ミーズ防衛戦2
「弓隊、構え……まだだ、引き付け……撃て!」
壁砦の上の通路に並んだ自警団員達が、号令に合わせて一斉に矢を放つ。
放たれた矢の群れは一心不乱といった様子で走ってくる邪妖精達に降り注ぎ、少なくない数を転倒させる。
だが、その一撃で絶命に至ったモノはとなると……少ない。矢を抜き立ち上がり襲ってくる邪妖精達に次の矢が降り注ぎ、更に次の矢を弓隊が降らせていく。
「氷撃!」
「土撃!」
更には騎士団の魔法隊による魔法攻撃が命中し、それでも邪妖精達は仲間の屍を乗り越えて襲ってくる。
「恐れるな! 数が多いだけで策も何もない! 戦功の稼ぎ放題だぞ!」
指揮官らしき男の叫びが響き、気合の入った咆哮がそれに応える。
戦意は高く、初戦の戦果も悪くはない。上々の滑り出しと言える状況を……カナメ達は、じっと見つめていた。
「……どう思う、ハインツ。私はなーんか怪しいものを感じるんだけど」
「私も同感ですアリサ様。あまりにも頭が悪すぎる」
二人に攻撃しようとした手を止められていたカナメは答えを求めるようにエリーゼ達を見て……イリスが、咳払いしてそれに答える。
「言葉通りなんですけど……具体的に言いますと、殺される為に来てるような頭の悪い突撃ってことですね」
「殺される為……」
言われて見てみれば、確かにその通りではある。
矢を受け魔法を受け、邪妖精達はなす術もなく屍を積み重ねていく。
剣や斧で防ごうとしている邪妖精もいるが、それとて程なく猛攻の前に倒れていく。
「普通、こういう場所を攻めようとするなら弓兵の警戒は基本ですわ。まともな策も防具も無く、更には小出しで攻め込めば、こうなるのは必至。相手には指揮官がいるんですから、そんな事は分かっているはず……なら、それでも無謀な突撃を実行する理由は何か、ということになるのですわ」
「……裏から攻めようとしているとか?」
「戦法としてはあり得ますけど、この場においては無謀ですわね。反対側は森のような隠れられる場所が無い平原ですもの」
たとえ夜だろうとなんだろうと、平原に集合する邪妖精の群れなどというものがあれば発見できないわけがない。
背後からそういう伝令が来ていないということは、今のところそうした伏兵がいる可能性は低いということだ。
「ですから、たとえば……」
「こちらの戦力を測っている、とかね」
「私の台詞ですわよ、アリサ」
先に言われたエリーゼは頬を膨らませるが、アリサは振り返りもせずに森をじっと見つめている。
「……なんにせよ、どこかのタイミングで状況は一気に動く。カナメ、そろそろ準備しといて」
「あ、ああ」
カナメは言われるままに振り返り、見張り台に積んだ矢の山に手を伸ばす。
積んである矢は赤の矢と黄金の矢の二種類。
昨晩のうちに仕上げた自信作だが……どちらを先に放つべきかと考えていたその時、森のざわめく音と共に悲鳴のような声が響く。
「ド、ドラゴンだ! ドラゴンが出たぞォ!」
「撃て、撃てー!」
「え……っ」
カナメが振り返ったその先には、あの赤いドラゴンとは違う……緑色のつるりとした身体を持つ何かが飛翔している。
「あれって……ワイバーンってやつか……?」
そう、それはファンタジーで有名な飛竜……ワイバーンに酷似していた。
ドラゴンというよりはトカゲのような顔。太古の翼竜のような腕についた翼。
「下級ドラゴン……! カナメ!」
「分かってる!」
カナメは迷わず黄金の矢を一本掴み取ると、それを弓に番える。
黄金の矢は弓に番えられたその瞬間に秘めていた魔力を開放し、眩いばかりの光を発し始める。
「矢が……矢が弾かれる! おい、魔法は……」
「うわあー!」
何かが破裂したような破砕音が響き、悲鳴が聞こえ始める。
それはカナメがワイバーンと呼んだ下級ドラゴンが風の弾のようなものを発射した音であり、それに弾き飛ばされた自警団員達の悲鳴だ。
「い……っけえええ!」
カナメの手元から矢が離れたその瞬間、黄金の矢は内に秘めた魔力を超高速で解放し、極太の光線と化す。
それは今まさに風の弾を放とうとしていた下級ドラゴンを呑み込み、それでは足りぬとばかりにその後方に、そして周囲に居た何体かの翼をも消し去り空の彼方へと消えていく。
翼をやられた下級ドラゴン達は地面に落ち……あるものは首を折り、あるものはそれでもよろよろと立ち上がる。
「ギイ、ギイイ、ギギイ!」
「ギア、ギアァ!」
突如自分達を襲った光の恐ろしさに慄いた下級ドラゴン達は恐慌の叫びをあげ、状況を一変させた一撃に自警団員達も騎士達も攻撃の手を止めて「光の放たれた方向」を見る。
「今、のは……」
その視線の先に居たのは、濃い緑色のマントを纏った若い男らしき人物の姿。
黄金の弓を構えたその男は、矢を番え……再び「光の矢」を天空へと向けて放つ。
「弓神……」
誰かが、そうポツリと呟いて。
呟きは伝播し、少しずつ大きくなっていく。
「レクスオールだ……」
「レクスオールがこの地に!」
「おお、レクスオール! 我等が神よ!」
一気に高まる士気は、「もはや負けるはずがない」という自信を彼等に植え付ける。
神が見ている。
我等は神と共に。
その熱気は勇気となり、団結となる。
一斉に始まった攻撃と尚も響く合唱のような声を聞きながら、カナメは苦笑する。
「……否定するのは野暮なんだろうなあ」
「そんな事してる場合じゃないってば」
自警団から借りてきたらしい金属盾を構えているアリサは、そう言って周囲を警戒したように見回す。
カナメの一撃は味方の戦意を高くしたが、全てを解決したわけではない。
未だに下級ドラゴンの数は多く、森の中から飛来する増援によって混乱していた下級ドラゴン達も正気を取り戻しつつある。
それにまともに対抗できる手段は魔法を使える者達とカナメだけであるのは純然たる事実であり……今この瞬間も、エリーゼも攻撃に参加している。
そして地上には、未だ邪妖精達が……それも、身を隠すほど大きな木の盾を構えた邪妖精達が前進してきている。
それは明らかな弓対策であり、カナメを含む下級ドラゴンに対抗可能な者達がそれにかかりきりになるのを見越した武装だ。
その裏にいるのは、壁の破壊用と思われる斧を持った邪妖精達だ。
「普通にマズいなあ、これ……」
「空のアレがどうにかなればいいんだろ?」
「そりゃそうだけ……ど」
振り向いたアリサの視線の先には、赤い矢を番えるカナメの姿。
「俺の想像通りなら……たぶんこれが役に……立つっ!」
そして、赤い矢は空に放たれた直後、内に秘められた魔力を解き放ち赤い霧と化す。
「な、なんですの!? 当たる前、に……」
エリーゼの言葉は、そこで中断される。
赤い霧を収束させるようにして現れた「それ」が……赤い竜鱗の全身鎧を纏い、ドラゴンを思わせる翼を羽ばたかせる騎士がワイバーンの一体を大剣で一刀両断にするのを見てしまったからだ。




