呪いの逆槍13階層……の、その前に
「……待って」
13階層への階段を下りる、その直前。オウカがそう言い出した。
「どうしたんだ?」
「……次に行く前に、聞いておきたいの。貴女と、貴女に」
指差されたレヴェルとラファエラは顔を見合わせるが、レヴェルがふいと目を背けたのに苦笑しながらラファエラは「なんだい?」とオウカに問いかける。
「……エグゾードのことを、聞いておきたいの。レヴェルもそうだけど、貴女も何か知ってるんでしょう?」
「限定的ではあるけどね。それで? 全てを聞きたいと言われても困るんだけどね」
「そこのドラゴンは教えてくれなかったけど……人造巨神・エグゾードって……何?」
人造巨神・エグゾード。それはパラケルムが固有名称だと言ったものだ。
だが、オウカはエグゾードとは魔操巨人のことだと理解しているし……僅かに残る資料からも、その事実は裏付けられている。
だが、今も全く動かないドラゴン……パラケルムがわざわざ嘘をついたとも思えない。
「知ってどうするんだい? 現代に古の巨人を蘇らせるのかい?」
「私は……! 魔操巨人の技術を現代に蘇らせたいのよ! でも、もし私の考えていた事が全部違うなら……」
「なら言おうか。君の言う魔操巨人は、狂気の産物だ。「何が何でも世界を守る」という信仰の生み出した、屍の巨人だ。だが君の言う通り、アレが現代に失われた技術を無数に内包しているのは間違いないだろう」
君だってそれは知っているんだろう、とラファエラがレヴェルに振り向けば、レヴェルは苦々しい顔で頷く。
「……ええ。知ってるわよ。だからアレはすぐに製造中止になった」
「なんなの。魔操巨人って……一体、何なのよ」
必死に問うオウカに、レヴェルはオウカを見つめ口を開く。
本当に余計な事を言ってくれたものだ、とレヴェルは思う。
知らなければ、夢だけ追っていられただろうに。
「魔人の魂を宿した特殊な魔操人形よ。人造巨神・エグゾードと同じ規格の外装である鎧に無数の術式を刻み込み、より安いコストで人造巨神を再現した魔法装具。魔人の覚悟が生み出してしまった、終末の巨人。それが魔操巨人よ」
人造巨神・エグゾード。
それはかつて、一人の魔人が生み出した兵器であった。
神々の間でも伝説として謳われる巨神ゼノン。
その名を冠し生まれた人造巨神は、投入と同時に複数のドラゴンを撃破する大成果をあげた。
エグゾードと名付けられたそれは破損することも多かったが、それ以上に強かった。
その強さは人々を魅了し、更なる人造巨神を望んだ。
人造巨神さえあれば破壊神ゼルフェクトも退けられると、そう希望をもったのだ。
「……結果から言えば、エグゾードは戦いを終わらせることは出来なかった。時は更に流れ、新しい人造巨神を作る余裕もないほどに戦況は逼迫していったわ」
そんな中で生まれたものが、巨大な鎧に術式を刻み魔操人形という形で人造巨神を再現したものだった。
より安いコストで、より大量に作れる。
強力なドラゴンにも、人の力で対抗できる。
その魂を、その魔力を……魔力体に変えて宿すことで、その力が手に入る。
そう、それはモンスターである生きる鎧……魔動鎧の技術。
だが、それでも魔人達は力を欲したのだ。
作り出した虚ろな巨人に魔操巨人という名を与え、長い戦いを終わらせる事を望んだ。
魔法の神ディオスがその真実に気付いたことで魔操巨人の製造は中止されたが、それでも多数の魔操巨人が生まれ戦った。
……それが、魔操巨人の真実だ。
「……なにそれ」
オウカは、そう呟く。
「それじゃ、それじゃあ……私のやってることって、それの完全な繰り返しじゃないの!」
オウカの投げた荷物袋から、兜が転がり出る。
それは、上の階で回収した魔動鎧の残骸。
魔操巨人の研究の助けになるかもと思ってはいたが、これを研究することは確かに魔操巨人の真実に近づくだろう。
人の魂を動力に動く、魔操巨人の真実に。
「……そんなもの、世の中に出せるわけないじゃない」
誤魔化す方法はいくらでもあるだろう。
だがオウカの研究という下地はいつか、魔操巨人の真実に誰かを辿り着かせるかもしれない。
……つまりオウカの研究は、悲願は。最初から呪われた巨人を復活させる手助けをするものでしかなかった。
「……なら、本物の研究すればいいんじゃないの?」
「アリサ?」
「いや、だからさ。ゼノンなんとかっていう本物の、2つ目以降もあるんでしょ? 幾つ造ったのか知らないけど、全部消えてなくなったってわけでもないでしょ」
「いや、でも。何千年前か何万年前かも分からないくらい昔の話だろ?」
「保存の魔法くらいかかってるでしょ。それもたぶん、当時の最高級のが」
アリサの言葉にカナメは絶句する。
そうだ。それはカナメが真っ先に思いついて然るべきだったものだ。
「……遺跡、か」
「あるんじゃない? どっかにはさ」
簡単に見つかる場所にはないだろう。
あれば、とっくに掘り起こされていていいはずだ。
だが、オウカの瞳には戸惑いと……驚きのようなものがある。
それしかない、と凝り固まっていた頭に何かが生まれたような……そんな顔だ。
「くくくっ……」
聞いていたラファエラが、パラケルムの巨体に蹴りを入れる。
「おい、聞いたかよドラゴン。お前の不用意な発言から、未来が生まれたぜ」
「……羨ましいものだ。この身にはすでに過去も未来もない故に」
ギョロリを目を開いたパラケルムがそんな事を言うが、ラファエラはそれを笑い飛ばす。
「ハハハ! それこそお笑いだ。それしかないという思い込みは悲劇を生むが、無知は時として奇跡を生む。だからゼルフェクトは倒された。そうだろう?」
「……かもしれぬな」
パラケルムは何かを言いたげにラファエラに視線を向けるが、やがて再び目を閉じる。
「さあさあ、この階に居てもカビ臭い匂いしかしないぜ。さっさと次の階層に行こうじゃないか!」




