刹那
前世の私が生きていた時代は、今で言う 「古代」だった。現在こそ大国と言われているこの国は、しかし当時は生まれたての弱小国家だった。
周りを強国に挟まれ、立場も弱く、侵略の恐怖に怯える日々。
そんな中で必死に国を治める金髪の若き王を、私は騎士として命をかけて守ってきた。
抱えきれぬ重圧を引きずりながら、それでも歩む足を止めなかった王。全てはこの国の黎明のため。この地に生まれた民の幸福のため。
どうにもならない問題もどうにかしたいと顔を歪めながら髪を掻きむしっていた彼を知る者は少ないだろう。彼は表向きには威厳のある名君であり続けたから。
多分、妻子でさえも彼の弱き姿を知らない。
そんな王を見て、支えたいと思った。身も心もズタボロになって、崩れ落ちてしまわぬように。一緒に重荷を背負いたいと思った。弱い彼に寄り添いたかった。私は武芸しかやってこなかったから大して役には立たなかっただろうけど、彼を悩ます政治的な問題も共に考えていきたかった。
…どんな事があろうと彼の味方であろうと誓ったのだ。
その思いは果たされたのだろうか。
…私の存在によって彼が息をするのが少しでも楽になったのか。分からないが、私は死ぬまで彼にとって忠誠を誓い続けたつもりだ。
病床の私を王は泣きながら見下ろしてきた。
自分の死に彼が大粒の涙を流してくれて嬉しかった。
優しい王妃も、父と同じ金髪碧眼の愛らしい王子・王女達も、たかが一騎士のために何度も見舞いに来てくれた。彼らもまた私にとってはこの上なく愛しい存在であった。
王と、彼らと、この国の幸福を願いながら私は目を閉じて、そのまま死んだ。
遠くで王の絶叫が聞こえてきた。さぞかし家族は驚いている事だろう。何だか少し申し訳なかった。
*******
…そう、これが前世での私の記憶。
生まれ変わったら女になっていて、白い肌は同じだが昔は黒かった髪が銀色になっていたり、同じく黒かった瞳が金色になっていたりしてビックリした。
「寒くはありませんか?セシル様」
対面する座席に座る侍女の声でハッと我に帰る。
「…大丈夫よ。ありがとう」
そう言いながら、馬車の窓を見上げる。空は群青色に染まり、降り注ぐ雨は王都の街並みを白くぼかしていた。
「もうすぐお城に着きますよ」
侍女が言った。
「旦那様のおっしゃるように、今日のお茶会には王族の方全員がいらっしゃいます。もちろん今をときめくクラウス様も…」
夢見がちなまだ若い彼女の言葉に苦笑を漏らしつつ、セシルは窓枠に頬杖をついた。色恋沙汰などどうでもいい。
今回のお茶会はどうやら王族の婚約者探しらしいが…セシルの目的はそれではないのだ。
「…今行きますからね」
侍女には聞こえないような声でそっと呟いた。
生まれ変わった今でも、貴方に誓った忠誠は変わらない。
貴方亡き今、せめてこの国と…貴方の遺した愛しい子供達を守りましょう。今の私なりのやり方で。
窓から城が見えてきた。
冷たい雨の所為で薄ぼんやりとした姿だったが、涙が出るほど懐かしい光景だった。
「王族の方って、何であんなに美しいんでしょうかね…。皆さん金髪碧眼ですし」
なおも続く侍女の言葉に
セシルは微笑んで、そうね、と返した。
これは、王子が彼女に出会うまでの物語。
彼らの邂逅まで…あと少し。