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異空のレクスオール  作者: 天野ハザマ
本編

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424/521

荒野を行く

 地獄の特訓から五日後……カナメ達の乗った馬車は聖国の国境を抜け、帝国の辺境へと入っていた。

 王国と常に睨み合っている帝国ではあるが、聖国と接している場所に関しては然程軍備を充実させる必要性を感じていないのか、道以外は特に開発もされていない荒野が広がっているのみだ。

 この先もしばらくは小さい村や宿場町が点在するだけの光景が続くのだという。


「やー……しかし、ひっでえ光景だな。もうちょい栄えててもいい気がすっけどな」

「四十年ほど昔になりますが、その頃はこの辺りにも大きめの町があったのですがね」

「へえー、見る影もねえな」


 御者席に乗るダルキンとエルがそんな会話をする。

 そう、確かに四十年ほど前にはこの辺りにも町があった。

 聖国に向かう人々の為の宿屋が多数あり、娯楽を提供する。

 そういう町があったのだ。


「なんで滅びたんですか?」


 御者席に繋がる窓を開いたカナメがそう問えば、ダルキンはどことなく遠い目をする。


「そうですなあ……平たく言うと、儲からなかったのですよ」


 聖国にわざわざ向かおうというのは、これから商売をしようとする旅商人やダンジョンに行こうとする冒険者、あるいは神官や巡礼者といった者ばかりだ。

 たとえば旅商人であれば高すぎる宿には泊まらないし、アホでもなければ娯楽にも興じない。

 その金は彼等の生命線であり仕事道具であり、いつかの夢の為の金だからだ。

 冒険者であれば、ダンジョンで儲けるまでは金が減る一方だ。一稼ぎした直後ならともかく、その前に自分の軍資金を減らす奴は居ない……どころか、宿代だってケチる。

 神官や巡礼者だって、聖国の手前でそういう事をしようという者は居ない。

 ……というわけで、その町からはどんどん人が逃げていき……最終的には廃墟となったのだ。


「ん? じゃあその廃墟は今どうなったんだ?」

「盗賊の根城になりましてな。まあ、軽く薙ぎ払ったら更地になりました。ハハハ」

「ハハハって爺さん……」


 エルが軽く引いた顔をするが、ダルキンは素知らぬ顔だ。


「どうせなら農地にでもすれば良いものを、帝国は農業に関してはあまり興味がありませんからな」

「あー。帝国人は三度の飯より鉄が好きって言うくらいだもんな」

「ちなみにソレを帝国で言うと殴り合いになりますから、注意が必要ですよ」

「うげっ」

 

 まあ、エルの例えはともかく実際に帝国は鉱業が盛んで、それに伴う様々な業種……鉄鋼業に鍛冶、細工……そういった職業に就く人間が多い。

 食料品については最低限のものが確保されていれば良いという考え方で、一部の地域で補助金を出して奨励しているくらいだ。

 そのせいか一部の嗜好品に関しては輸入に頼る部分もあり、王国製や連合製のものが多く流れ込んでいる。

 そしてこの辺りには鉱山として有力な山も無い為、開発もされないままにこうなっている……というわけだ。


「なるほどなあ……」


 言いながらカナメが馬車の中に視線を戻すと、じっとカナメを見ているルウネの姿が目に入る。

 メイドナイトの正装だという服を脱いで普通の服……といっても旅用の厚い服ではあるが、とにかくメイド服に鎧という姿ではないルウネの姿は、いつもとは違って年相応の幼さを感じさせる。

 

「オズマ様?」

「え、あ、ああ。ごめん。まだなんとなくその姿に違和感があってさ。まあ、オズマなんて呼ばれるのにもまだちょっと違和感があるんだけど」

「ルウネもです。でも、仕方ないです」


 帝国でもバトラーナイトやメイドナイトは珍しいし羨望の的だ。

 そんなものを連れていれば嫌でも悪目立ちしてしまうのだから、今回のダルキンの提案は正しい。

 ちなみにカナメとは別の意味で有名人のダルキンは……「サマル」という名前でいくらしい。

 元の名前を感じさせないからこその偽名らしいが、やはりこれも慣れない。

 まあ、嫌でも慣れなければいけないのだが。


「まあ、それはいいとして……今回の目的地の「ヴァルマン子爵領」って、もう少し先なんだろ?」

「です。山に囲まれてはいるですが優秀な鉱山は少ない、ちょっと不遇な場所です」


 そう、ヴァルマン子爵領は山に囲まれていながらも鉱山は少ない。

 鉱石の採れない「普通の山」が多く、それ故に大規模な農地の開発もままならない。

 そんな貧乏領地であるわけだが、当然抱える騎士団も貧弱で然程強くはない。

 そういう土地で事件は起きて……いや、そういう土地へ繋がるように事件は起きているのだ。

 ダルキンが纏めた一連の誘拐事件は、ヴァルマン子爵領へと線を引くように繋がっていたのだ。

 勿論、その事実が何を意味するかは……まだ分からない。

 想像はいくらでも出来る。だが、それは何の意味も無いことだ。


「……何が、起きてるんだろうな」

「分からないです。何かが起きてるのか、それとも何も起きてないのかも」

「そう、だな」


 馬車は、ガタゴトと揺れながら道を進んでいく。

 ヴァルマン子爵領への道程は、あと数日。

 攫われたという子供達の事が心配でも、今すぐに何かが出来るわけでもない。

 カナメは憂鬱な気分になりながら、馬車の外の風景へと目を向けた。

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