ダンジョンに纏わる話
幼い頃のフェドリスのコンプレックスは、普人に近い己の外見だった。
今でも、それがどうにかなったわけではない。
自分を気遣ってくれる周りの優しさが辛く、叫んで己を引き裂いてしまいたくなる時もある。
何故自分には周りのような、家族のような雄々しい外骨格がないのか。
何故自分の身体は、こんなにも柔らかいのか。
何故、何故。
今でも心を苛むソレは、幼いフェドリスには酷く重かった。
故に、隠れ里からこっそりと「修行」に出る事が何度もあった。
もっと自分を追い詰めれば、もっと追い込めば自分にも外骨格が現れるのではないか。
この柔らかな身体を貫き、「本当の自分」が姿を現すのではないか。
そう夢想し、幼いフェドリスは修行に励んだ。
山中の隠れ里を抜け出し、時には麓まで下りて野獣を倒し、モンスターを屠った。
時には敵わず逃げ出すこともあったが、それも良い経験だったのだ。
……そう、その日。今でも色鮮やかに思い出せるその日。フェドリスは、邪妖精に追われる三人の普人を見つけた。
小さい子供の手を引き街道を走る男と女。恐らくは普人の家族だろうが、何故あんな場所で邪妖精に追われているのか。
ロクに荷物らしい荷物も持っていないし、服も旅装と呼ぶには頼りない。
「助けて! たすけ……誰かあ!」
叫ぶ男は息を切らしながら必死に走るが、フェドリスは知っている。
彼等の声の聞こえる範囲に、人はいない。
その先に逃げても、村に辿り着くより先に邪妖精の汚らしい斧が彼等を割くだろう。
この道は今のように日差しが暖かい昼でも、ほとんど人通りがないのだ。
「あっ……!」
子供が足をもつれさせ、転ぶ。
恐らくはフェドリスと同じ程度の年であろう、普人の少女。
その少女を母親らしき普人が慌てて起こそうとして。
父親らしき普人も、逃げるどころか庇うようにその前に立つ。
その怯え震える姿は、奇跡など起こらぬと知っている顔。
それでも。
それでも、逃げずに父であろうと、母であろうとするその姿。
そこに伝え聞く普人とは……卑怯で薄汚いとされるソレとは違う何かを見たフェドリスは、手の中に握った石を全力で投擲する。
「ギヴッ!?」
ぱあん、と。軽い音を響かせながら頭部を貫かれた邪妖精はぐらりと倒れ、今にも家族に襲い掛かろうとしていた邪妖精達は慌てたように周囲を見回す。
だが、遅い。その瞬間には、フェドリスはすでに茂みから飛び出ている。
「ゴアッ! ギギ……ゲアッ!?」
こちらに気付いた邪妖精との距離をジャンプで一気に詰め、蹴りでその顔面を砕く。
「ゲガッ! ゲゲガッ!」
「ギア、ギギアッ!」
何事かを邪妖精が叫ぶが、取り合わない。どうせ何を言ってるか理解も出来ない。
斧を振り上げた事でがら空きの胴に拳を突き入れ、手から滑り落ちた斧をそのまま空中で回収する。
「ギイイイッ!」
返せとばかりに声をあげる邪妖精を斧で叩き割り、逃げ出そうとした残り一匹の背に斧を投げつける。
悲鳴を上げて倒れた邪妖精が死んだ事を確認すると、フェドリスは家族を見ないまま立ち去ろうとする。
「あ、あの……!」
「……何?」
「ありがとう。君、強いんだな……」
「たいしたことない」
父親らしき男の言葉に、フェドリスはそう返す。
実際、フェドリスなどたいしたことはない。
偉大な父や祖父、村の仲間達に比べれば、この程度。
「乗合馬車があいつ等に襲われて……あ、そうだ! 君、此処に居たって事は猟師の息子さんか何かかい!? 私達は逃げ出したけど、他の人達が……!」
「どうせもう、馬車ごとない。諦めて」
こんなところに邪妖精がいるのには驚いたが、連中は何処にでもいる。
恐らくは山沿いの森に潜んでいて、たまたま馬車を襲えるだけの戦力があったのだろう。
……となると、返り討ちにあったのでなければ無事に戦利品を回収し終えているだろう。
「……そう、か」
「行くなら止めない」
「いや……命があっただけ私達は幸運だ。本当にありがとう」
「そうだね」
そうとだけ告げて、フェドリスは今度こそ立ち去ろうとする。
……が、自分に抱き着いてきた誰かのせいで、再びそれに失敗してしまう。
「……今度は、何?」
「あ、り……ぐじゅっ」
ありがとう、とでも言おうとしたのだろうか。
背中に抱き着く少女は半泣きで、声が声になっていない。
だが、抱き着く力はそれなりに強く……泣きながらも、離そうとする気配がない。
「どうにかしてほしい」
「あ……ほら、エレナ。離しなさい。困ってるでしょ」
「やだ」
「エレナ」
「やだあ!」
まさか力尽くというわけにもいかない。全力でやれば引き剥がせるが、少女の無事と引き換えになる。
結局、村の近くまで送る間にエレナと呼ばれた少女はなんとか泣き止んだのだが……それから長い付き合いになるとは、この時のフェドリスは想像すらしていなかった。
だが、それもまたこの時のフェドリスにとっては必然だったのだろう。
自分の姿をまったく気にしないエレナや村の人間は、普人相手の「秘密」をもった関係といえど、多少の安らぎをもたらすものだったからだ。
それは家族や一族にバレてからも、一つの「外」の情報収集の手段として活用され続ける事となった。
普人の汚さも、そうでないところも……様々な生の情報を吸収し、フェドリスは成長した。
エレナが自分に向ける恋心のようなものが混ざった視線を躱し、誤魔化して。
そんな風な日々を、楽しんでいたのだ。
……だからこそ、その結末もまた。想像できるはずもない。
エレナの居た村を、一夜で呑み込み消し去ったダンジョン。
そんなものが現れるなど。
そんな別れになるなど……想像できるはずが、なかったのだ。




