第五話 賊の襲来
カンカンカンカン!
夜中だというのに、村の中にけたたましい鐘を打つ音が鳴り響く。
今現在も鐘を打ち鳴らしながら急いで家から出てきて何があったのか問う村人たちに緊迫した状況を説明しているのは、この村―――ヴィタエ村の村長こと、セレーナだった。
二十代半ばという、村長としてはかなりの若さを持つ赤髪の女性が、大きな声を張り上げながら村人たちに指示を出す。
「急いで! 皆、家族を連れてヴィタエ学園へ! 賊と思われる集団が村へ近付いていると警備担当から報告がありました!
必要最低限のものを持ったらすぐに学園へ避難してください! 既に正門と一階部分へと入る扉の鍵は開いています! 食料品や寝具なども十分備わっていますから、出来るだけ急いで避難してください!
戦える者は皆、ヴィタエ学園の正門へ! 賊の規模が分からない以上、分散するより一つに固まってこれを撃退します!」
村立ヴィタエ学園からほど近い場所にある村長宅の前に備わった鐘を打ち鳴らしながら大声を張り上げるセレーナ。
五年前、流行り病で父と母を失ってからこのヴィタエ村の村長になり、今まで村の年寄り衆の力を借りることによって村を治めてきた女傑らしからぬ細やかな体躯を持った女性は、ある程度の戦闘能力を持つ村人に村中を走りながら自分の言葉を伝えるよう指示を出すと、再び先ほどと同じ言葉を繰り返す。
ここ十年ほどは滅多に外敵や害獣に襲われることもなく穏やかな生活を営んでいたヴィタエ村。そんな環境でありながら彼女が冷静に賊の襲来に対応できている理由は、ひとえに一年前に村へとやって来た九人の男女が理由であった。
※ ※ ※
「………つまりあなた方は、自分たちが神を殺した大罪人でありながら、この村に留まりたいと、そう言っているのですか?」
一年前。突如村に来訪した九人の男女を自宅へ招き、ヴィタエ村の村長・セレーナは銀髪の青年が言った言葉を聞き返す。
もし冗談の類いならばタチが悪いにも程があるし、万が一本当のことだとすればタチの悪さは冗談だったときのさらに上をいく。
平和だったこの村に現れた不穏分子を、あまり外の客に慣れていない素朴な村人たちは受け入れる姿勢を示したが、村長である以上彼らがもし危険だと分かれば命を賭してでも追い返す必要があるとセレーナは考えていた。
「ええ。無論我々もかの最高神エント・アルマーがこの大陸において信仰されていた尊き存在であることは百も承知ですが、身を守るためにはああするしかなかったのですよ」
何を白々しいことを。セレーナは思わず吐き出したくなった毒とため息を何とか胸の内にしまい込み、九人の中でもリーダー的役割を持つであろう銀髪の青年に問う。
本来であれば、誰もがその姿を見たことすらない神を殺したなどとのたまう人間など気狂いであるとしか思われない。一笑に付されるのがオチだろう。
しかし、とセレーナは思っていた。なぜか、自分は彼らの言葉を信じさせられていた。理由はわからないが、一つだけ言えることがある。
それは、九人中、実に五人もの人間がしている眼、その色合いだった。金色の瞳。この世のどんな黄金よりも美しく、そして妖しい眼。まるで、本体とは別に眼が個を持ち生きてうごめいているかのような、そんな感覚。
得体の知れない九人の中でも最上級の怪しさが、その眼にはあった。ゆえに、彼らの言葉を冗談と一言で片付けられなかったのだ、セレーナは。
「そんなまごうことなき神敵であるあなた方を、この村で匿えと? そんな危険なことは、このヴィタエ村の村長として許可するわけにはいきません」
「争いの芽となるもの、なりそうなものを摘んでから、我々はエヴン王国の央都を出て西へと歩を進めたのです。少なくとも、向こう一年間は争いのあの字も起きないことをお約束できますが?」
「信用するに値しません。だいたい……そちらの女性は聖職者の方とお見受けしますが。あなたまで、神を滅ぼしたなどという意味のわからないことを自称するのですか?」
エドワードの言葉を突っぱねたセレーナは、彼の左後ろに控えていたシスター服を着た桃髪の美女に問う。
すると桃髪の少女は少しだけ憂いの表情を見せた後、毅然とした態度になって言う。
「はい。わたくしもまた、自らの命を守るため、そして真なる信仰へと至るために最高神エント・アルマーを討つことに協力いたしました」
「…………わけが分かりません。だいたい、なぜうちの村なのです? 自慢ではありませんが、この村には何もありませんよ?」
「だからこそ好都合なのですよ」
その瞬間、セレーナは直感した。しまった、相手に乗せられ、場の流れを一気に持っていかれてしまった、と。
この村において唯一村の外、都会で暮らした経験があり、相応の学を持つ自負がある自分より、数段、あるいはそれ以上の学を持っていると思われる銀髪の青年。
よく回る頭と舌を持つであろう青年は、そのままセレーナの言葉を待つことなく語り続ける。
「この村は辺境という言葉すら生温い僻地に存在する。それこそ、他の地帯と交通の便が悪すぎて国にすら属していないほどに。こういう他から孤立した地こそ、我々が求めていた約束の地なのです」
「………この村は、隠れ蓑にちょうどいい、と?」
「言い方は良くありませんが、そうなります。しかし、確かに素性も知れぬ上に穏やかではない来歴を持つ我々を匿う理由は、あなた方にはありませんね。ですから、メリットを用意しました。ヴィタエ村の村長・セレーナさん。我々と、取引しませんか?」
それはまさしく、村長になった今でも心のどこかに華やかな文明社会への未練を残していたセレーナにとっては悪魔の誘惑に他ならなかった。だからこそ、ただの一般人であったセレーナは、それを拒否することなどできるはずもなかったのだ。
※ ※ ※
九人の男女が村へ来てから一年。銀髪の青年ことエドワードが言った通り、争いらしい争いもなく過ぎていった日々。
しかも、彼らは一夜という常識的には考えられない超短時間であんなにも立派な校舎を建て、さらに娯楽の少ない村において暇を持て余す村人を集めて学を与えることで、成長という要素が完全に停滞していたヴィタエ村の時は再び刻み始めたのだ。
エドワードが提示したヴィタエ村のメリットの一つが、ヴィタエ村へ知識を与えることだった。しかし、たったそれだけで頷くほどセレーナも甘くはない。村人たちが純朴すぎるがゆえ、父が病死したという報せを受けて急遽帰省しそのままなし崩し的に村長になったセレーナには村を存続させるための厳しさが必要だったのだ。
そして、彼の提示したもう一つのメリットに、セレーナは今縋ろうとしている。それこそが――――。
「なんだなんだぁ? 村人の連中を一まとめにするってなぁ、どういうこった?」
そんな声が聞こえ、思わずセレーネは歯噛みする。とうとう賊が村に辿り着いてしまったのだ。
粗暴そうな輩。人から奪うことに何の躊躇いを感じることもないであろう凶悪で醜悪な顔つき。賊のうちの一人が、未だに自分の家の前で避難を誘導するセレーナの前に現れた。
「そりゃあおめえ、俺らに全部引き渡すために決まってんだろ。ガハハハ! 一つ一つの家を襲って女を犯して他を殺して金目のものを奪うってのも最高だが、こうしてもらったらそれはそれで略奪が楽だしな。な?」
「おうよ! しっかしなんでテメエは逃げねえんだ? なぁ、姉ちゃん」
続いて現れた二人の賊。合計にして三人の男が、セレーナにじりじりと近付いてくる。
殺そうと思えば一息に殺すこともできるだろう。なにせ、セレーナは護身用のナイフを腰に吊るしただけ。戦闘経験だってほとんどないただの女なのだ。それなのにこうして追い詰められているだけで殺されたりしていないのはひとえに男たちが自分をじわじわと追い詰めることに楽しみを見出しているからに他ならない。
しかし、セレーナは屈しない。心の内側で起こっている動揺を隠し、気丈に振る舞う。
「はっ! そんなの、私がこの村の長だからに決まっているだろう! お前たち賊には屈しない! たとえお前たちが私を殺しても、お前たちに村の皆は殺させない!」
まだまだ若いセレーナが気丈な態度でそう啖呵を切ると、三人の男が一瞬何を言われたのか考えるように首をひねった後、セレーナの言葉を理解することができたのか一斉に笑い出す。
「ガハハハハハハハハ! おう、聞いたかおめえら。この嬢ちゃんが、このちんけな村の長だとよ!」
「いいねえ。安心しろよ姉ちゃんよ。殺しゃしねえさ。姉ちゃんみたいな綺麗どころを殺したらそれこそ頭に殺されちまわぁ」
「けど味見ぐらいなら許されるんじゃねえか? 頭もまだここには着いてねえだろうしな」
「ちげえねえや! ゲッヘッヘッヘ………」
賊の男たちが斧を片手に持ちながらさらにじりじりと近寄る。大方、セレーナが泣き叫ぶ姿とか、そういうところが見たいのだろう。
しかし、セレーナは折れない。
「ゲスね……。女を一体なんだと思っているのかしら?」
「んなもん、犯しつくして奪いつくすもんに決まってんだろうが。当たりめえよ! 俺たちグランガ山賊団にとってゲスなんて言葉は褒め言葉にしかなんねえぜ?」
「―――なッ! グランガ山賊団!?」
ここにきて、セレーナの態度に初めて綻びが生じる。しかし、それを責められる人間などいないだろう。
グランガ山賊団。グランガという武勇に秀でた荒くれ者を筆頭に、エヴン王国の北部を拠点に各地を荒し回る大陸内でも有数の規模を誇る山賊団。
男は殺し、老人も殺し、子どもも殺し。女と金は根こそぎ奪う。彼らが通ったあとに残るのは死体だけ。そんな、山賊にとってはある種当たり前とも言えるであろうモットーを最も忠実に、かつ残虐に守る、大陸の中でも凶悪性で五指に入る凶賊。
しかし。セレーナが驚いたのはそれだけではない。
「なんで……大陸北部を根城にしている賊がこの村に……!」
ヴィタエ村はグランガ山賊団の根城とあまりに距離が離れすぎていた。それこそ、馬車を使ってコンスタントに進んでも半年以上はかかるような位置なのだ。
わざわざそんな時間まで使い、なぜこんな僻地の富んでなどいない村を襲ったのか。思い当たる節など、…………一つしかなかった。
「頭がどうしてもっつーんでなぁ。理由なんざ頭しか知らんだろ。しっかし姉ちゃんみてえな上玉がいるならここに来た甲斐もあるってもんだ。さぁて、お楽しみの時間だぜぇ?」
三人の中でももっとも体躯が巨大で面構えが醜悪な大男が舌なめずりをしながらセレーナに迫る。後ろにじりじりと下がっていたセレーナだが、ここにきてドンという音と共に背中が壁とぶつかる。
――――追い詰められたのだ。絶体絶命。しかも、殺されるだけならまだしも、この男たちは自分を犯すと言ったのだ。
器量も良く度胸もあり、十分な美貌を持ちながら今まで生きてきた中で琴線に触れる男がおらず、ゆえに二十代半ばに差し掛かったというのにまだ純潔であったセレーナにとって、これほど屈辱的なことはない。
思わず恐怖に負けずにずっと我慢し力を入れていた瞳から、まぶたから、涙がポタリとこぼれ落ちる。
村人たちは全員、学園に避難できただろうか。それなら、大丈夫だろう。あそこには自分よりも凄い人が九人もいるのだから。
でも、できれば。可能なら、私も――――。
「…………たす、けて……」
「助けなんて来るわけねえだろうが! おらぁ! 捕まえたぜぇ……姉ちゃ………――――んん?」
大男の笑いが引きつる。そして次の瞬間、男は頭の天辺から真っ二つに斬られたように引き裂かれ、膨大な血の噴出と共に二つになった死体が地面へと転がった。
※ ※ ※
「…………新たな道を知るためと、長らく剣には触れなんだが……それでも我が剣、未だ衰えを知らず、か」
そして、セレーナにとっての救いの声が、夜風に晒され冷え切っていた彼女の耳をくすぐった。




