モンスター・エグゾード3
「へ!? か、神々よ、我が剣に力を……! 神の剣!!」
イリスは反射的にルウネの棒を掴み、そう唱える。
淡い輝きを放ち始めた棒でルウネは攻撃しようとして。
走り寄ってきたラファエラに、思い切り抱え上げられる。
「!?」
「跳躍!」
アリサのように、あるいはカナメのようにラファエラは跳ぶ。
振り落とそうと暴れる魔操巨人の身体を足場に跳び、更に跳ぶ。
「まだ何かしようというのですか……!」
「さっきの剣を使え、ちびっ子! アイツの頭を斬り飛ばせ!」
「無駄な事をぉ!」
魔操巨人の顔面に、黄と黒の二色仮面が現れる。
そこから放たれた衝撃波はラファエラを吹き飛ばし……しかし、ラファエラの投げたルウネは魔操巨人の肩を走る。
「……世界樹の剣!」
巨大な青い刃が出現する。
先程は弾かれたソレを、ルウネは振りかぶる。
やるしかない。今度こそ、切り裂く。
「あああああああああああああああああ!!」
普段のルウネからは想像も出来ない程の声を張り上げ、頭部目掛けて一気に横薙ぎにする。
その一撃は、透明な壁には弾かれない。
弾くはずの魔力障壁は、発動しないまま……ルウネの世界樹の剣の一撃が、魔操巨人の巨大な頭を切り裂いて。その内部構造が露見する。
「バカな……何故魔力障壁が発動しないのですか!?」
「見つけたです」
「くっ!」
ラファエラの言う通り、斬り飛ばされた頭部から見える鎧の中……丁度胸元の辺りには小さな部屋のような空間と、そこに立つイルムルイの仮面を被ったアリサの姿がある。
「痴れ者が……!」
イルムルイの放った衝撃波が魔操巨人を内部から破壊しながらもルウネを吹き飛ばして。
しかし、その一撃がトドメになってしまう。
首を失いながらも動いていた魔操巨人の動きは止まり、突然何かを失ったかのように各部がガラガラと崩れていく。
ルウネはその崩れゆく魔操巨人を足場にして飛ぶが……イルムルイはそうはいかない。
魔力障壁で自分を覆いながら落下していくその姿を見ながら、ラファエラは嘲笑う。
「ハッ、ざまあみろ」
自由落下するラファエラを、飛来してきた赤の竜鱗騎士がキャッチする。
アリサの身体を使っているイルムルイについては助けようとした直後、何かに迷うかのように竜鱗騎士が動きを止めてしまったため、そのまま落下したが……幸いにも傷一つなさそうではある。
「……ぐ、うっ。何故ですか。何故、魔操巨人の魔力障壁が……!」
イルムルイをいつでも取り押さえられるように近寄るイリスを睨みつけながら、イルムルイは悔しそうに呟く。
「そんなもん、決まってるだろう?」
竜鱗騎士に抱えられ降りてきたラファエラは、馬鹿にするように笑う。
「あんなデカ物全部を覆うような魔力障壁なんか常時展開しやがって。しかもアレだけ大魔法をバカスカ撃ってれば、魔力障壁に回せる余剰魔力なんてあっという間に無くなる」
そう、簡単な理屈だ。
元々魔力障壁とは神の持つ大きすぎる魔力が肉体の外に漏れ出ることで生まれた偶発的な現象をコントロールし、魔法という枠に収めたもの。
しかし当然ながら、魔操巨人の巨体を覆うだけの魔力は尋常ではない。
エリーゼ達による攻撃の嵐で防御をする度、攻撃をする度に消費される魔力を考えれば……アリサという「人間」の身体の回復力を超える事は絶対にない。
一言で纏めてしまうなら、イルムルイは魔操巨人の扱い方を間違えたのだ。
「くっ!」
イルムルイは掌をラファエラに向け何かを放とうとするが……そこからは、何も出ない。
当然だ。何故なら、アリサは。
「その子は闘神の「なりかけ」だ。魔操巨人の動力代わりとしちゃ上等だろうけど、お前みたいな術士が憑りついてもなあ」
「……そんなものは、時間さえあればどうとでもできます」
「そりゃ楽しい話だけど、そんな時間があると思ってるのかい?」
イルムルイに戦う手段がないというのであれば、取り押さえるのは簡単だ。
イリスが、ルウネが、クラークがイルムルイを包囲し……しかし、イルムルイの仮面が輝き三人を、そしてラファエラを弾き飛ばそうとして……しかし、イリスの魔法障壁が正面からそれを防ぎきる。
……が、イリスの額には一筋の汗が流れる。魔操巨人を破壊されて尚、この威力の攻撃を放てる事実。
イルムルイの魔力の限界がどの程度かは分からないが、すでにイリスの魔力は大幅に減ってしまっている。
万が一イルムルイが逃げに徹した場合……抑えきれる自信はなかった。
「この場を離れる程度……どうということもありません」
「そうかな?」
「そうですとも」
哂うラファエラに、イルムルイは指をパチンと鳴らす。
すると……転がっていた魔操巨人の残骸が消え、轟音と共に新たな魔操巨人が像を結ぶ。
「魔操巨人……!? そんな、まだ!?」
「こけおどしだ。魔力障壁も張れないし術式も無い鉄屑以下のガラクタで何しようってんだい?」
「……確かに偽物ではありますがね?」
イルムルイの背後に現れた新たな魔操巨人はゆっくりと動き出し……その巨大な足で地面を掃うような蹴りを繰り出す。
「ぐっ……物理障壁!」
すぐにイリスが飛び出して障壁を張るが、ギインという音を立てて消滅し……魔操巨人の蹴りがイリスを吹き飛ばす。
「イリスさん……!」
「ハハハハ! ついでにそら!」
続けてイルムルイが指を鳴らせば、何匹もの下級ドラゴン達が出現し……更には魔動鎧達がイルムルイを守るように道を塞ぐ。
「まだ完全な神を名乗るには時間が足りなかったようですが……この場は引かせていただきますよ!」
イルムルイはそう言って笑い、身を翻そうとして……しかし、聞こえてきた「言葉」に足を止めてしまう。
「矢作成」
知っている。その詠唱を、イルムルイは知っている。
忘れるはずもない、その詠唱を。
それは、それこそは。
「弓神の矢」
魔操巨人の頭部が光に呑み込まれ、消滅する。
次から次へと飛来する赤い竜鱗騎士達が、大剣を構え下級ドラゴンへと襲い掛かる。
「レクス、オールゥゥ……!」
黄金弓を構えたカナメが……魔力を帯び輝く目が、イルムルイを見ていた。




