カナメとイルムルイ
カナメは、何も言わない。
その瞳が全てを見通しているかとでもいうかのように、無言で。
ただ、弓を構えて。矢筒から一本の矢を取り出し、放つ。
放たれた矢は盾を構えていた魔動鎧を一撃で破壊し、消滅させる。
叩き砕く岩の矢。それがそう呼ばれる矢であることをイルムルイが知っているかは分からないが……カナメとイルムルイはその一瞬、何の障害もない状態で睨み合う。
勿論、すぐに他の魔動鎧がその穴を塞ぐが……イルムルイは、ギリッと奥歯を噛み締める。
「……意外に早く抜け出してきましたね。貴方のいる場所に関しては念入りに歓迎したはずなのですが」
「へえ」
「しかし、少しばかり遅かったと言わざるを得ませんね! 如何に貴方が強くとも……」
「そう」
聞いているのか聞いていないのかも分からない。
仲間の間を抜けて、カナメは無表情で歩く。
普段どちらかといえばニコニコしていることが多いカナメのその姿に、仲間達は誰も声をかけられない。
……怒っている。カナメが、本気で怒っている。
そう気付いたからこそ、誰もが声をかけるのを躊躇った。
イルムルイは、それに気づいているのかいないのか。
それとも、アリサの身体を人質にとっているから手を出せまいと安堵しているのか。
「……そもそも。貴方の能力は離れていてこそ意味があるもの。そんなに無造作に近づいて何をしようというのですか!?」
イルムルイの合図と共に魔動鎧達が武器を構えて走り、次々にカナメへと武器を振り下ろして。
しかし、その全てがカナメに届く前に透明な壁に弾かれる。
「……やれ」
その言葉と同時に、竜鱗騎士の数体が飛んできて魔動鎧達を切り裂いていく。
そう、気付けば下級ドラゴン達は全て倒され消えていた。
イルムルイを上空から見下ろすのは、およそ20体以上は居ようかというカナメの竜鱗騎士達。
先程同じものを屠っただけに、イルムルイは下級ドラゴンで排除できるだろうと楽観視していたが……そんなはずもない。
「その身体から、出ていけ」
「お断りします」
そして、カナメとイルムルイは睨み合う。
竜鱗騎士に囲まれて尚、イルムルイには慌てた様子はない。
当然だ。イルムルイ本人の魔力障壁は、未だ健在。
竜鱗騎士ではそれを貫けないことくらいは、イルムルイは計算できている。
だからこそ、イルムルイはカナメを警戒しているのだ。
だからこそ、この距離では「レクスオール」に然程攻撃手段がないのも知っている。
だからこそ。
「矢作成」
カナメの発した言葉に、耳を疑った。
「な、にを……」
「二面神の矢」
引きずり出される。
カナメの矢作成の力で、イルムルイはアリサの中から引きずり出されていく。
馬鹿な、と。魔力量だけでいえば私の方がレクスオールより勝っていたはず、とイルムルイは驚愕する。
だが同時に、思い出す。目の前のカナメはレクスオールではなく、生まれ変わったレクスオール。
そしてレヴェルの影が居るという事は、あのディオスの遺した魔法によって生前の力をも付与されている。
それと比較し、消耗した今の自分は。
「ば、かな……っ」
そんな言葉を残して、アリサからイルムルイの仮面は消えて……崩れ落ちるその身体を、カナメが抱き抱える。
黄金弓を投げ捨てたあたりでレヴェルが僅かに顔をしかめたが、その視線はすぐにカナメが投げ捨てなかった方の……新しくその手に現れた矢に向けられる。
黄と黒の二色に染められた矢は怪しい魔力を放っており……いかにも禍々しい。
「カナメ。貴方ソレ……どうするの?」
「ラファズの例があるからなあ……早めにどうにかしておきたいとは思うんだけど。とりあえずアリサ、が」
言いながら腕の中のアリサへと視線を戻すと、気絶していたはずのアリサは目を開いてじっとカナメを見ていた。
至極真面目な表情でカナメを見上げていたアリサはそっと手を伸ばし、カナメの頭へと触れる。
「……助けてくれたんだね」
「当然だろ」
「そっか」
アリサはそう言うと、自嘲するように笑う。
「正直に言ってね、負けて死ぬのは怖くない。でも……」
「俺は」
アリサの言葉を、カナメは遮る。
「俺は、アリサが死んだら悲しいよ」
「うん。私も、カナメを悲しませるのは……ちょっと、怖いな」
そう言うと、アリサは伸ばした手でカナメの頭を撫でて。その首に腕を回して、抱き着くように立ち上がる。
「お、おい。まだ無理したら……」
「病気してたわけじゃないだから。平気だって」
アリサは笑いながらカナメから離れると、軽く伸びをする。
「で? その矢、まさか持って帰るんじゃないよね?」
「俺もそれは嫌なんだけど。レヴェル、そもそもこのイルムルイって、どういう神様なんだ?」
「正気と狂気の二面神イルムルイ。性格的には「話の通じる狂人」よ。そいつが本当の意味で「正気」な時なんて、見たことないわ」
レヴェルはそう語るが……ならば、何故正気と狂気の二面神なのか。
それは、その能力にこそ由来する。
「そいつの能力は、同調。どんな者にも正気と狂気の二面性があるように、イルムルイは自分の魔力を対象そのものに変化させて入り込み、操作する事が出来るのよ。あたかも、その対象の「もう一つの面」が姿を現したかのようにね」




