三度目のダンジョン挑戦7
「……何もねえな」
「だな。実はもう原因は気付かず排除されてるとか?」
「どうかな」
エルとカナメは聖騎士団から渡された地図を眺めながら、頭を悩ませる。
もう結構回ったはずだが、先程の魔力体溜まりからは散発的に魔力体の襲撃があるだけだ。
それもすでに手慣れたもので、エリーゼの魔法が的確に叩き落して消滅させている。
「聖騎士が言うからにゃ、一階層に魔力体が出たっつーのはガセじゃねえだろうけどよ」
「うーん……」
「その魔力体が特殊な個体だったって可能性もあるけどね」
「まあなあ。そういう例に覚えがないわけじゃねえし」
ラファエラの言葉にエルが思い出すのは、ドガールのことだ。
確かアレも個人的な興味で下の階層からやってきていたはずだ。
逆に言えば、その件があったからこそカナメもエルも似たような事態なのではないかと考えていたのだ。
「……でもさ。だとすると、その魔力体って……なんで一階層をウロウロしてたんだ?」
「ん? そりゃあお前……あー、アレだよほら」
「アレってなんだよ」
カナメの冷静なツッコミにエルは「アレっつったらアレだよ……」と言いながら唸った後、手に持つ地図をバンと叩く。
「うっせーな。そこは「ああ、アレだよな」って流すとこだろーが!」
「それで何が解決すんだよ!?」
「しねえよ! でも会話は完結すんだろ!?」
「問題を解決しろよ!」
「はい出たー! お前そういうの自分の意見出してから言えよ!?」
「よーし、落ち着こうか君達」
至近距離で睨み合うエルとカナメを引き離すと、ラファエラは苦笑する。
「仲がいいのは素敵だと私も思うんだが、出来れば私も混ざりたいな」
「え?」
「は?」
「うん、冗談だ。さて、君達の言ってた「アレ」に関してだけど、一階層や二階層に「アレ」に相当する何かがあるなら、今頃聖騎士団が見つけ出しているはずだ。違うかい?」
ラファエラの言葉にエルとカナメは頷きあうと「そうだな」と返す。
「なら、一階層と二階層に関してはとりあえず考えずに三階層に原因がある可能性について追及するべきだ。ここまでは異論あるかな?」
「ないな」
「ないね」
「よろしい。では三階層に原因……というよりは、その騒ぎの原因となった魔力体か。それって、そもそも退治されてるのかな? 私は聖騎士からそういう話を聞いた記憶はないんだが」
……確かに。シュベールは「一階層で魔力体の発生を確認した」とは言ったが、これを倒したとは言っていない。
「でも、それなら「逃がした」とか「倒せなかった」とか言わないか?」
「……プライドが邪魔したのかもしれませんわね」
「普人らしいわね」
エリーゼの推測を聞き、レヴェルがシュベールの顔を思い出し嘲笑する。
「だけどよお。その辺の奴ならともかく……ダンジョン維持専門の連中が魔力体の一匹を逃がすかあ?」
「ドガールの時みたいな魔力体の上位種って可能性はどうだ?」
ドガールの時も魔動鎧どころか、その上位種である魔動騎士だったが……エルはその可能性を首を振って否定する。
「もっと有り得ねえよ。魔力体の上位種ってお前……そんなの居るとしたら、信じられねえくらい深い階層から来てるぜ?」
「そうなのか?」
「少なくとも魔力体の中級にあたる存在は今のところ確認されてませんわね」
カナメにエリーゼはそう答え……しかし、そこで考え込むように口元に手をあてる。
「でも、そもそも魔力体自体が謎の多いモンスターですわ。先程も話に出ましたが、何らかの特殊な……いえ、変異種という可能性はありますわね」
エリーゼの言う通り、魔力体とはモンスターの中でも謎の多いものだ。
邪妖精やヴーンのように独自の生態系があるわけでもなく、どちらかといえば魔動鎧のような「どういう原理か分からないが現実に其処にいる」といったタイプのモンスターだ。
そして、可視化した魔力そのものの身体を持つという……ある意味では魔動鎧よりも意味不明なモンスターでもある。
言ってみれば「可視化された魔力の身体を持つ」モンスターを魔力体と総称するのであり、それ以外の分類方法は今のところない。
「つまり、その変異種は何かを目的として一階層を彷徨っていた。で、私が思うにその理由は「ダンジョンから出る事」ではない」
「ま、そうだな。その気ならとっくに出てきててもおかしくねえ」
「俺も同意見だ。でも、そうなると……もっと厄介じゃないか? 一階層とか二階層……俺達のいる三階層どころか、もっと下の階層に行っててもおかしくない」
そうなると、解決する方法としては速効性のあるものはない。
いくらなんでも、そんな数日も潜っていられる程準備をしてきたわけでもない。
「……戻るか?」
「そうだな。この件に関しては今すぐ俺達がどうにか出来ることじゃ……」
言いかけたその時。絶叫じみた悲鳴が、三階層に響き渡った。




