祝福されぬ欠け月2
矢が消えた。いや、違う。単純に押し負けたのだ。
捕縛を目的とする縛り付ける鉄枷の矢では、破壊の権化のような矢である黒光の矢には敵わなかった。
ただそれだけの話ではあるが……黒光の矢を使ってみせたラファズの行動は、カナメの警戒を更に高く引き上げさせる。
黒光の矢を使った。ならば恐らく光獄の矢も。
いや、そうではない。二つの矢を使えるかが問題なのではない。
どこまで使えるのか。カナメが使えるもの全てを使えるのか、それとも。
「なあ、レクスオール。いや……父さん」
カナメの事を父呼ばわりしながら、ラファズは弓を持っていない手でカナメの弓を指差す。
今の黒光の矢が効いたのだろう。
誰もがラファズを警戒し近づかないが……ラファズはそれを気にした様子すらない。
「俺は……お前の父親になんかなったつもりはないぞ……!」
「そう言うな。でだ、父さん。父さんの弓はソレじゃないだろう? 出せ。待っててやる」
カナメが今持っているのは、ルウネと買いに行った普通の弓だ。
そして、ラファズが言っているのが何であるかは明白。
……確かに、これはカナメの本来の弓ではないし偽装程度の意味しかない。
だが、本当に出していいのか。カナメが黄金弓を出す事がラファズにとって何の得があるというのか?
探るような目をするカナメに、ラファズは苦笑する。
「なんだ、疑り深い。出さずに死にたいなら、まあそれでも……」
そこで、ラファズは気付く。
一人足りない。先程までカナメのすぐ側に居たはずの誰かが、足りない。
カナメ以外に然程興味が無かったのが災いしたか、すぐ出てこないが……確か、あれは。
そこまで考えて。聞こえてきた声と……ゴウという音と共にラファズの思考は打ち切られる。
「敵意充分。火力を判ずるに猶予も躊躇も要らず。死ねです」
振るわれたのは、一本の棒。
極限の速さと鋭さをもって放たれたソレは、ラファズの首を正確に刈り取り斬り飛ばすべく襲い掛かる。
あれは防げない。誰もがそう思った一撃はしかし、ラファズの首を斬る事なく止まる。
そう、止まったのだ。
ラファズの首を守るように輝く障壁に阻まれ、ルウネの棒は止まっている。
「……凄いな。私が「私」であった時には考えもしなかったが。この技が魔人共の魔操巨人にあれば、「私」はもっと苦戦していたかもしれないな?」
「……」
突破できない。そう判断したルウネはすでに離れている。
今の一撃は間違いなく必殺だった。
いや……感知される事を避けて直前まで魔力を込めなかったが、それ故に「必殺」と呼ぶには少し足りなかっただろうか。
ラファズが使っていたのは、間違いなく障壁に属する何か。
ならば、突破方法は一つ。
ルウネは棒を槍のように持ち替えると、素早く魔力を込めなおす。
自然と、ラファズの視線はルウネへと向かい……しかし、短い詠唱と共に響く爆音に振り返る。
「お……うおっ!?」
ラファズの眼前まで迫っていたのは、エリオットの振るう剣。
突き出した弓で危うく弾き返しながらも、ラファズは声をあげかけ……しかし、続いて飛んでくる魔法の群れに目を見開く。
エリオットは一瞬の隙にすでに退避しており、ラファズには神官騎士達の放った魔法が真正面から着弾する。
それはやはりラファズの周囲を覆う障壁に防がれてはいるが……少なくとも、その表情からは余裕の笑いが消えている。
当然だ。今の爆発を囮に跳躍で跳んできていたアリサの一撃が障壁に防がれ、かと思えば普通に走ってきたエルの大剣が正面から叩き込まれる。
どの攻撃も障壁に阻まれてはいるが、こうなっては乱戦に近い。
矢で蹴散らすにも、執拗に腕を狙ってくるアリサが邪魔で撃てない。
その後方ではエリーゼが杖を構え、ハインツを壁にいつでも魔法を放てるように狙っている。
神官騎士達もバラバラに展開し、ちょっとした隙に魔法を放ってくるのがどうにもうざったい。
そして何より、その状況によってフリーになったカナメから放たれる矢が一番問題だ。
この乱戦の最中、カナメの仲間を避けて迫ってくる風の矢は避ける事すら出来ず、なんとか強めた障壁で弾いている有様だ。
そのカナメは盾を構えたイリスがガッチリと守っており、隙などありそうにもない。
「ちいっ……!」
どうするべきかと一瞬悩んだ事が、ラファズの頭からルウネの存在を一瞬忘れさせる。
その巨大な隙とがら空きの背中に、ルウネの無数の突きが炸裂する。
魔力を込めた棒は輝き、ラファズを覆う障壁を砕きながらその背中を襲う。
今度こそ、間違いなく必殺。
そう、考えた……その瞬間。
ラファズの周囲に居た全員が、輝く光に弾き飛ばされる。
「ぐ、あ……!?」
「くっ……」
ルウネが、アリサが、エリオットが……近づいていた全員が光に……いや、輝く半円状の障壁に弾き飛ばされる。
それはラファズの身体を覆っていたものと同種であることは明らかであり、その真ん中でラファズが大きな溜息をつく。
「もう余興は充分だ」
輝く障壁を展開したまま、ラファズはカナメを正面から見つめる。
黒弓を真っすぐに構え、苛立ったようなその視線はカナメを射抜く。
「弓を出せ、父さん。私と撃ち合え」
「……イリスさん、離れていてください」
警戒するように盾を構えていたイリスにカナメがそう声をかけると、イリスは渋々ながらも背後に下がる。
本当はどきたくなどない。ないが……そうするのがこの場では正しいとも分かっている。
そんな心情を込めながらも邪魔にならない位置まで下がったイリスとエリーゼを確認すると、カナメは先程ラファズがやったように片手を上げる。
「……弓よ、来い」
そして、光が集う。
顕現するのは、歪に欠けた月の如き黄金弓。
それを見て、ラファズは笑う。楽しそうに、待ち焦がれたように。
「ラファズ」
「なんだ、父さん?」
「もし俺が此処に来ていなかったら……お前は」
「ああ、無限回廊の話か」
ラファズは楽しそうにしていた顔を一気に面倒くさそうなものに変えると、「分かるだろ?」と言い放つ。
「そうしたら、外でやりあってただけの話だ」
「そうか」
「ああ、そうさ。だから」
早く殺し合おうぜ、と。
ラファズは凶悪な笑みを浮かべた。




