ミーズ防衛戦5
「で、伝令です! 町中に突如モンスター達が溢れだしました! 壁砦に保護を求める者も……!」
カナメ達の居る見張り台の下にも、そうした伝令を携えた自警団員達がやってくる。
町をぐるりと囲む壁砦の性質上、こうした伝令は壁の上を走るだけで漏れなく伝えられる。
当然その伝令は上に居るカナメ達にも聞こえているのだが、報告する自警団員も報告を受ける自警団員も全く気にする様子がない。
「町中に!? おのれ、一体どこから……騎士団の連中は何をしてる!」
壁の上にいるのは騎士団の一部……魔法に優れた魔法騎士隊や弓騎士隊で、その他の騎士は大きめの建物を借り上げた臨時騎士団待機所なる場所にいるはずだった。
これは防衛戦という性格上仕方のない事なのだが、こんな事態になればまさに彼等の出番だ。
「すでに各所で戦闘中の模様! しかし弓持ちの他に魔法を使う邪妖精、装甲蟻も確認されているようで……騎士団からは魔法騎士隊への帰還と支援の要請が出ているようです!」
「……それは仕方ないな。一般人の安全は最優先だ。この近くにいる騎士連中にも伝えてやれ」
「はっ!」
敬礼して去っていく伝令をアリサが上から見下ろしていると、流石に見られている事も聞かれている事も想像がついたか、報告を受けていた男……自警団の部隊長が上のアリサを見上げて声をかける。
「お客人! そういうことだ! こちらの戦力が目減りする! レクスオール様にも負担をおかけするがよろしくお願いしたい!」
「へいへーい……だってさ、カナメ」
「どのタイミングで否定すりゃいいんだろうな、それ」
言いながらカナメは飛竜騎士の矢を放ち、上空の竜鱗騎士を追加する。
すでに上空の戦いはほぼ決しており、増援のなくなった下級ドラゴンを竜鱗騎士達が複数で囲んで叩き落すという状況になっていた。
地上の戦いもすでに自警団と騎士団の混成部隊による遠距離攻撃で決しており、自警団が騎士団側の戦力が一部抜けるのを許容したのには、そうした戦況による余裕があった。
だからこそ、カナメ達も町中の状況が気になって仕方がない。
この見張り台からでも見えないことはないのだが、建物に阻まれ町の全景を見るには至らない。
「……俺達はどうする? やっぱり町中に行った方がいいのかな?」
「それはどうだろうね。あの上空の連中がいつまで居てくれるのかも分からないし」
そもそも魔動人形の秘術は解明したとはいっても、不明部分が多いのも事実だ。
本人の居ないところで作動するものがあったり、本人の視界の範囲内でしか作動しないものもある。
今現在人類が魔法として使用できるのは後者の方だが、カナメの矢によって生まれた竜鱗騎士がどちらかは分からないし、カナメが居ない時に独自に新しい行動を出来るのかも分からない。
そもそも、カナメが居なくなる事でカナメをレクスオールと崇め熱狂する自警団員達の士気が一時的にせよ下がる恐れもあるし……単純に戦力としても痛手だ。
「でも、あのままにはしておけないだろ。もし、あっちが本隊だったら……」
「騎士団の本隊もあっちだってば。何処から入ってきたか知らないけど、騎士団を簡単に全滅させられるとも思えないよ」
「……まあ、そりゃあ」
森からの侵攻が止まったのを見てカナメも弓を撃つ手を止めているが……町中は、こうしている間にも戦闘音が響いている真っ最中だ。
自警団員達もこの状況では勝っただのなんだのと喜べるはずもなく、街の方を眺めてそわそわしているのが良く分かる。
今すぐ行きたいが、行くわけにもいかない。そんな葛藤が目に見えるようで……カナメはふと思いついたように、飛竜騎士の矢を手に取り弓に番える。
「なら、せめてこれなら……!」
放った飛竜騎士の矢が赤い竜鱗騎士の姿となり、町中へと向けて飛んでいく。
続け様に四本の矢を放てば、カナメの意思に従うかのようにそれぞれ別の方向へと飛んでいき……町の喧騒に新たな音が加わっていく。
更に放とうかとカナメが考え始めたその時……森の木々を倒して、下級灰色巨人の群れが壁砦に向けて走ってくる。
「やっぱり新手……!」
「ちょっと、あれ……肩に邪妖精が乗ってますわよ!?」
そう、迫りくる下級灰色巨人達は巨大な木の盾を構え、放たれる矢を全て防いでしまっている。
「氷塊撃!」
エリーゼが放った巨大な氷塊の魔法をしかし、下級灰色巨人は盾を投げて弾く。
常人にそんな事など出来るはずもないが、筋肉の塊であり筋力自慢の巨人であるからこその力技だ。
同様に自警団の魔法士達の魔法も遅れながらも完成し、放たれるが……邪妖精を倒すのとはわけが違う。
盾で致命傷を防ぎながら進む下級灰色巨人達は止まらず、カナメの弓神の矢も、横列に並んで進む下級灰色巨人達を一網打尽とはいかない。
上空を舞う竜鱗騎士達も降下してきて下級灰色巨人を攻撃するが、何度斬られても刺されても下級灰色巨人の歩みはなかなか止まらない。
いや、それだけではない。
「おい、見ろ……ヴーンだ! ヴーン共の群れがいるぞお!」
そう、下級灰色巨人達の足元を飛ぶように雲霞のようなヴーンの群れが砦へと向かってきている。
こんな巨大な群れなど有り得ない。
だが実際に、群れ同士が出会えば互いに殺しあうはずのヴーン達が巨大な一つの群れと化しているのだ。
それだけではない。
カナメ達がこの町に来る前に見た槍角イノシシに乗った邪妖精達が壁砦に向けて疾走してくる。
砦だの壁だのとはいっても、所詮は木製。
槍角イノシシの突撃を受ければ破損してしまうが……だからといって下級灰色巨人を放置するというのも有り得ない。
「防げ! 奴等を絶対に止めろォ!」
叫ぶ指揮官の声からも焦りは隠せない。
つい先程まで余裕であったはずが、今となってはもう砂粒程の余裕もありはしない。
「拙いですね……乗り込まれます」
自身もエリーゼと共に魔法を放っていたハインツが、そう呟く。
こういう時に外に出て突撃する役割であった騎馬騎士隊は町中の鎮圧に出てしまっているし、自警団には騎士団のような突撃力は無い。
遠距離攻撃で仕留めるにも、とにかく数が多いし範囲が広すぎる。
……つまり、打つ手がない。
やがて、一番先頭を歩いていた血塗れの下級灰色巨人がぐらりと壁砦に倒れ込むかのように手をかけようとし、しかしカナメの弓神の矢に頭を消し飛ばされて後ろ向きへと倒れていく。
だが、その肩からは邪妖精達が砦へと向けて跳び……しかし、着地寸前に何者かに殴り飛ばされ地面へと落ちて嫌な音を立てる。
そして、その殴り飛ばした「誰か」は……高らかに響く声で宣言する。
「レクスオール神殿神官騎士イリスの名において、聖国の定めし聖戦規定の緊急条項の該当を確認しました! これにより、この戦いを聖戦に至る戦いの一つであると認定……介入を宣言します!」




