ラファエラの冒険2
「さてさて、こんな寂れた村に魔人の客とは。まさか、この近辺に魔人の集落でもあったのですかな?」
「さあね。そういう君はイルムルイの馬鹿の使い走りかい?」
「ハハハ、まさかその名前まで知っているとは。なるほど、まさか彼は敗れましたかな?」
その老人の言い様に、ラファエラは内心で溜息をつく。
目の前のコレは、恐らく魔力体の上位種……現代では未確認のモンスターのはずだ。
見たところ、実体を持った人間にも見えるが……触れればすり抜けるような、そういう類のもののはずだ。
名付けるならば中級魔力体といったところだろうか?
コレが何をしているのかは、ラファエラは全く興味がない。
恐らくは魔力体を作るなり統率するなり……そういった能力を持っている可能性もあるが、それもどうでもいい。
一応ここで倒しとくのが普通ってやつだろうな……などと、そんな事しかラファエラは考えてはいない。
「さて。お嬢さん、貴女の考えている事は分かりますよ。魔力体であれば当然、その能力は憑りつき……あるいは簡単な魔力攻撃のはず。物理攻撃はないと、そうお考えですな?」
「ああ、出来るのかい? そうか、そこまで持ってる魔力が濃いのか」
「仕組みまでご存知ですか。つまらないですねえ」
そう言うと、本当につまらなそうに老人は足元の土を蹴ってみせる。
その理屈は、本当に簡単だ。
魔力波が人に触れ得るように、濃い魔力は物理の領域に影響を及ぼす。
一般に知られている魔力体には望むべくもない能力だが、どうやらこの老人は出来るらしい。
まあ、ただそれだけの話だ。
「まあ、いいでしょう。戦人の死骸は気に入りませんが、貴女の身体は中々に居心地が良さそうだ」
「そりゃお目が高い。でもまあ、ダメだぜ。自信作だからな」
「ハハハ、面白い事を仰る。しかし貴女に拒否権はないのですよ?」
老人の声に従うように、動く死骸達がラファエラの周りを囲む。
なるほど、確かに多勢に無勢だろう。
この場に迷い込んだ者は皆、こうして殺されるに違いない。
けれど、だけれども。
「相手が悪かったな。「私」は、世界に拒否権を行使してきたような奴だぜ? まあ、私とはかなり違うんだがね」
「何を訳の分からぬ事を……」
「分からないかい? すぐに分かるさ」
そう言うと、ラファエラは腕を高く掲げる。
「弓をこの手に」
その手に、黒弓が現れる。
黒弓を構え、しかし矢はないままに。
「弓を呼び出す魔法……!? しかし、そんなこけおどしで! やりなさい!」
「跳躍!」
跳ぶ。狙いは、後方の建物の屋根。
そこへと上手く飛び乗ったラファエラは、弓を構える。
本来ならば矢を構えているだろうもう片方の手の中にあるのは、魔力を込められ輝く複数の鉄球。
「矢を象れ」
ギイン、と。ラファエラの手の中で鉄球が抵抗するように暴れる。
溶けるように解けて、捻じれて。複数の鉄球は寄り添うように一本の矢の形を象る。
その見たことも無いような奇妙な魔法を、老人は口を開けて見ていた。
それがどれだけ非常識か、見ているだけで分かる。
巨大な魔力で、無理矢理鉄球に干渉し「在り方」を捻じ曲げたのだ。
それはスマートではないが、まるでイルムルイのようで。
「名付けて雷撃珠の矢ってとこか。まだ要練習ってとこだな」
「そ、れは……貴女はまさか、イルムルイなのですか!?」
「おいおい、ふざけんなよ。ちょっと参考にはしたが、あんなのと一緒にして貰っちゃ困る……ね!」
そう言うと、ラファエラは雷撃珠の矢を番える。
だが、動きの鈍い動く死骸達は家の屋根まで登れない。
「くっ……貴女が何者であれ! 乗っ取ってからゆっくりとお!」
その化け物じみた本性を見せながら飛ぶ老人に、ラファエラは酷薄な笑みを浮かべて弓を向ける。
「派手に死ね」
矢が、放たれる。
雷を纏った矢は老人を貫くと、その中に宿した魔力を全開放して中から、外から無慈悲なまでに蹂躙する。
「く、が……はあ!?」
「ありゃ、そんなもんか……んじゃダメ押しだ。爆炎撃」
電撃に続く爆発に老人の身体はその色を薄くし……地上へと落下していく。
ほとんど死に体といってもいい様子だが、ラファエラの顔は不満気だ。
「やっぱりイルムルイ参考じゃこんなもんか。といっても矢作成はなあ。真似するには難しすぎるし、万が一何かの間違いで出来ても私の出自が一発でバレる。それはちょっとなあ」
そんな事を屋根の上で呟いているラファエラを、老人は憎々し気な目で見つめる。
自分との戦いが遊戯か何かにしか思っていない、その傲慢な姿。
だが、強い。だが、眩しい。
あの身体を手に入れさえすれば。そう考える老人に、ラファエラは笑みを浮かべ振り返る。
「あ、君等まだ居たのかい。もう退場していいんだぜ? この世からな」
そんな事を言い放ち、ラファエラは詠唱を始める。
「この雨に愛はない、慈悲はない、例外はない! 降り注げ、爆炎豪雨!」
空中の魔法陣から、無数の爆炎弾が降り注いで……老人も動く死骸達も、その全てが爆炎の中に消え去っていく。
それを見る事すらせずに、ラファエラは屋根の上で思案するように呟く。
「うーん。いっそ不完全な方が「なんとなく憧れて真似してみました」感が出るかな? この黒弓は使えないけど、それはまあどうにでもなる。後は……って、あっ!」
埋葬するはずだった戦人達の死体を爆散させてしまった事に気付いたラファエラは慌てて振り返るが、そこに残るのは僅かな燃えカスばかり。
「あちゃー……しまったあ。流石に火葬しましたって言い訳は通用しないよなあ。まあ、仕方ない」
追い詰められて爆散させちゃったけど、残った部分だけでも集めて埋葬しましたってことにしよう……と。
そんな事を言いながら、ラファエラは屋根から飛び降りた。




