呪いの逆槍11階層
そこは、戦場だった。
逆さまではない、城壁と城のある街。響く剣戟。
邪妖精、下級巨人、ヴーン、木人形に石人形……様々なモンスター達が、燃える街の中で何かと戦っている。
「え、何此処……ちょっと待って。あそこでモンスターと戦ってるのって、もしかして魔動鎧……?」
そう、オウカ達の視線の先でモンスター達と戦っているのは、同じモンスターであるはずの魔動鎧と思われる鎧姿の何か。
青色の全身鎧を纏ったそれらは面当てを下して表情は窺えないが、こんなところにいるのが人間のはずはない。
だが、その鎧の意匠はただの魔動鎧とはとても思えない。
美しい海のような青色の表面には銀色の飾りがつけられ、金色の飛び立つ鷲のような紋章が描かれている。
手に持つ剣や盾も同じ意匠であり、まるで騎士団のようですらある。
だが、何故魔動鎧達が他のモンスター達と戦っているのか。
その姿はどう見ても本気で戦っているようにしか見えず、カナメ達は戸惑い……しかし、顔を青くしたレヴェルに気付き、カナメはハッとする。
「まさか……そんな」
「レヴェル……何か、知ってるのか?」
問いかけるカナメに気付かぬかのように、レヴェルは青い鎧の魔動鎧達を見つめ続ける。
「……ギャルヘルム王国騎士団。あの鎧……忘れるはずもないわ」
「ギャルヘルム……?」
「ゼルフェクトと戦って滅びた国よ。あの燃えている町もたぶん、王都カルセム……確か、そう。最後にはゼルフェクトに何もかもが滅ぼされ、て」
そこまで言って、レヴェルは何かに気付いたかのように硬直する。
「……そう、そういうことなの」
「え?」
「つまり。この場における「ゼルフェクト」は私達ということよ」
「悪趣味です」
レヴェルの言葉の意味に気付いたルウネが、そう言って嘆息する。
いや、ルウネだけではない。全員が、レヴェルの言わんとすることを正確に理解した。
「つまり、今戦ってるこいつらが……全員で襲ってくるってこと、か」
「確かに悪趣味ですね。しかも、それが分かる者にしかそうであると理解できない。此処に辿り着くほとんどの者は、知らずのうちにゼルフェクトを演じさせられるということですか」
「なんという……」
アリサが、イリスが、エリーゼが……口々に不快感を口にする。
試練。こんなものがどう試練であるというのか。
この先にいる何者かは、一体何を考えているのか。
分からない、分かるはずもない。
だが唯一分かるのは……こんな茶番に、付き合う必要はないということだ。
「竜鱗騎士! さっきと同じだ。俺達をあの城まで運んでくれ!」
次の階層への階段があるなら、恐らくはそこ。
カナメの命令を受けて、黄の竜鱗騎士達はカナメ達を抱え上げて飛翔する。
「こんな場所、一気に突破する……!」
そして、竜鱗騎士は飛ぶ。
本来ならば飛び込む事で更なる乱戦になったであろう戦場を飛び越え、青い魔動鎧……ひょっとすると魔動騎士かもしれないが、城壁の上に立つ彼等の放つ矢をイリスの物理障壁で弾いて。
街中を飛び越え、城へと迫る。城のテラスに立つ魔動鎧にカナメの放った貫く鋼槍の矢が大穴を開け、打ち倒す。
カナメを先頭に、次々とテラスに降り立ち……オウカが、倒れた魔動鎧に駆け寄りその身体をペタペタと触り……遠慮がちにレヴェルに視線を向ける。
「えっと、さっきの話の後でアレなんだけど……これ、貰っていいかな?」
「……好きになさいな。此処に居るのは、あくまで姿を象った偽物よ」
「あ、あはは。それでもほら、なんか悪いなあって」
「ならやめたらどうかしら?」
「それはやだ」
そう言うとオウカは、魔操騎士が外に出ている事で空いた荷物袋に魔動鎧の残骸を詰めていく。
「……ほんとに消えないんだな、アレ」
「たまに持って帰ってくる奴はいるよ? 研究者からの依頼でだけど」
大抵は鎧としては再利用できないくらいボロボロの状態であるし、そもそも鎧としては並であることが多いので価値も低い。
着れるとしてもなんか呪われそうで嫌だ、という意見が大半の為持って帰る者はほとんど居ないのだが……それはさておき。
嬉しそうに鎧を詰めているオウカの近くに竜鱗騎士達を配置すると、カナメは他の仲間がそうしているように周囲を調べ始める。
テラスの奥にはしっかりと閉まった……恐らくはガラス張りの扉があるが、イリスが引いても押してもビクともしていない。
ルウネは扉の何処かに鍵があるかどうかを調べ、エリーゼは隠し階段か扉か……そういう何かがあるのではないかと歩き回っている。
アリサもテラスを慎重に歩き回り、フェドリスは傍観。ラファエラはテラスから街を見下ろしている。
「……やっぱり、鍵はコレだけに見えるですが……でも、これは」
「見せて」
ルウネの見ている扉の鍵にアリサは近づき、その鍵穴に何やら奇妙な形に曲がった棒を突っ込むが……やがて、その棒を引き抜き首を左右に振る。
「ダメだね。こりゃ鍵の形してるけど偽物だ。こんなもん、いくら弄ったって開きゃしないよ」
「なら、試しに私が本気で殴ってみます?」
「やめときなよ、たぶん時間の無駄だぜ」
扉に向かって拳を構えるイリスを見ないまま、ラファエラがそう言い放つ。
「たぶんだけど、此処の扉はあそこだと思うぜ?」
そう言うと、ラファエラは眼下にある場所を指差す。
「あれって……」
「城の正面入り口」
魔動鎧が2体立つそれは、確かに城の正面入り口であるだろう。
そして確かに「本物」である可能性も高いだろう。
だが、近くには多数の魔動鎧がいる。
時間をかければ、それらが襲ってくるであろうことは想像に難くない。
「……鍵がかかってたら、アリサに任せていいのか?」
「問題ないよ」
「なら、行こう。その間は、俺達で足止めする」
竜鱗騎士に抱えられ、雷撃が撃ちおろされて。
カナメ達は一気に眼下の正面入り口前に舞い降りる。
同時に城門近くに待機していた魔動鎧達が振り向き走ってくるが……カナメはそれに弓を向ける。
「矢作成・弓神の矢!」
出し惜しみ無しの弓神の矢の一撃は襲ってきた魔動鎧達を吹き飛ばし、同時に何かがガチャリと回る音が聞こえてくる。
「よっし、超単純! 開いたよ!」
「流石アリサ! 行こう皆!」
開いた扉の先にあるのは……やはり、下の階へと繋がる階段。
その先へと、カナメ達は飛び込んでいく。




