プロローグⅠ
生まれてこの方、神様なんて大それた存在を俺は見たことがなかった。だから、信じてもいなかった。
そりゃ、いざという時の神頼みなんかは何度となくしてきたけど、それだって面白半分の、ただの願掛けであって、この国で普通に生活してるだけじゃ、俺みたいな普通の人間が神様のいるいないを意識すること自体が稀だろうと思ってる。それぐらい、遠い存在だった。
もちろん、宗教を信じている人からすれば憤慨に値する不遜な物言いであることは理解してる。
でも、見られもしない、触れられもしない、出所も不確かで、まるで昔の人が書いたファンタジー小説のような世界観を持つ実に様々な古代神話を読んだって、年若い俺からすれば面白い、興味深い以上の感想は抱けなかった。それが現実であると認識するには、あまりにも現実離れしすぎていたから。
けどまぁ、そんな考えは俺が生まれ、育ってきたこの国では、あるいは世界では、言うほど珍しいものではないと思う。
しかしそんな俺の無神論思考は、偶然か必然か、とある出来事によって一転することになったわけだけど。
一切の前触れなく、突然意識が暗転し、切り替わった現実。その世界は、なにもかもが俺の知っている世界と異なっていた。
そして俺はそこで、――――真理を知った。知ってしまった。
非科学的かもしれない。信じられないのも無理はない。なぜなら、俺自身もかつてはそうだったのだから。
でも、実際見て、触れて、そして感じてしまえばもう二度とそんな考えはできなくなると俺は思う。そう、理屈じゃなく、それは確かに実在した。
俺はあの日、今まで過ごしていたなにげない日常から引きずり下ろされ、そして。
――――全てをつかさどる、絶対の神を知った。
なぜ俺が選ばれたのかは、今もわからない。未だに、今の俺が見て、聞いて、感じているこの世界は、元々俺が生まれ育ったあの世界、そこにいる俺が寝ている間に見ている長い長い夢なんじゃないかと思うこともある。
大それた存在に選ばれる理由なんて、持っちゃいない。俺はどこにでもいる、取り得だって人並みにしかないような普通の人間だったんだ。だけど俺はあの出来事に巻き込まれて、かつて惰性で過ごしていた日常を、―――失ってから初めてわかったありふれつつも貴重だった日々を、失った。
それが良かったことなのか、はたまた悪かったことなのかは、正直なところ判断できない。
だけど、これだけは言える。
――――俺が今までなにげなく、退屈とさえ思いながら過ごしていた日常は途方もないほどに尊く、俺が心のどこかで常に望んでいた非日常は、ただただ残酷で、忌避すべきものだったということを。
世界に神は、確かに存在している。もしかしたら俺を育んでくれたあの世界、あの国にもいたのかもしれない。
今となっては知りようも確かめようもないことだけど、漠然とそう思う。
なぜかって? そうでもなきゃ、俺みたいなごく普通の人間があんな場所に呼び出されることも、そして。
―――あんな恐ろしい戦いに巻き込まれることも、なかったのだから。
※ ※ ※
のちにハートレス戦役と呼ばれたその戦いに、正義はない。
誰にも知られずに神代より始まり、そして遥かなる未来まで続くであろうその戦いの中に存在する参戦者の感情は、心はただ一つ。
――――生きたい。命ある人である以上は誰もが持ち得るであろう、そんなごく当たり前の感情だった。




