ヴィルデラルト5
「闘神……」
告げられた言葉に、イリスは絶句する。
遥か昔……神々の居た時代の事は、忘れ去られて久しい。
かの時代の事は聖国に残っている僅かな資料や口伝でしか分からず、それも完全ではない。
狂戦士病についても、近年解明された障害とされていた程だ。
そして、狂戦士病という名前の通りネガティブなものとされていた。
それが……どうだろう。真実はこんなにも、真摯な祈りの元に生まれたものだった。
「別に今の時代に闘神と呼べとは言わないよ。闘神の危険性については、僕もよく知っている。平和な時代の闘神は、狂戦士と呼ばれるのも仕方ないだろう。現状では、そうなる必要性もないしね」
気遣うようなヴィルデラルトの言葉に、イリスは平伏する。
そう、たとえ此処でイリス一人が真実を知ったところで狂戦士を闘神と呼び変える事など出来はしない。
狂戦士と呼ばれてしまうのは、それのもたらす被害があるからこそであり……いわば「そうなってはならない」という警告を含めたものだからだ。
それを真実はそうだからと広めようとしたところで、聞く耳を持つ者がどれ程いるか。
下手をすればイリスが狂人扱いされかねないだろう。
「で、カナメ君。その後天的魔力障害がどうかしたのかな?」
「は、はい。俺の仲間が、それの可能性があるんです」
「可能性がある、か。詳しく聞かせてくれるかな」
そう聞いてくるヴィルデラルトに、カナメは自分が知っている限りの事を語る。
アリサが「まともな魔法はほとんど使えない」と言ったこと。
跳躍の魔法しか使ったところを見たことがないこと。
魔法の杖のこと。
とにかく、っている事全てを並べ立てるカナメに、ヴィルデラルトはやがて「成程」と頷いてみせる。
「結論から言おうか。その子は高い確率で後天的魔力障害である、と言えるだろう」
「……!」
「ただし、その子が闘神となる確率は今のところ高くはない」
ヴィルデラルトの返答に、カナメは長い安堵の息を吐く。
つまり、アリサは闘神に……狂戦士にはならない。
それが分かっただけでも安心できて。
しかし、ヴィルデラルトの次の言葉にビクリとする。
「ただし、ならないとも言えない。直接見ていないから何とも言えないが、恐らくその子は「出口」が大きいんだろう。跳躍の魔法を使えていることからも、それは明らかだ」
ここでいう「出口」というのは、単純に魔力の出口という意味ではない。
魔力放出機能が壊れるというのは単純な話ではなく……簡単に言えば「魔法を使う機能全て」が壊れてしまうのだ。
魔法を成す為の魔力の外への放出は勿論、イメージを魔力に伝え魔法に変換する為の流れも破壊される。
それ故に、魔法は形にならない。
ヴィルデラルトの言う「出口」とは、例外的に使える僅かな魔法のことなのだ。
詠唱も何もいらない、強化に近い原初的な魔法。
魔法剣とはそうしたものだが、言ってみれば「魔力を剣に込める」だけのことしか闘神には……狂戦士には出来ない。
闘神と呼ばれていた頃は、それで充分だった。しかし、今は違う。
「これは僕の想像になるが……跳躍の魔法を熟練レベルで使いこなし、使う事でその子は体内を駆け巡る魔力を闘神にならない程度に減らしているんだと思う。魔法の杖を使うのは魔力を込めるだけで発動するからなのは勿論、何かあった時の緊急放出用だろうね。恐らくは普段使う事はあまりないはずだ」
魔法の杖は、簡易的ではあるが魔力放出機能……つまり魔法の構成を代行する杖だ。
狂戦士がそう呼ばれるモノにならないようにする為には最適なものと言えるのだ。
しかし勿論のことだが……それが根本的な解決というわけではない。
「後天的魔力障害を……治す方法は、ないんですか?」
「少なくとも、僕は知らない。かつては、そんな方法自体が必要とされていなかった」
そう、闘神化は戻らないと決めた者達が使う最後の手段。それを治す方法など、研究されていたはずもない。
ヴィルデラルトの言葉にカナメは項垂れ……しかし「教えてくれてありがとうございます」と残った気力で口にする。
神ですら、アリサの後天的魔力障害を根本的にどうにかする方法は知らない。つまり、アリサが狂戦士と化す危険性は今後も残ってしまうということだ。
そんな事を考えてしまうカナメをじっと見ていたヴィルデラルトは「そういえば」と呟く。
「その子はどうして、後天的魔力障害になったんだい?」
「え?」
「まさかとは思うが、君達の言う「狂戦士」にギリギリでならない為の方法が確立されたというわけでもないんだろう?」
カナメがイリスに答えを求めて振り向くと、イリスは「そんな話は聞いたこともありません」と答える。
「もし、そんな方法が確立されているなら……今の地上の国々の軍事バランスは大きく変わります。噂にならないはずもありません。あらゆる見地から見て、無いと断言できます」
「そうか。なら……」
言いかけて、ヴィルデラルトは黙り込んで。
しばらくの沈黙の後に、カナメへと視線を向け……ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「カナメ君。その子の事、好きかい?」




