迷路のイリス&ルウネ
分断されているとはいえ、通路が繋がっているのならば反響して音が響くはず。
しかし、周囲を警戒しながら歩くイリスとルウネにはカナメが壁を蹴る音も、エリーゼの戦闘音も聞こえてはいない。
「結構歩いたはずですが……何も聞こえませんね」
「開始地点はそう変わらないはずなのに、誰とも出会わないです。おかしいです」
「……確かに。分断まではともかく、こうも上手く合流を阻めるものでしょうか?」
イルムルイの呼び出した壁によって、確かにイリス達は分断された。
しかし、互いの出発地点は同じなのだから通路の先から響く音や大体の方角などに目測をつけて合流は出来るはずなのだ。
だが、事実合流は出来ていない。つまり、これは。
「まさかとは思いますが、迷路の構造を変化させている……?」
「ありえない可能性では、ないです。全体を変化、させなくても。壁一枚、分岐の一つで充分です」
そう、壁を造れたのだ。それを弄れないと考えるほうがおかしい。
このダンジョンがイルムルイの仕業というのであれば、ある程度の事は出来ると考えていい。
通路も、壁も……モンスターも、だ。
「オオオ……オオオオオ……!」
「オアアアアアア……オウアアア!」
現れた魔力体達を見据えルウネが棒を、イリスが槌撃の籠手をつけた拳を構える。
見るからに物理攻撃主体の二人には、不利にも思える魔力体。
近接職が魔力体を相手取ろうとするならば魔法の杖を使うか、武器に魔力を込めて魔力体が霧散するまで攻撃し続けるのが定番だ。
「通路にジェリーもいるです」
「囮のつもりですかね。甘く見られたものです」
武器に魔力を流した二人は、迷いなく前へと走る。
ルウネの振るう棒が三体の魔力体に無数の打撃を叩き込み、一瞬のうちに霧散させる。
その隙を狙って床から透明な身体を広げるジェリーのねばつく身体をルウネが後ろに跳んで避けると同時に、背後に控えていたイリスがその中に飛び込んでいく。
「攻性物理障壁!」
現れた輝く壁がジェリーを蒸発させ、天井付近から飛び掛かろうとしていた魔力体をも纏めて消し飛ばす。
同時にルウネが背後から迫っていた魔力体を振り向きもしないまま突きの連打で消滅させて。
床に落ちる幾つかの魔石に見向きもしないままにイリスはふうと息を吐く。
「ところで、私達の組み合わせに意図はあると思います?」
「なんとも言えないです。あえて言うなら、私達二人は防御や迎撃に向いてるです、けど。アリサさんも似たような事、できるです」
「彼女の場合はオールラウンダーなところがありますけどね。ハンデさえ無ければ二つ名の類を持っててもおかしくないと思いますよ」
歩きながらもイリスの拳が、ルウネの棒がモンスター達を一撃で破砕していく。
雑談交じりの散歩にしか思えないその光景をいわゆる「普通の冒険者」達が見たらゾッとするだろうが……別にそれを気にする二人でもない。
「……ん」
道の先に現れたモンスター達の姿に、イリス達の足が止まる。
青い鎧を纏った騎士の如きその姿は、上の階層に居た魔動鎧達と同じ。
……ただし持っているのは剣ではなく長槍と盾。そして、その後方に控える弓の魔動鎧。
通路を塞ぎ「進軍」してくる魔動鎧達にイリスは凶悪な笑みを浮かべる。
「……こちらに対応してきたというわけですか? どうやら何らかの手段で監視されている可能性も含めないといけないようですね」
「単純に、目的地に近づいてる可能性もある、です」
言うと同時に、ルウネは走っている。
ルウネの棒もリーチのある武器だが、長槍はそれ以上。
離れた距離から突く事のみに特化した長槍は走り寄るルウネに向けられて。
しかし、ルウネは長槍の射程ギリギリで跳躍する。
跳躍ではない。身体能力を最大限に利用した「ただの跳躍」でルウネは天井近くを跳び、魔動鎧達の背後に着地する。
「死ね、です」
一閃。剣でも斧でも鎌でもない、ただの棒。
だが魔力を込めたその一閃は振り返ろうとした弓の魔動鎧達を切り裂き、しかし長槍の魔動鎧達もその武器故に簡単に向きを変えられない。
そして何より。その眼前にはすでにイリスが迫っている。
「神々よ、我が拳に力を……! 神の拳!!」
輝くイリスの籠手は、一撃で魔動鎧の長槍を手刀で切り裂き、ただの棒に変えてしまう。
「せい、やあああああああ!」
連打、連打。止まらぬ拳は魔動鎧を砕き壊していく。
兜を砕き、棒と化した槍を捨てて殴りかかってくる魔動鎧を拳ごと砕いて。
その籠手に宿した魔力が消える頃には、すでに殲滅は終わっている。
「さて、と。進みましょうか」
「です」
頷き合い、イリスとルウネは先へと進んでいく。
何処まで進めばいいのかは分からない。
しかし、進まないという選択肢だけはないのだ。




