迷路のエリーゼ
カナメが仲間達を探すために動き始めた、その頃。
エリーゼもまた、他の仲間と分断された事によって混乱の最中にあった。
「カナメ様、聞こえますかカナメ様!」
壁を杖でガンガンと叩いてみても、叫んでみても壁の向こうにいるであろうカナメからは返答がない。
……ということは、このダンジョンの壁には音を通さない効果が付与されていると考えていい。
壊れないというのも壁に付与された効果の一つなのかもしれないが……とにかく、壊すという選択肢も早々にエリーゼは外す。
この場に留まるというのも論外だ。
あのイルムルイとかいう神の狙いはどうやら自分であり、相手はこの突然現れた迷宮の構造を理解している可能性が非常に高い。
勿論、可能性としてはいつでも瞬時に好きなようにダンジョンの形を変えられる、というのもあるが……それは流石に無いとエリーゼは考えている。
それが出来るのであればイルムルイとエリーゼを一本のルートでつながるようにすれば良いだけであり、それがされていないという事実は「恐らく元から迷宮の形を作ってあった」という推測につなげることが出来る。
だが、それはあくまで推測。
それ故に此処にこのまま留まる選択肢だけはない。
「……となると、すぐに移動ですわね。まずは誰でもいいから合流しませんと」
一番最優先で合流したいのはカナメ。誰より信用しているからだ。
次点で、イリス。カナメと合流するまでの時間は、彼女が居れば確実に稼げるだろう。
その他は……まあ、それなりに。
パタパタとエリーゼは音を立てながら走り……通路を右に曲がったその瞬間、そこにぼうっと立つ鎧に身構える。
魔動鎧か。そう考え警戒したエリーゼはしかし、それがオウカの魔操騎士だと気付き杖先を軽く下げる。
「心臓に悪いですわ……でも、コレが此処にいるということは、オウカさんは……」
そう、オウカには今武器がないも同然だ。
彼女の戦闘スタイルをエリーゼは知らないが、この魔操騎士が最大戦力であることは間違いないだろう。
それの無いオウカの事が少し不安になったが……だからといってエリーゼにはどうしようもない。
「……」
自分が操れば、いざという時の戦力にならないか。
そんな事をエリーゼはチラリと考え、しかしすぐに首をぶんぶんと左右に振る。
エリーゼは純粋な魔法士であって、魔操人形の類を操る技術はない。
たとえ操れても、うまく戦わせることなどできないはずだ。
そんなものが役に立つとは思えず、結果的に戦力が低下する可能性の方が大きい。
単純に運ぶにしても、それによる集中力の低下は致命的な隙に成り得る。
……となると、ここに放置してオウカによる回収を待った方がいいだろう。
「ごめんなさい。私には貴方を運ぶ余裕はありませんわ。たぶん壁の隅に寄せておけば何かが出ても壊れませんわよね……?」
言いながら、エリーゼは魔操騎士をせめて壁の隅に押して寄せておこうと触れて。
次の瞬間、魔操騎士によって引っ張られ投げ飛ばされる。
「きゃ……!?」
有り得ない。魔操人形が、勝手に動くなんて……しかも投げ飛ばすなんて有り得ない。
有り得ないという事は、原因が存在するという事。
有り得る原因はつまり、誰かに。
そこまで一瞬で思考したエリーゼは杖を離さぬまま転がって。
起き上がった先で、魔操騎士がジェリーに呑み込まれかけているのを目にする。
「私を助けた……?」
有り得ない。そんなことは有り得ない。
ならば罠か。
混乱しながらも、エリーゼは杖を構える。
有り得ないし罠かもしれない。
だが、それでも助けられた。それならば……有り得ない可能性を、「あった」と仮定する。
「貴方、中身ないんですからちょっとくらい耐えられますわよね……!」
エリーゼはジェリーに杖を向け、意識を集中させる。
ジェリーは液状生物であり、脳や核などといった部位は存在しない。
ただ相手を呑み込むだけのモノであり、対抗するには文字通り消すしかない。
そして、その最も有名な対処法は。
「炎の波!」
触れたもの全てを燃やす炎の波がジェリーをジュッと蒸発するような音と共に蹂躙し、その後には無傷の魔操騎士が残っている。
「あら、たぶん大丈夫だろうと思いましたけど……予想よりずっと頑丈ですわね。これなら放置しても安全そうですわ」
どうして動いたのか、どうして助けるような動きが出来たのかは今すぐ解決しなければならない問題ではない。
だが、これなら少しモンスターが出た程度では平気そうだと分かったのは大きい。
「でも、もうあまり近づきたくありませんわね……」
勝手に動くかもしれない。あるいは、すでに誰かに操られているかもしれない。
そんなものに触るのは遠慮したい。
そう考えて、エリーゼは反対側の道を行こうと身を翻して。
ガシャンガシャンと背後で音が響き、何者かにガッシリと肩を掴まれる。
「……随分な無茶しやがって、それは無いんじゃねーのか! おお!?」
「ひぁっ!?」
思わず見上げたそこにあったのは、虚ろな兜の奥で光る眼光。
勝手に動くはずのないオウカの魔操騎士が動き、喋る姿が……そこにあった。




