒の一人になるのはほぼ確定である。


「とすると、私は出来るだけ派手に暴れた方がいいのかしら」

「それでもいいですが、脱出優先でもいいかと。場所さえ分かっていれば最悪壊れていてもどうにでもなりますから」

「そうね。あ、そうそう……なんか「ダルキン」がいるらしいから、たぶん失敗はないわ。でも敵対しちゃダメよ。たぶん相当な爺のはずだけど、多少衰えたところで……」

「さて、衰えたかどうか。老いてますます冴えるという言葉もございますが。試してみますかな、帝国の皆様方?」


 出たぁ! と。

 突然湧いて出たダルキンにダリアがそんな声をあげたのは仕方のない事だと……カナメは、そんな事を考える。

 ともかく、作戦はこれで決定した。決行は明日の夜。それで、きっと……この事件は、終わる。

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