アリサとイルムルイ
「これは……ちいっ!?」
竜鱗騎士達の受けている命令は単純だ。
仲間を探せ。仲間を守れ。可能であれば敵を倒せ。無理なら仲間を連れて逃げろ。
その命令に従い、飛び込んできた5体の赤の竜鱗騎士達は大剣を上級邪妖精達へと振るう。
その実力でいえば相当に高いはずの上級邪妖精達も防御力でいえば巨人には及ばない。
何処となく動きの鈍い上級邪妖精達は竜鱗騎士に斬られ、倒れていく。
「おのれ! 新たなるレクスオールの人形達ですか! まだ手持ちがあったとは……!」
勢いのまま飛び込んだ1体の竜鱗騎士の一撃はイルムルイを包む透明な壁に弾かれ、残りの4体がアリサを守るように布陣する。
大剣を隙無く構えるその姿に、イルムルイは仮面の下で僅かな焦りをみせる。
このままでは逃げられる。
折角分断してアリサが自分の下に来るようにしたのに、これでは意味がない。
「それだけは……させませんよ」
イルムルイが指を鳴らすと、斃れていた上級邪妖精達がゆらりと立ち上がる。
生きていたわけではない。
生き返ったわけでもない。
死んだまま、人形と化しただけのこと。
「娘を捕えなさい!」
ドン、という音が連続で2度響いて。
命令したイルムルイの首が飛ぶ。
黒と黄の仮面をつけた首が宙を舞い、竜鱗騎士の大剣が胴体を叩き斬る。
イルムルイの首を背後から斬ったのは、アリサ。
何故そこに、と問うまでもない。
仕掛けも単純。
イルムルイに間断なく攻撃を仕掛けていた竜鱗騎士と、アリサを庇い立つ4体の竜鱗騎士がアリサの動きをイルムルイから覆い隠していたという、ただそれだけのこと。
そして、イルムルイの大きなミスは……自分を覆う魔力障壁の過信。
跳躍によって得られた突進力と、闘神になりかけている事で得ている強大な力。そして、魔力を通したダグマ鋼の剣。
この合わせ技が、かつてゼルフェクトと戦った闘神達に近い攻撃力を瞬間的にアリサに与える事で、イルムルイの魔法障壁は突破された。ただ、それだけの単純な話だ。
「……意外にどうにかなるもんだ」
念の為、仮面を砕いておこうかと。そう考えながら転がる首へと近づくアリサの目の前で、仮面が溶けて消える。
イルムルイの身体からは大量の黒い霧のようなものが染み出し、一気に上空へと舞い上がる。
「……不満のある身体だったとはいえ、まさか魔力障壁を突破してくるとは。流石はアルハザールの子孫ということですか」
「ソレがあんたの本体? いや、違うね。魔力体ってことか」
広間の天井を覆い尽くす程に色濃く巨大な黒霧を見上げ、アリサは流石にアレは手に負えんな……などと考えながらもそう言い放つ。
こういうものは、気合いで負けたら終わりだと知っている。
「その通りです。私の身体はかつての戦いで滅びました。すでに変質しきった身ではありますが、私は神の一柱として完全なる力を取り戻し蘇る義務があります」
「誰も望んでないし、もうカナメがいる。大人しく滅びときなよ」
「いいえ、いいえ!」
壁画が輝き、揺れ始める。
ヤバい、とアリサは直感する。何かは分からないが、何かが起きている。
たぶんだが……どうやら、先程の身体は本当に間に合わせか何かであったようだ。
「ディオスは間違っています。たとえ魂が同じであろうと、生まれ変われば別人! そのような者に宿命を押し付け背負わせるなど愚の骨頂! 導けるはずがない。いや、導いてはいけない!」
「……アンタよりはマシに思えるけどね」
あったところで役に立つとも思えないが、魔法の杖はもう壊れている。
あの量の魔力体相手では、剣など大した意味もあるまい。
魔法は、使えない。
……となると逃げるしかない、が。アレを相手にどうやって。
「神がやらねばならないことなのです。そう、私が……私がやらねばならない! その為には……そうですね、まずは新たなるレクスオールを……いいえ、偽神を殺し……いや。魂を砕き私の予備の身体として保存しておきましょう。そう、それがいい。そうすれば世界は永久の安寧を得られる!」
「……付き合ってられないね」
狂っている。
一言に狂っているといっても色々あるが、あれは最悪の狂い方だ。
万能感に近い自信と、根拠のなさ。
一番タチが悪いのは、会話が通じてしまうことだ。
話し合いが出来るように見えて、一切出来ない狂人。それがアレだ。
「跳躍!」
逃げられない。恐らくは、ここに踏み込んだ時点で負けていた。
だがそれでも、逃げようとする心すら失うわけにはいかない。
アリサは低く、長く跳び……しかし、地上へと降りてくる黒い霧に呑まれる。
「くっ……あっ」
「逃がすはずもない。貴女は新たなるレクスオールと戦う為の鍵です」
壁画が割れ、壁が崩れる。
そこには……見上げる程に巨大な、鎧騎士に似た「何か」の姿があった。




