第四話 ハートレス戦役
―――ハートレス戦役。正式な名称ではない。
歴史の闇にまみれ、隠され、秘されてきたそれには正式な名称など存在しないがゆえにエドワードたちが呼称したその戦いは、まさしく戦役を冠するに相応しいものだったと言える。
突然、身体が神々しい黄金の光に包まれて気を失い、しばらくしてから気が付くと、見知らぬその場にいたのは自分を含む十人の男女。
一見なんの共通点もないように見えた十人には、ただ一つの共通点が存在した。それこそが、招かれた十人のうち、例外一人を除く全ての者たちが『英雄』と呼ばれるに足る絶対的な資質を持ちえていたということだ。
※ ※ ※
ある者は誰よりも武器を上手に扱え、誰よりも高い戦闘技術を誇った勇者だった。
ある者は誰よりも優れた知識を持ち、文明が発達しきった現代においてなお零から一を生み出すことができる魔工技師だった。
ある者は誰よりもカリスマ性に秀で、またあらゆる才において他を隔絶する為政者だった。
ある者は誰よりも視点において優れており、常にあらゆる事象の正着を見切っているかのような正確無比な処世術でもって世の中を立ち回る冒険者だった。
ある者は誰よりも剣を上手く扱え、世界の法則をも超越するような人智を超えた剣技を修めた剣士だった。
ある者は誰よりも守ることにおいて秀で、同時に強力無比なカウンター戦法を得意としていた騎士だった。
ある者は誰よりも高い効果を持つ回復魔法の使い手で、同時に世界中から信望を集める聖職者だった。
ある者は誰よりも高い威力を発揮する光属性魔法の使い手で、その力と美貌が世界中に知られた聖職者だった。
ある者は誰よりも多くの動物や魔物を調教し史上最高とすら謳われた稀代のモンスターテイマーだった。
そしてある者は誰よりも秀でた能力など決して持ってはいなかったが、こことは違う超文明を有した世界で暮らしていたがゆえ、その世界においては人々の想像を絶するほど豊富で先進的な知識を多く持った少年だった。
※ ※ ※
かくて英雄たちは邂逅する。降り注ぐ光と共に神々しく降臨した白髪の青年と。そして告げられた言葉。彼の口から伝え聞いたのは、自分たちが置かれた状況と、これから何を為さねばならないのか。
青年は胡散臭い笑顔でもって、ただこう言ったのだ。
「最後の一人になるまで存分に殺し合え。そうすれば帰れる。最後の一人になるまでは、この乖離大陸からは死んでもなお出られない」、と。
――――乖離大陸。地図には確かに描かれ、その存在も確認され。しかし誰も立ち入ったことはおろか直に見たことさえないとされる、北のグランゼ大陸と南のアウギ大陸の間に挟まれた地。
北と南の大陸に比べれば面積の小さい『見えし触れざる幻の大陸』。
船で立ち入ろうとすれば大海魔と呼ばれる精強な一個師団をぶつけても敗北を免れない怪物の大群に襲われ、仮にそれを撒いたとしてもその先で立ちはだかるのは標高四千メートルにも達そうかという天然の外壁と、上空を徘徊する古竜の群れ。
かつて様々な個人や団体、果ては国までもが未知を有するかの大陸への上陸を夢見たが、結果は皆同じ。現代においても一人の突破者を出すことなく。乖離大陸は他の二大陸の人間たちからすれば未開の状態が続いていた。
十人の中には世界中を踏破し、世界の全てを知るとされた高名な冒険者もいる。そしてその者がこの場所をまるで知らないと断言したことにより、白髪の青年の言葉がくしくも真実であると証明された。
そして手渡された手鏡と男の説明によって、英雄たちは自分たちの両眼と心臓が知らない間に目の前に立つ青年に奪われたことを知った。
手鏡を覗けばそこに映るのはいつもの自分の顔。しかし、眼の色だけは違っていた。金色なのだ。そう、皆が皆、生まれた時に得ていたそれぞれの眼ではなく、黄金の眼を有するに至っていた。――――胡散臭い白髪の青年と、同じ眼に。
心臓に関しては青年の言葉だけで信憑性は低いと思われたが、それも戦いに秀でた達人たちが口を揃えて言った、心臓の感じがいつもと違い、違和感があるという言葉でその信憑性を限りなく高めた。
ここに招かれた者たちがただの平凡な人間だったなら、突然拉致同然にして未開の大陸に連れて来られ、両眼と心臓を奪われたと知らされれば瞬く間にパニックになるだろう。
しかし、その場にいた十人は、一人の例外を除いて全員がその時代を、ひいては人類史をも代表する大英雄の器を持った人間だった。ゆえに冷静に状況を見極め、やがて白髪の青年は胡散臭いが嘘は言わないという結論に達する。
なぜ長く未開の地であった乖離大陸に来ることができたのか、こんな場所まで自分たちを連れてきて、両眼と心臓を難なく奪い精巧な黄金の眼と偽りの心臓を埋め込んだ白髪の青年は何者なのか、その目的は何なのか。
そしてなぜ――――自分たちに望まぬ殺し合いを強いるのか。
そんな疑問が十人の頭の中に浮かんだが、しかしそれを問う暇もなくやがて十人の身体が再び光に包まれる。
一切の魔法抵抗すら許さずそれぞれ乖離大陸内の別々の場所へと転移させられる寸前に、十人の頭の中に響いていた白髪の青年の声は笑っていた。そして、最後にこう言ったのだ。
「両眼を、心臓を、誇りを、あるいは世界を取り戻したければ――――戦え。最後の一人になるまで存分に殺し合え。大罪を犯すお前たちに残された道は、それしかないのだから」
※ ※ ※
ハートレス。心臓を失いし者。十人のハートレスはそれぞれ異なる想いを胸に秘め、戦い、あるいは殺し合い以外の道を探るために行動した。
一人ひとりがベクトルは違えど千人級、あるいは万人級の実力の持ち主であった十人の戦いは、当然のように熾烈を極めた。
純粋な想いと想いがぶつかる。力同士のぶつかり合いばかりではない。英雄を陥れようと黒き謀略が乖離大陸を覆う。やがてハートレスたちによる戦いは十人の間のみならず、乖離大陸そのものを巻き込み際限なく巨大化していった。
ハートレスにはそれぞれ位階と呼ばれるものが白髪の青年によって与えられていた。第一位階を頂点とし、第十位階を底辺とすると告げた白髪の青年によって、ハートレス同士の駆け引きはより一層激化した。
彼に告げられた階位の中で、特に第一階位、第二階位、第三階位の三人のハートレスは他のハートレスとは次元を異にするほどの別格の才を持っていたが、その不利を補う異能を、ハートレスたちは偽りの神の心臓によって手に入れさせられていた。
『神罪解儀』。人智を超越した特別な力。ハートレスへと与えられた異能は、十人それぞれに別個のものであり、発動するだけで戦局を一気に傾かせるほどの性能を持っていた。
しかし上位の階位を持つ三人のみ、最初からの解放はされず、他の神罪解儀持ちのハートレス相手に戦い抜くための力が欲しくば自力による習得を目指すしかなかった。
時には自分以外のハートレスと共闘し、時にはハートレスと国とが派閥を組み、時には親交のあったハートレス同士を敵対させる離間の策謀が渦巻く。ハートレス戦役はそうやって続き、そして――――終わった。
※ ※ ※
ハートレス戦役が終結した時、最後に残ったハートレスはたったの五人だけだった。残りの五人は、消えたのだ。
―――息絶えたハートレスの遺体が残らず、光の粒子となって消えていくところを、生き残った五人のハートレスは何度となく垣間見ているだろう。
その死の異質さこそが、偽りの心臓がもたらした変化なのか。そんな疑問に答えられる存在は、しかしもういない。
白髪の青年は最後の一人まで殺し合えと言った。しかし、現実としてハートレス戦役は白髪の青年の目論む犠牲者九人による終結ではなく、犠牲者五人による終結と相成った。
――――三大陸を擁するこの世界、『エメト=ギア』において最高神として祭られていた神。胡散臭い白髪の青年こと最高神エント=アルマーの死という誰もが予想だにできなかった結末によって。
そして、生き残った五人のハートレスと、そのうちの一人のハートレスが使役していた四人の少女たち、合わせて九人の男女はハートレス戦争の爪痕が存在しない、そもそもハートレスという異質な存在を認知していないような地を求めて旅立ち、やがて乖離大陸の西の果てにある村へと辿り着く。
その村こそが『ヴィタエ村』。ハートレス戦役が行われていた大陸中央を擁する『エヴン王国』から遠く離れた地。あまりに交通の便が悪いためどの町や村とも滅多に交流を持たず、なんと特定の国にすら属していないという九人にとって最高ともいえる条件を有した安住の地であった。
※ ※ ※
「一年経っても私たちの心臓は確かに動いている。となると、さすがにそろそろ神殺しという大罪に対する報復的心臓停止はないと確信してもいいだろうね」
エドワードがいつもの笑みを引っ込めて真剣そうな顔で言う。
何を隠そう、自分の使い魔であるリーゼロッテ・ティフォン・ゴシック・ロリータを除いたこの場にいる者たち一人ひとりに神殺しによる戦いからの解放を提案し、その類い稀な鬼謀でもって最高神エント・アルマーを天上から引きずり下ろし、これを討伐に導いた立役者こそがエドワードその人なのだ。
だからこそエドワードは単純な個の武力においてこの場で彼より確実に秀でているであろうゼグバやマートからも信頼され、九人の男女の中でリーダー的位置にいる。
ハートレス戦役が行われていた頃からゼグバからは『何を考えてるかわからん怖いやつ』、マートからは『神算鬼謀の策士』と呼ばれて恐れられたり、あるいは興味を持たれたりしてはいたが、二人はおろか他のハートレスたちもまた戦役中にエドワードが笑顔のまま実行してきた数々のえげつなさすぎた奇策によって何度も痛い目を見てきたからこそ、彼が主導権を握ることに文句など出ようはずもないのだ。
「神殺しかぁ……。俺は開始早々にエドさんの捕虜になったから拒否権なんてなかったけど、たぶん捕虜じゃないときに一緒に神を殺して生き延びようなんて言われたら間違いなく断りましたね」
テツヤがはははと困ったように笑う。だが、彼の言うことも当然だろう。なにせ、相手は神なのだ。それもただの神ではない。最高神と呼ばれ世界各地に膨大な信徒を抱え、圧倒的な影響力を持つエント聖教とアルマー教団によって祭られている存在なのだ。
ひと目見ただけで、あの胡散臭い白髪の青年が神であるかはともかく、人とは次元の違う超常的な存在であることを魂自体が理解させられていたからこそ、エドワードの提案は他のハートレスからは異質に映った。
普通に考えて、勝ち目などまるで見えない提案。自らの危険を顧みず、それぞれのハートレスが居を構えていた地に踏み入って主張したエドワードの考えはこうだった。
曰く、あの白髪の青年を何かする前に殺せば心臓を停止されるようなことはない。実際に胸を切り開いて自分の心臓を調べたが、誰かと魔力パスで繋がっている可能性は皆無だったので、あとは念のためにこの心臓を用意した張本人を殺せば文字通り心臓を鷲掴みにされている状況は打破できる。
曰く、最後の一人になるまで殺し合うというのは効率的ではない。たとえ最後の一人になったところで両眼と心臓を返してもらえるとは限らないし、元の居場所へ戻れるかも不明なので彼の指示に従う必要はない。
曰く、ハートレスに選ばれた十人は全員が時代を切り拓くに足る存在、つまり英雄の資質を持っている。人数が多ければ多いほど現状の困難を打破する可能性が高まる。乖離大陸からの脱出はあの神を打倒したあとに自分たちの命が保証されてから全員でじっくりと考えていけばいい、と。
「で、一番説得に骨が折れたのがエロリアの嬢ちゃんだったんだろ?」
「ははは……まぁ、彼女は立場が立場だったからね。そりゃあ簡単に受け入れられるとは思ってなかったけど」
「う……、その節は大変申し訳なく存じます、エドワード様……」
今でこそ九人はそれぞれ良好な友好関係を築いてはいるが、それぞれが敵対していたハートレス戦役の最中はもちろんそんなことはなく。
エント聖教において実質的な頂点に君臨していた正真正銘の聖女であったエロリアと、アルマー教団というエント聖教から分裂した分派の宗教においてエロリアと同じ聖女という立場にあったハートレスの女性はエドワードの提案を即座に斬り捨て、あまつさえ神にたて突こうとする大罪の徒を誅すという名目の下、エドワードの言葉を最後まで聞くこともなく問答無用の攻撃を開始してきたのだ。
「思い返せばお兄ちゃんはいつも誰かを頼ることをせずに何でも自分でやろうとするし、タチの悪いことに事実何でも成し遂げちゃうもんね。わたしはいつも突飛な行動ばかりするお兄ちゃんが危なっかしくていつも目を離せなかったよ」
「俺たちからすりゃリーゼロッテの嬢ちゃんの存在はマジで頭痛の種だったぜ。現代じゃ文句なしで最強の俺らと互角以上に渡り合う一介の使い魔って何の冗談だよって感じでな」
エドワードが使役する四人の使い魔の中でも自他共に認める筆頭格であるリーゼロッテの存在は、他のハートレスにとって絶大なプレッシャーとなった。
利害の一致でしか他者と組まないハートレスたちにとって、無条件で一人のハートレスに協力する存在、使い魔。しかも、その戦闘能力はマスターであるハートレス・エドワードを遥かに超えるほどのものなのだから。
使い魔召喚の魔法自体が知識としては存在するものの、術式自体は何百年も前に失伝したロスト・マジックだったというのに彼がそれを成してしまったのは、彼自身の能力の高さもあるが、それ以上に大きかったのが彼の出自そのものだった。
エドワードの生家に伝わるとある家宝アーティファクトによって、一度きりではあったもののエドワードは使い魔召喚に成功し、もはや歴史書すら残っていない古代を生きた絶対強者だったリーゼロッテという味方を得たのだ。
もっとも、エドワードが今のように彼女からの信頼と親愛を得るまでの間、冷酷無情で何に対しても興味を示さないほど冷め切っていたリーゼロッテと打ち解けるために何度も衝突されたのだが、それは今語られるべきものではないだろう。
「あー。確かエドさんって北の大陸出身のボンボンなんでしたっけ?」
「異世界から来たテツヤの坊主は知らんだろうがな、エドは有名人揃いの俺らハートレスの中でも段違いに有名な奴だったんだよ。
北のグランゼ大陸最強の国家であるマクスウェル王国、その中でも随一の有力貴族だったグラシア侯爵家を弱冠十三歳で継いだ麒麟児ってな。しかも噂じゃ侯爵になる前に自分にたて突いたりまだ幼かった自分をこれ幸いにとくぐつにしようとした人間を身分問わずに全員処断したんだったか?
ま、そんな苛烈なこともあったがお家のゴタゴタが終わってからは一転して名君としてグラシア侯爵領に善政を敷いたエメト=ギア史上最高の天才領主にして天才発明家、エドワード・フェデル・フォン・グラシアは俺のいた南のアウギでも有名人だってわけだ」
「わしはエドワード殿を含め誰も知らなんだが……」
テツヤの言葉に答えるゼグバ。そしてつぶやくマート。
「マートの爺さんは例外だろ。今でこそ落ち着いて話できるようになったけど、戦争中のマートの爺さんはマジでおっかなさすぎて近寄りたくなかったぜ」
「あ、それはわたくしも思いました。なんというか、あの頃のマート様は目がとても怖かったように思います」
『剣鬼』の異名を持つ超凄腕の剣士・マート。老いてますます磨きのかかる剣の腕と、剣以外どうでもいい、ただ強き者を斬りたいというドス黒い欲望に満ちた狂剣士はハートレス戦役においても異質な存在だった。他のハートレス同士が争っているところに乱入し、場をかき乱したのも一度や二度どころではない。
今でこそ村人からも信頼が厚く、多くの知識を持つヴィタエ村の村長から色々と学んだ結果落ち着いたものの、当時のマートは他のハートレスと同じ眼とは思えないほどギラついた金色の瞳と独特の覇気から、泣く子が見れば失神し、悪酔いした荒くれ者が見ても失神するような極悪なオーラを放っていたのだ。
「俺はゼグバさんが一番怖かったです。実力差がひどすぎて会ったら即ゲームオーバーな無理ゲー状態でしたしね」
「私もそう思うよ。実際、私の神殺しの策の可否はゼグバが乗ってくれるかどうかにかかっていたと言っても過言ではないしね」
「テツヤの坊主はともかく、誰が好き好んで腹黒で底知れねえエドやその使い魔たちと敵対するかっての。一端の冒険者としての処世術はあいつだけじゃなく俺にだってあるんだぜ。エドと本格的に敵対するなんて選択肢は戦役が始まってから何度か交戦するだけでほとんどなくなってたさ」
テツヤとエドワードの言葉にゼグバは右手をひらひらと振りながら言う。
ゼグバは剣一本に突出したマートとは違う、この世に存在するあらゆる武具の扱いを極めた武芸百般などという言葉では足りないほどの戦闘巧者だった。
しかし、エドワードはエドワードで力ではゼグバに及ばずともそのズバ抜けた頭脳をもって当時から何度も彼を含む他の全てのハートレスを翻弄していたため、中でもあまり深く考えることが得意ではなかったゼグバは何度も痛い目を見ていくうちにエドワードに対して克服しがたい苦手意識を植え付けられたのだ。
「リーゼロッテ様、ティフォン様、ゴシック様とロリータ様。基本的に他の存在を信用できずに対立・孤立していたハートレスたちの中で唯一四人も、それも相当高位の使い魔という味方を得たというのも、さすがはエドワード様としか言いようがない気持ちでした」
「反則ですよね。俺の世界なら戦力過多で間違いなく一発退場レッドカードだと思います。手札四枚がジョーカーな上に自分自身もジョーカーとか、当時敵対してた俺らにとっては勝ち目極薄な凶悪ロイヤルストレートフラッシュでしたしね」
「もっとも、マスターに手ずから召喚されたリーゼロッテと違い、わらわとゴシック、ロリータはそれぞれ別個でアレに召喚され、イレギュラーであるリーゼロッテの召喚に成功してしまったマスターを抹殺すべく送り込まれた刺客だったのじゃがな。最終的には皆上手い具合に説得されて味方になったわけじゃがの」
「えへへーっ! あたしもロリもエドにたすけてもらったもんね!」
「ん。命の恩人。かくなる上はわたしの妖艶な身体で報いるしかない」
昔を懐かしむように頷くティフォンと、全身で喜びを表すゴシック。そしてまだまだ少女の域を出ないあどけない容姿で精一杯色気を出そうとして失敗しているロリータ。
彼女たちは皆、ティフォンの言う通りハートレス戦役におけるジョーカーのような存在であり、しかもリーゼロッテという規格外の存在を呼び出して圧倒的優位に立ったエドワードを警戒した最高神エント・アルマーが召喚し、差し向けた強力な刺客だった。
その強さは全員が認めるところであり、また三人の少女たちはいずれもエドワードを殺さなければ魔力供給を止められて死ぬような状況、さらに最高神たる自身を崇拝させるような洗脳まで受けていたのだ。
最終的に三人ともエドワードの手によって洗脳を解除され、エドワードをマスターとして新たに魔力供給を受けることで生を維持することで新たな仲間となったのだが、そこにも波乱は多く存在した。
「んで、テツヤの坊主は………」
「…………」
「…………」
「…………」
「わかってたよ! わかってましたよこの展開! この中じゃ唯一平々凡々たる一般人である俺がこの話し合いでオチに使われるぐらいなんとなくわかってたけど、やっぱりちょっと悔しい……ッ!」
テツヤが癇癪を起こしたような声を上げながら頭を抱えると、エドワードが慰めるように言った。
「しかしテツヤの知識は侮れないからね。異世界人を称するだけあって私たちの誰もが知りえないことを知っていたし、この村立ヴィタエ学園校舎だって彼がいなければ出来なかったものだ。たとえその知識が自身が生み出したものでなくとも、この世界においてテツヤの存在は決して小さいものではないと私は思っているよ」
「エドさんは皆さんと違って優しいなぁ……」
地球という異世界から突如飛ばされてきた当時十六歳のただの高校一年生だったテツヤ・ナナセこと七瀬哲也は救いの神を見たとばかりにエドワードを拝む。
その後もハートレス戦役を懐古したり戦役以前の各大陸における自分たちの生活を語ったりしながら大いに食べ、呑んで。夜も完全に更け、そろそろ片付けて眠ろうという段階に入った時、ふいに巨大なベル音が大音量でテーブルフロアに鳴り響く。
通常、階段を上がった先にある扉に備え付けられたインターフォンを鳴らしても全室に響いたりはしない。ピンポン音が響くのは廊下やテツヤの部屋だけだ。それ以前に、今この場にいる九人以外は村立ヴィタエ学園の三階に辿り着く術自体を持っていない。
――――そう、この鳴り方は、村立ヴィタエ学園から家も近く、口も堅い上に信頼できる人柄を持っていた村長にのみ教えた、九人の男女に対して村の緊急時を告げるためのサイン。
村立ヴィタエ学園の事務員室の窓口に備わった呼び出し用のベルの裏側にある板を外し、そこについたスイッチを連続して三度押すことにより、けたたましいベルの音が三階全室に鳴り響くのだ。
ヴィタエ村に越してきてから一度も鳴ったことのなかった音を聞き、宴で各々緩ませていた表情が一斉に引き締まる。
「いい感じに眠くなってきたんだが、こりゃ寝るのはちっとお預けだな」
「そうらしいね。悠長に話している時間もない。各自準備が終わったら急いで村へ向かおう。村長さんとは約束もあるしね、見て見ぬフリは許されないさ」
ゼグバとエドワードが共に鋭い視線のまま顔を合わせて声を上げると、次の瞬間には九人が一斉に自室へと戻る。
自室で九人の男女が急いで行っているのはまごうことなき戦闘準備。そう、村長に教えた緊急用の連絡法におけるスイッチを三度連続で押すという方法にはとあるステルスメッセージが存在するのだ。
ヴィタエ村への『賊の襲来』―――村長が行ったであろう緊急サインにはそんな意味が込められていた。




