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跡地  作者: 黄崎ロト
序章 新たなる火種
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第二話 村立ヴィタエ学園

「さて、キリもいいしそろそろ今日の授業を終えようか。明日は全クラス共通のお休みの日だから間違えて登校しないようにね?」


「「「「「はーい!」」」」」



 村立ヴィタエ学園において『放課後』と呼ばれる午後三時。昼食や昼休みも終わり、一通り授業をし終えたエドワードは、頭を使いすぎてダウンしそうな十五人ほどの子どもたちにそう告げる。

 すると先ほどまで乖離大陸の外―――北のグランゼ大陸と南のアウギ大陸について学ぶ『大陸外史』という授業で一生懸命歴史を覚えていた子どもたちが一斉に目を輝かせる。理由は言わずもがな、放課後になると村立ヴィタエ学園の広い校庭が生徒たちに解放されるからだ。

 ヴィタエ村は元々人口の少ない村であったが、土地自体は僻地ゆえか十二分に余っていた。それゆえエドワードたち九人の男女は村で手付かずだった土地を村長に申し出ることにより借り受け、どうやってか瞬く間にこの地に常識外とも言える設備を有した学園を建てたのだ。


 村立ヴィタエ学園は全部で三階構造となっている。一階は敷地のほとんどが体育館、入り口近くに用務員という学園の何でも屋が常駐する用務員室と、生徒だけでなく村中の人が体調を崩した際などに利用できる保健室が存在する。体育館は主に体育の授業やレクリエーションなどで使われる場所だ。

 二階は今もエドワードや二組の子どもたちがいる教室と、教室に比べるとかなり広めである図書室が存在する。図書室とは銘打つものの僻地ゆえか蔵書数はそれほどでもなく、読書だけでなく執筆も趣味であるエドワードが日々増やしている。乖離大陸の中でももっとも栄えている央都などの都会では識字率も五割を超えるが、ヴィタエ村では九人の男女が現れるまで文字の読み書きができる人材が稀少ですらあったのだ。村に存在する書物の絶対数が少ないことも仕方のないことなのだろう。


 そして三階。校庭や一階、二階部分は必要に応じてヴィタエ村の村人たちにも無償で貸し出されるが、三階部分だけはこの一年間、九人の男女以外は誰も入ったことのない未知の領域となっていた。

 と言っても、怪しい雰囲気があるとか、九人の男女が村人に隠れて悪巧みをしているというわけではない。九人の男女が実際に住んでいる居住スペースであるだけということだ。



「せんせー! せんせーはもうおうちに帰っちゃうの?」


「そうだね。今日は三組の授業もお休みだし、昼にリーゼロッテにも早く帰って来いと言われているから、そうなるかな」


「ふーん、そうなんだー。じゃあ、またこんど、あたしたちと一緒にあそんでくれる?」


「ははは、その時はどうかお手柔らかにね。私はどうにも、あまり運動に向いていないようだから、元気いっぱいな君たちと鬼ごっこなんかをすると三十分もすれば息が切れてしまうのさ」



 アレクやリムよりも年下であろう少女とそんな会話をしながらエドワードは朗らかに笑う。

 見た目は鎖骨下にまで伸びる、男性としてはやや長めだが清潔感のある綺麗な銀色の髪を左肩の前側に縛って垂らし、抜群の知性を感じさせる金色の瞳を持つ端正で線の細い容姿の黒衣の優男。

 そんなエドワードが自らの体力の無さを嘆くと、生徒たちにとってはなんでもできるヒーローのような存在であるエドワードの数少ない欠点が面白いからかキャッキャと騒ぐ。

 自分のようなよそ者を快く迎え入れてくれた心あるヴィタエ村の、未来を担うであろう子どもたちのそんな様子を優しげな微笑で眺めていたエドワードだったが、その時間も長くは続かない。



「やれやれ……リーゼロッテに言われて久々に来てみたが。相変わらずじゃのう、エドワードよ」



 ふいにかかる声に振り返ったエドワードの視線の先――――正確には立っているエドワードが屈むか視線を落とさなければならない位置に、先ほどまでそこにいなかったはずの人物がいた。



「やぁティフォン、こんにちは。リーゼロッテといいティフォンといい、今日はよく教室で知り合いと会う日だね」



 その場にいたのはエドワードにティフォンと呼ばれた灼熱の炎を彷彿とさせるような色鮮やかなやや癖のある赤髪を尻の下まで無造作に長く伸ばした幼い少女。

 現在も教室内でこのあと校庭でする遊びの内容を相談し合っている子どもたちの輪の中に入っていっても全く違和感がないであろうその少女は、しかしこの場にいる誰よりも大人びた口調を違和感なく使いこなしエドワードと言葉を交わす。



「会うもなにも、ここから一階ほど上がればいつでも会えるじゃろうに。それ以前に毎朝毎晩食事(どき)に顔を合わせているではないか。それと、これは忠告じゃが、子どもたちの相手をするのに夢中になるあまりあやつを放っておくとそのうちまた面倒な拗ね方をし始めるぞ?」


「それは……大変だね。私としては拗ねたリーゼロッテもそれはそれで興味深いから、見たくないと言えば嘘になってしまうけど、私の知的好奇心が原因で彼女を傷つけてしまったりしわ寄せが他の人に向いてしまうのは忍びない」


「そういうことじゃな。まぁ、正直わらわはあやつがいくら癇癪を起こそうが構わぬのじゃが、ほれ。あの小僧などからすればたまったものではなかろうて。ただでさえそなたは最近授業をするか子どもと遊ぶか本を読むか書くか、あるいは食べるか寝るかじゃったしのう」


「まったく、返す言葉もないとはこのことだね」



 やや申し訳なさそうにティフォンに対して返答したエドワードが子どもたちの輪に入って行って別れのあいさつをし合う。

 そして、扉の前で仰々しく腕を組んで待つティフォンの元へと向かい、いつものような微笑を浮かべ、言った。



「それじゃあ帰ろうか。―――私たちの家に、ね」



 九人の男女以外、誰も入ったことのない謎に包まれた村立ヴィタエ学園の三階、謎という名のヴェールに包まれた扉が今、開かれようとしていた。



 ※ ※ ※



 九人の男女のみが持つ特殊な構造の指輪が鍵となり、三階に上がるための階段へと繋がる巨大なしきり扉が開かれる。

 そして一階から二階へと続く階段よりかなり多めである三階へと続く階段を登った先に、一年前ヴィタエ村に現れたエドワードたち九人の男女が住まう生活区域が存在するのだ。


 男のみならまだしも女性も住んでいる場所であり、他にも様々なやんごとなき事情があったため内情は一切明かされていないものの、居住スペースであることは村長たちに説明してあるので、お咎めなどは特にない。

 元々見ず知らずの旅人を懐疑心(かいぎしん)ひとつ抱くことなく受け入れるような、純朴……あるいは単純で素朴で単純な性情を持つのがヴィタエ村の風潮であるからして、そのような心配などそもそも必要なかったのだが。


 そしてエドワードとティフォンはいつもしているようなとりとめもない会話を続けながら階段を上がった先に立ち塞がる扉の前に立つと、扉に備わっている『インターホン』と呼ばれるスイッチを押し、続いてインターホンの下にある小さなボタンを押しながら声をかける。



「ただいま。せっかくだから声をかけてみたけど、今、手は空いているかい?」


「あ、おかえりなさいエドさん。と、ティフォンさん。今ドア開けるんでちょっと待っててくださいね」



 エドワードの声にすぐさま反応したのは、二十代前半といった容貌の青年エドワードに比べてやや年下であろう少年らしい響きを含んだ声。

 そして扉の向こうにいるであろう少年の宣言通り、エドワードが声をかけてから十秒も経たずに扉は開かれ、中から乖離大陸においては比較的珍しい黒髪の少年が姿を現す。



「お待たせしました。とりあえず早くリビングスペースに行ってあげて下さい。あの空間、特に色々とカオスな感情が渦巻いてそうなあの人のいる場所なんかは少なくとも俺には攻略できそうにないです」


「はは……そうだね。ティフォンにも言われたし、そろそろお姫様を迎えに行こうか」


「あやつの顔を見て怒っているのか、楽しみにしているのかの判別もできないとは、やはり小僧は小僧じゃのう。お主もそう思わんか? のう、マスター(、、、、)よ」



 村人たちの異常な懐の広さ以外はこれといって特徴のなかった、ヴィレッジ・オブ・ヴィレッジ、村のなかの村、ザ・村であるヴィタエ村においては先進的すぎる構造の村立ヴィタエ学園。

 その中でも、エドワードとティフォンが入っていった三階部分は際立って異質だと言えるだろう。

 まず入り口。ヴィタエ村におけるスタンダードな扉は押し出し引き戻すことによって開閉するタイプのものであり、村立ヴィタエ学園の扉は左右にスライドさせて開閉をおこなうタイプのものだ。


 では、三階の階段へと続く扉と居住スペースへと至る扉も学園のものと同じなのだろうか? 答えは是であり非でもある。

 村立ヴィタエ学園の扉と同じく横にスライドして開閉するタイプの扉ではあるのだが、その開閉が全自動なのだ。ウィーンという機械音と共に自動で開き、自動で閉じる。そして閉じた後はこれまた自動で施錠され、どんなに腕の良い鍵開け師でも開けられない難攻不落の扉と化す。

 否、そもそも鍵穴自体がないのだ。階段へと続く扉は九人の男女のみが持つ指輪をはめて魔力を流すことにより個人認証を完了させて開くタイプのものだし、居住スペースへと続く扉も同様である。

 つまり、鍵穴はなく、あるのは指輪穴だけであるため従来の方法では破れないのだ。


 もっとも、黒髪の少年の『ドアにインターホンがついているのはうちの国では常識なんです!』というよく分からない意見がよくわからないままエドワードによって取り入れられ、今ではインターホンを押して来訪を告げ、ボタンを押しながら話すことによって玄関付近とそこから一番近い部屋を私室としている黒髪の少年の部屋に繋がり、彼自身が主導で扉の施錠を解除するというアナログな開錠方法も出来上がったのだが、これを利用するのはもっぱら変わり者のエドワードのみで、他の面々は指輪を使っての自力による開錠を行っていた。



「お、お、お―――――!!!」



 そして廊下を渡り普段皆が集まるリビングスペースへと進もうとしたエドワードたちの前に現れたのは、昼食時にもエドワードに弁当を届けに現れた瑠璃髪真紅眼の美少女・リーゼロッテ。

 しかしその雰囲気はあの時とはやや異なっていた。そして、エドワードに対する呼び方や態度も同じく異なっている。



「おかえりなさいお兄ちゃーーーーーん(、、、、、、、、、、)!!!」


「お、……っと。やぁリーゼロッテ、ただいま」


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん! 最近忙しそうだったけど、今日のこれからと明日一日はお休みなんだよね? ね? じゃあ――――」


「あぁ。以前リーゼロッテと約束した通り、いつもみたいに自室に一人こもりきりになったりはせずにリビングスペースでリーゼロッテや他のみんなとゆったりと過ごすさ」


「やったぁ! お兄ちゃん大好き!」



 その可憐で華奢な肉体から放たれているとは思えないほど、生半可な人間では押し潰されるを通り越して一瞬で細かな粒子と化してしまいそうな強烈すぎる勢いのフライングダイブを敢行したリーゼロッテを何事もなかったかのように無難に抱き止める形でキャッチしたエドワード。抱きとめた際、エドワードの後方にリーゼロッテの強烈ダイブによって発生した強すぎる風圧が吹き抜けていったのは言うまでもない。


 彼の言葉がリーゼロッテの琴線に触れたのか、リーゼロッテはそのままエドワードの胸に子犬が飼い主に甘えるようにすりすりと自らの頭をこすりつける。

 エドワードの両隣にいるティフォンと黒髪の少年にとってこの光景もまた日常と化しているのか、共に苦笑するのみで特に驚く様子は見られなかった。

 黒髪の少年が小さな声で「どこをどう解釈したら今のエドさんのセリフからリーゼロッテさんのお兄ちゃん大好きというテンプレ的デレに繋がるんだ……?」というような言葉が聞こえるが、そんなつぶやきでほつれるほどリーゼロッテのエドワードに対する感情は脆くない。



「だいたい、お兄ちゃんはいつも頑張りすぎなの! 朝の七時に起きて一組の授業の準備、八時から十時まで一組の授業、その後は二組の授業の準備をして十一時からは二組の授業。

 途中十二時から十三時まで休憩を挟むけどそのまま十五時までまた授業をしてやっと一息。そのあと十八時から行われる三組の授業のために十七時から準備を始めて帰ってくるのは夜の二十時!

 その後お風呂とご飯を済ませたらあっという間に二十二時!! 適宜(てきぎ)休みを設けるっていうティフォンたちの提案が通ったからこそ最近は前ほど心配ではなくなったけどこれどう考えても完全に過労だよ……」



 リーゼロッテの言うティフォンの提案というのが、今日エドワードがまだ十五時を過ぎたばかりなのにも関わらず今日の授業は終わりだと言っていた理由。

 一定の周期で、この日は一組の授業はお休みで二組と三組だけ、またこの日は二組の授業はお休みで一組と三組だけ、この日は全てのクラスがお休みといったようなものである。


 エドワードの場合、フリーになる二十二時からさらに図書室に蔵書するための学術書や魔法書などを執筆したり、他の面々の愚痴やら相談に乗ったり雑談をしたりしているので、結局彼の寝る時間は夜中の一時を越えてしまうのだ。

 エドワードに次いで働いているであろう人物は朝八時から夜二十時までほとんどぶっ続けで用務員室にこもったり見回りやら村で発生した困りごとやらを解決するために奔走するが、争いなど滅多に起きない平和で静かなこの村においてはやはり暇な業務であり、結局は用務員室で暇を持て余しているだけなのが現状だ。

 それゆえ、一人で毎日恐ろしい仕事量をこなす親愛なるお兄ちゃん・エドワードのことがリーゼロッテは心配でたまらなかったのだ。



「考えてみれば確かに今までは少し忙しすぎたからね。ティフォンやテツヤの提案のおかげで最近は十分に自分の時間も取れているから、その点に関しては感謝しているよ。ありがとう、二人とも」



 エドワードが隣にいる赤髪の幼女・ティフォンと黒髪の少年・テツヤにそう言うと、もれなくリーゼロッテの頬が膨れる。

 そう、リーゼロッテはひとたび身内だけの空間になるとこうしていつもに比べ三倍増しくらい素直になり、甘えてくるようになるのだ。

 とはいってもいつもこんな調子なのではなく、最近色々と忙しかったエドワードがリーゼロッテにあまり構えていなかったがゆえの反動であり、普段はエドワードに対しても、もう少し落ち着いているのだが。

 リーゼロッテほどの桁外れの美少女にここまで一途に甘えられれば男なら誰しもが一瞬で理性を蒸発させ堕落し尽くすはずなのに、それでもエドワードは普段の知的で優しげな様相を崩さず、その鉄壁の理性は欠片も乱れない。そのためリーゼロッテも相手が堕落する心配がないぶん安心して遠慮なく甘えるのだ。



「もちろん、いつも一番に私のことを案じてくれるリーゼロッテにも感謝しているよ。ありがとう、リーゼロッテ」


「そ、そうよね! うん、ほかの誰よりこのわたしが一番お兄ちゃんのことを想っているのよ! ふふふ……」



 大人なエドワードが上手くリーゼロッテのティフォンやテツヤに対する嫉妬の火を一息で吹き消す。するとエドワードに比べて年下に見える容姿を持つリーゼロッテはだらしなくも見える甘く可愛らしい笑みをにへらと浮かべてエドワードに甘える。

 そんな様子を見ていたティフォンとテツヤが半ば呆れながら感想を口にする。



「うわぁ……久しぶりに爆裂トリップしてますねリーゼロッテさん。まぁ、確かに最近エドさん急がしそうでフラストレーション貯まってそうでしたし、むしろこれだけで済んだことにホッとしましたけど」


「うむ。ただでさえマスターが多忙で男女の交わりに疎い上、ここには同じ相手に懸想する天敵たるあれ(、、)がおるからの。出自や育ちがどうあれ、ああなってしまうのも仕方のないことなのかもしれん

 とはいえ、仮にもわらわと同じ使い魔たるあやつがマスターであるエドワードにお兄ちゃんお兄ちゃんと甘えるのはどうなのかと思うがの。しかしこうして見ると、見た目は全く違うのに本当の兄妹(きょうだい)のように見えなくもないが」


「わかるようなわかりたくないような……。あ、そういえばあの人も今日は早めに帰ってくるとか言ってませんでした?」


「言っておった。ゆえに今のうちにとああしてマスターを確保しておるのじゃろ」



 そんな二人の会話など耳に届かないかのようにニコニコと笑いながらエドワードと触れ合うリーゼロッテ。

 余人の前では少女的な美貌のなかに内包された鋭さのある美貌も相まって鋭利な魔貌の美少女と化しているのだが、殻を破れば心を開いた者にのみ見た目相応の可愛らしさを見せてくるのだ。もっとも、現状彼女の心を開かせたものなど彼女のマスターたるエドワードをおいて他にないのだが。


 そんな彼女のテンションの上がり方に苦笑しながらもしっかりと付き合うエドワードの器もまた、相応に広いのだろう。

 そのままリーゼロッテを加えたエドワードたち四人は広めの廊下を進み、リビングスペースへと到着。するとそこには先客がいた。



「あ、エドだー!」


「ん。おかえり、エド」



 黒いワンピースを着た銀髪青眼の少女と、白いワンピースを着た銀髪青眼の少女。

 どちらもティフォンより年上に見える、まさしく十代半ばを迎えた容姿。

 しかし、中身が誰よりも老成しているティフォンとは違い、二人の少女は見た目相応の性格の持ち主だった。



「やぁゴシック、ロリータ。今日はもう魔法開発の方はおしまいかい?」


「うんっ! 今日はエドが早く帰ってくるって言ってたから!」


「ん。ゴシックと、おんなじ。早めに始めて、早めに切り上げた」



 黒衣の少女・ゴシックはまさしく見た目通り純粋無垢ではつらつとした美少女であり、白衣の少女・ロリータは双子の姉・ゴシックとは違い口数は少なく無表情、しかし感情自体は姉に負けず劣らず豊かな美少女だった。

 そして彼女たちは本人に許されているがゆえにエドワードのことをエドと呼ぶが、彼女たちも本来はリーゼロッテやティフォンと同じく彼をマスターと呼ばなければならない立場にあった。紆余曲折があった末、彼女たちは皆エドワードの使い魔になったからだ。

 使い魔がマスターにまるで家族のように接するなど普通はないが、エドワードのマイペースな性格と使い魔たる彼女たち自身の性格もあり、リーゼロッテ、ゴシック、ロリータは彼を兄のように慕い、ティフォンは容姿に似合わぬ落ち着いた物腰からそんな三人とマスターであるエドワードの姉のような立場を取っている。



「ゼグバやマート、エロリアはまだ帰ってきてはいないみたいだね」


「ゼグバさんはエドさんの授業が二組までの日でもきちんと二十時まで用務員室にいるみたいですし、マートさんは村長の家に通っていつも通り一般常識のお勉強。

 エロリアさんは………あっ」



 テツヤがエドワードの問いにスラスラと答えていると、ふいに一片の冷や汗と共にその言葉がふいに止まる。

 そう、突如としてエドワードの背後に黒いシスター服を身に纏った、これでもかというくらいの神聖かつ高貴なオーラを振りまく、これまた恐ろしく容姿の整った美女が現れたからだ。

 それだけならまだいい。なぜなら、九人の男女のうち、特に女性陣は皆方向性は違えど一周回って褒める言葉がなくなってしまうほどの美女・美少女揃いだからだ。しかし彼女のその後の行動は瑠璃髪の少女にとっては看過できぬ、よろしくないものだと言えるだろう。


 そのエドワードと同い年か少し年上くらいに見える清楚な美女は身にまとうシスター服からかもし出される聖職者特有の気品あふれた貞淑(ていしゅく)さなど感じさせない大胆さで、なんとエドワードの背後から言葉もなくいきなり抱きつき、あまつさえその大きすぎるのに微塵も形を崩していない奇跡の具現たる自身の大きく瑞々(みずみず)しい麗しの胸でエドワードの顔を挟み込んだのだ。

 無論、挟み込んだのは本人の意図するところではなく、そのシスター美女の胸があまりにも大きすぎたのと、エドワードがソファーに腰掛けており、ソファーの後ろに立っていたシスター美女との位置的な関係上、必然的に包まれただけなのだが、包まれたという結果は変わらない。


 そしてその大きすぎる双丘による顔面包囲網の完成によってエドワードの呼吸行動を妨げていることなどつゆほども知らないであろう桃髪のシスターは、聞くものをとろけさせるような甘い声で言った。



「おかえりなさいませ、エドワード様。わたくしもただいま学園の保健室から戻りまして、非常に不躾(ぶしつけ)ではありますがこうして久方ぶりに夕刻前に戻られ暇を持て余しておられるエドワード様から、お力を頂いているところにございます」



 突然隣に座るエドワードの顔が他の女の胸に包まれ怒りのあまり池の中からエサを待つ金魚のごとく口をパクパクさせているリーゼロッテなど眼中にないかのようにポッと顔を可愛らしく赤らめながら語る桃髪のシスターに、事態を重く見たテツヤがまるでこれから死地へ赴く兵士にでもなったかのような神妙そうな顔をしつつゴホンと咳払いをしておそるおそるといった様子で声をかける。



「あー、えーっと、その。久しぶりにエドさんが暇を持て余すのが嬉しいのは十分わかりますけど、とりあえずエドさんが窒息する前にその大変うらやまけしからん拘束を解除しましょう、エロリアさん」



 テツヤの諫言によってようやくエドワードが自分の胸のせいで無呼吸状態であることを知ったエロリアと呼ばれた美女が、このあとエドワードに謝り倒したのは言うまでもないことだろう。

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