ミーズ市街戦
ミーズの町中は、文字通りの戦場であった。
有り得ないほどに武装をした邪妖精達が暴れまわり、住民の立てこもった建物の扉を打ち壊して中に侵入する個体もいる有様だ。
騎士団が忙しく走り回ってはいるが、武装した邪妖精だけではなく装甲アリまでいるのだ。
装甲アリは名前通りに表皮が金属のように固く、関節を狙って斬らなければ力自慢の斧も弾き返したりする厄介なモンスターだ。
馬に乗って駆ける騎士の槍も通らず、剣で関節を断とうとしても大人しく斬られるわけがない。
邪妖精も槍のような長物こそ持ってはいないが、剣や弓で武装した個体の他に魔法を使う中級と思われる個体が騎士団を苦しめていた。
「ひ、た……助け……ぎゃあ!」
「おい、どけ! どけえ!」
少しでも頑丈な建物や壁砦を目指して逃げようとする町人達もまた、騎士団の行動を阻害する原因である。
安心を求めて逃げ回る彼等にとって騎士団は縋る対象であり、見つけるや否や「助けてくれ」と群がるからだ。
勿論騎士団としてもそのつもりで必死で戦っているのだから邪魔だと蹴散らすわけにもいかないのだが、事実邪魔である。
結果として群がられた挙句に騒ぎを聞きつけて集まってきたモンスター達の姿を見て悲鳴をあげて町人達が逃げた後には、存分に集ったモンスター達が騎士達の周りにずらりと集まることになる。
まさに「やっていられない」状況だが、それでも騎士達は善戦し……しかし、決して状況は良く無かった。
そしてそんな中、数体の邪妖精がこっそり二階の窓から外を覗いていた女を見つけて嬉しそうにくしゃりと顔をゆがめて笑う。
「ひっ……!」
短い声をあげて窓を閉めた女だが、「何処にいるか」分かった以上はそんなものは関係ない。
即座に家の扉を見つけ、邪妖精は剣を叩き付ける。
これを壊せば、さっきの人間のいる所に行ける。
そうすれば殺せる。
それが理解できているから、邪妖精の行動には迷いがない。
先頭の邪妖精は扉を壊すことだけに集中し、他の邪妖精はそれをギイギイと応援するように囃し立てる。
だから、仲間の一体の首が飛んで自分の顔面に剣が突き刺さるその瞬間まで、そこに「別の人間」が接近していた事に気づかなかった。
「ゲッ……」
「ギイ!?」
残されたのは、扉を壊そうとしていた邪妖精だけ。
扉に刺さった剣を慌てて抜こうとした邪妖精はしかし、抜けないままにその首を刎ねられる。
幾ら武装しているといっても、部分鎧であれば弱点は幾らでもある。
ならば、それを突くのは少女にとっては簡単な事だ。
「うーん……どう考えてもおかしい。アホの邪妖精が長期間町中に居たとは思えないんだけどなあ……」
呟きながら剣についた血を掃うのは、アリサだ。
ここに来るまでの間にも何体かの邪妖精を倒したが、これだけの数が自警団にも増員された騎士団にも気付かれずにミーズの町中に潜んで今日を待っていた……というのは、流石に無理がある。
かといって、今日この日に何処かから壁を乗り越えてくるのも不可能に近い。
「……んー」
悩むアリサの目の前で、地面が突然ぼこりと盛り上がる。
「ん?」
崩れる地面と、突き出された装甲蟻の頭。
躊躇わずに関節にアリサは剣を突き刺し、そのまま何度も何度も突き刺して絶命させる。
動かなくなった装甲蟻と、それが出てきた穴を見て……アリサは再度「うーん」と唸る。
「装甲蟻に穴掘りの習性があるなんて初耳だけどなあ。でもまあ、謎は解けたか。「いつから」掘ってたのかっていうのはあるけど……私が考えることでもないし」
「ギイ!」
「跳躍」
角から姿を見せた邪妖精が声をあげると同時にアリサは跳躍の魔法を唱え、地面を蹴り低く長く跳ぶ。
ほぼ一瞬のうちに距離を詰め、首を刎ねる。
その一連の動作に迷いはなく、アリサは突然仲間を殺されて浮足立つ邪妖精の武器を持つ手を斬り飛ばす。
「ギアアアッ!?」
「うっさい」
続く一撃でその邪妖精も斬り倒すと、アリサは振り向きもせずに飛んできた何かを剣で弾き飛ばす。
其処には手の中でナイフを玩ぶアロゼムテトゥラの姿があり……アリサはその姿を確認すると、足元に転がるナイフに視線を向ける。
どうやら飛んできたのはコレで、投げたのはアレらしい。
自分の中でそう結論付けると、アリサはアロゼムテトゥラを軽く睨み付ける。
「その邪妖精じみた肌と耳。アロゼムなんとかってのはアンタでいいのかな?」
「アロゼムテトゥラよ。名前を知ってるってことは、昨日殺し損ねた連中のお仲間かしら?」
妖しく笑うアロゼムテトゥラに、アリサは見た目だけは爽やかな笑顔で返す。
「そうだよ、お仲間。昨日は好き勝手やってくれたそうじゃない?」
「こっちの台詞よ。今日は油断はないわ。まずは貴女を」
「跳躍」
アロゼムテトゥラが言い終わる前にアリサは跳び、その勢いのままに刃を振りかぶった。




