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異空のレクスオール  作者: 天野ハザマ
本編

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411/521

影響は大きい2

 役人が来てから、更に2日がたった。

 今回の決着がつくまでは聖国に帰るわけにもいかないのだが……呪いの逆槍から戻ってからの数日で、カナメの周りにも町にも大きく変化が出てきている。

 

 まず、ラファエラは宣言通りに近くの山へと探索に向かっている……らしい。

「じゃ、ちょっと行ってくるよ。結構な期間の分前払いしてあるから、好きに使っていいよ。アレも呼んでおいたしね」と言い残して出かけていったのだが、その「アレ」の片割れは今、カナメの部屋に来ていたりする。


「つーかよお。あんだけ居て手出してないって。何、実はお前嫌われてんの? それともいいように使われてるとか?」

「……だから、仲間なんだって。男女が揃えば絶対にそういう関係になるってわけじゃないだろ」

「そりゃそうだけどよ。でも、好きとか嫌いとかあんだろ? 好きならもっと先に進みたいっていうのは生き物の基本論理だろ」

「そういうのは「その先の責任」をしっかり考えてからだと思うけど」

「うーわっ、かてぇー。生身のくせして鎧の俺より固いとか。お前、今からそんなんで大丈夫か?」


 消耗品のチェックをしていたカナメの部屋でベッドに腰かけながらそんな事を言っているのは、実は喋れることが発覚したクラークだ。

 オウカ共々金の粉雪亭にやってきたものの、「中身が男」な事に苦悩したオウカの苦渋の判断によりカナメとクラークの同室となっているのだ。

 

「俺からしてみれば、クラークのほうが不思議だよ。その身体になったら普通そういうのとは無縁になるんじゃないか?」

「ならねえよ。ていうか、なっちゃダメなんだよ。お前、人が抗えない欲があるのって知ってるか?」

「食欲、睡眠欲、性欲ってやつだっけ」

「おう。そのうち、俺はもう食欲はねえ。食えねえしな。睡眠も必要ない。意識の遮断は出来るが、寝てるわけじゃねえ。で、此処が大事な話だが……欲が全部消えるってのは、実は生き物にとってはヤバい」


 生き物は、大抵何らかの欲によって突き動かされる。

 行動には必ず目的……つまるところソレを求める欲があり、その目的に沿った何らかの結果を求めている。

 あらゆる行動は目的と、その源泉となる欲によって成り立っており、その中でも食欲、睡眠欲、性欲は生き物ならば備えていなければ滅びに向かう欲でもある。


「俺はもう生き物とは言い難いが、だからといって「欲」が消えていいってわけじゃねえ。ゼルフェクトの野郎が居た頃はそれに対する執念で動いていられたが……今の時代、それもねえしな」

「……消えたら、どうなるんだ?」

「俺の知る限りだと、何の前触れも無く「停止」する。本人の魔力を残したまま、意識だけ綺麗に消えたみてえになる」


 当時は、魂と欲の関係について論ずる者も居たが……その研究に没頭できる程の暇も人員もなかった。

 ただ漠然と、そういうものだという「事実」を理解していればよかった。

 そして今となっては、それを研究することも難しいし……意味も、あまりないだろう。


「まあ、今の時代バトルジャンキーやってる程物騒でもなさそうだしな。となると、エロ方面くらいしか残ってねえってわけだ」

「む……」


 カナメも先程の自分の発言が少々無神経だったと分かっているだけに、あまり強くは言えない。

 言えないが……もうちょっと何かないのだろうかと考え、なんとか妥協案をひねり出す。


「趣味、とかはどうなんだ? そういうのに没頭する……あー、向上心とかも欲なんじゃないか?」

「趣味か。いいかもしれねえな。すぐには見つからないだろうけどよ」

「そうそう、探してみるといいと思う。そういうのも「欲」だろうし」

「おう、まあ見つかるまではエロ方面で頑張るしかねえけどな」


 そう言うとクラークは立ち上がり、ドアへと歩いていく。


「えーと……一応聞くけど、何処行くんだ?」

「おう。俺のマスター殿にセクハラしてくる。生きるためにな」

「……見捨てられない程度にしといてくれよ」

「任せろ。そういう匙加減は身体があった頃から大得意だ」


 意気揚々とクラークがドアを開けると……そこには汚物を見る目をしたエリーゼが立っている。


「……私が思うに、身体を動かす向上心とか知らない知識を得る知識欲で充分な気もしますわ?」

「そういう説もあるな」

「えっ」


 今までの話はなんだったのか。そういうのでいいなら、幾らでもやりようがあるんじゃないか。

 思わず立ち上がったカナメだったが、クラークはエリーゼをさっと抱えてカナメの前へと運び……そのまま、カナメにひょいと手渡す。


「え?」


 思わずエリーゼを受け取ってしまったカナメだが……そんなカナメにクラークは親指を立てて「じゃ、後はよろしくっ」と言い残し部屋を出ていく。


「あ、ちょ……!」


 追いかけようにも、エリーゼを抱えている状況ではどうしようもなく……抱えられたエリーゼの方は遅れて状況を理解すると、顔をほんのりと赤く染めてしまっている。


「あー……もう。エリーゼ、ごめん。すぐ下ろすから……」

「い、いえ。もう少しこのままでも……」


 そんな事を言われたカナメもなんだか照れてしまうのだが……入口の向こうからクラークが覗いているのを見つけて睨むと、そんな感情も吹っ飛んで行ってしまう。

 クラークが「ヒュー」などと言いながら歩き去っていくのをそのままに、溜息をつきながらカナメはエリーゼをベッドに腰かけさせるように下ろす。

 よく見てみれば、エリーゼの格好は室内着ではなく、外に出かける為のものになっている。


「えっと、そういえばエリーゼは何処かに行くのか?」

「あ、そ……そうでしたわ!」


 エリーゼはそう言うと、勢いよく立ち上がりカナメを見上げる。


「カナメ様……今日こそ一緒にお出かけしましょう!」

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