第十四話 ヘキサグラマー
「さて、ティフォン。質問があるのだけど」
「言っておくが、わらわに聞いても無駄じゃぞ」
「はは、いつになく手厳しいね……」
昼下がり、二組の子どもたちの授業も終わって学園の三階へと帰るために長い階段を上がる三人。
しかし、今日ばかりは先頭に立つ者がいつもとは違っていた。いつもはエドワードなのだが、今日はリーゼロッテなのだ。
そしてその件のリーゼロッテは、肩をいからせながらわざわざ「ぷんぷん」という擬音を口に出してまで怒りを表明している。
普段は見た目相応に落ち着いているというのに、相変わらずエドワードが絡むと幼くなるリーゼロッテに、エドワードが首をひねり、ティフォンはため息をつく。
「エドワードよ。わらわはあやつほどお主を異性として強烈に懸想しているわけではないが、そんなわらわですら胸を穿たれたような気分なのじゃ。察するがよい」
「ううん……どうしたものかな……」
エドワードがそう唸りながら頭に手を当てて悩みながらも階段を上がると、ようやく三階の居住スペースへと至るための扉が見えてきた。
※ ※ ※
「はぁ……なるほど。それは確かにエドさんの落ち度ですねぇ……」
リビングスペースで夕食の仕込みの休憩を取っていたテツヤへと事の経緯を話したエドワードだが、求めていた答えはすぐに提示された。
「エドさん。あのお二人は確かに昔の時代に活躍をした偉人ですが、それでも女の子なんですから。いくらなんでも普段多忙を理由にあまりエドさんと長く接することのできない二人が見ている前で子どもたちのことを大切だと言いながら一人一人に甘えさせてやるなんてのはさすがにデリカシーに欠けますよ……」
テツヤがそんなことを困り顔で言うと、訓練上がりなのかエドワードの発明の一つである吸水後すぐに元の乾いた状態に戻る『無限タオル』で汗をぬぐうゼグバがトレーニングスペースから姿を現した。
「あん? なんだ、またテツヤの坊主お得意のお悩み相談でもやってんのか?」
「うーん、そういうものなんですかねぇ………」
そしてテツヤがゼグバへと事情を説明すると、ゼグバはいかにも呆れたかのような表情でエドワードへと視線を向ける。
「エド。俺は今まで色んな天才を見てきたが、お前もやっぱあいつらと同じだな。なんつーか、常識? 倫理? それとも心、いや共感性か。とりあえず、お前も四人も半端じゃねえぐらい美人で可愛い使い魔がいるんならもうちょい感情の機微に聡くなる努力はしとけよ。刺される前に改心しねえと死んでから後悔したんじゃ遅いんだからな」
「刺されるって………事はそこまで深刻かい?」
「だろ。特にリーゼロッテの嬢ちゃんなんか俺とテツヤの坊主が本気になっても止めきれるかわからんぐらいの強さだからな。古来、英雄ってのは女で失敗して死ぬ奴が多かったんだぜ?」
「それ、むしろゼグバさんの方がしっくりくるんですけどねー」
「おう坊主、明日の訓練が楽しみだな?」
「ちょっと突っ込んだだけで遠回しな脅し!? 横暴だ!!!」
そんなとりとめのないやり取りをしながらも、ゼグバは真面目くさったような顔で言う。
「いいか? 大前提として、リーゼロッテの嬢ちゃんはエドに好意を抱いてる。たぶん、他の三人の嬢ちゃんたちも同じだし、エロリアの嬢ちゃんもそうだろうな」
「あらためて聞くと血涙流したい状況ですよね……やはりイケメンこそが正義……」
ゼグバの現状確認に拳を硬く握り締めながらも、しかし本当はエドワードが容姿など関係なく好かれていることを知っているからかテツヤの言葉からは冗談っぽさが漂う。
「リーゼロッテの嬢ちゃんなんかは明らかにお前さんに対して依存一歩手前の好意を持ってるからな。見たところ大層嫉妬しそうだし、それでお前さんの行動が気に入らなかったんだろうよ」
「相手が年端のいかない子どもでも、嫉妬は発生するものなのかな?」
「時と場合によりますね。もしリーゼロッテさんがエドさんの正式な彼女、ないしは嫁だったとすれば子どもに嫉妬なんて真似はしないでしょうけど、たぶん今は心にあんまり余裕がないんじゃないですか?」
リーゼロッテ・ファンタズムは類い稀な美貌を有した絶世の美少女だ。瑠璃色の長髪、真紅色の意思の強そうな瞳、そしてまるで神々の祝福を一身に受けたかのような端正すぎるパーツの数々。
しかし、しかしだ。世が世なら間違いなく世界一の魔貌の持ち主であったリーゼロッテの好きな相手を女として想っている相手は自分だけではなく、そしてその者たちの美貌もまた、リーゼロッテに勝るとも劣らない。
ライバル筆頭であるエロリアは桃色の長髪は艶かしく、それでいて気品を損なっていない。聖女にしか着用を許されない漆黒のシスター服は通常のものとは違い細部に美しいディティールが施されており、彼女の美貌をさらに引き上げている。
そして何より特筆すべきがその大きすぎる母性の象徴――――胸である。大きい、大きすぎる。テツヤ曰くエイチカップは堅いとされる彼女の胸は、それでいて一切下品さなど感じさせない。むしろ、まだ年若い彼女に凄まじい母性を与えることに成功している。
年齢もまだ二十三歳と若く、二十一歳のエドワードとそう離れていない。そして何より、彼女のエドワードに対する想いは、リーゼロッテのそれに勝るとも劣らないのだ。美貌についてもタイプこそ違えど言わずもがななのである。
そして隠しライバルであったティフォン。灼熱の炎を彷彿とさせる鮮烈な赤髪、赤眼。六才から八才頃の幼女とそんなに変わらぬ幼い容姿でありながら、その実九人の中でもっとも長い時を生きた彼女は、テツヤ曰くビーカップぐらいであるリーゼロッテより胸が小さいにも関わらず謎の妖艶さを有していた。
元々リーゼロッテは美しすぎるがゆえに色気がないという損だか得だかわからないパターンとなってしまった美少女だが、ティフォンには彼女にはない年上特有の色気があるのだ。
救いとしては、彼女が常々自称する通り、リーゼロッテやエロリアに比べてはエドワードに対する好意がやや控えめであることだろう。
隠しライバルというほどステルスしていたわけではなかったが、あの双子のエンシェント・ハイエルフも侮れない。
双方ともにセミロングの銀髪と青というよりは水色に近い綺麗な瞳を持っているが、何より特筆すべきはその精神面の幼さだろう。
見た目は十四歳ほどの美少女なのだが、何気に九人の中では上位に位置するほど人生経験のある二人は、しかし見た目通りの幼さがあり、その純真さでエドワードにアタックをかけてくるのだ。
子どもらしく甘えるゴシックにはまだ男女の恋自体を理解できていない節が見られるが、ゴシックの妹であり男女の恋はおろか営みすら完全に理解しているロリータはリーゼロッテをして侮れる相手ではない。
しきりのエドワードの将来の嫁としての内助の功と称して彼の手伝いを率先して行う彼女は、同性であり恋敵であるリーゼロッテをしても油断すると感嘆してしまうほどの健気さを持っているのだ。
「エドさんは競争率がバリバリで高いですからねー。気が気でない気持ちもわかります」
「つーか、お前さんも嬢ちゃんたちの気持ちには気付いてるんだろ? 応えてやるつもりはないのかよ?」
テツヤとゼグバにそう問われると、エドワードは困ったように頭をかく。
「そうだね。少なくともこの大陸における一連の戦いを終わらせないと……という感じかな。落ち着いたら少しずつ考えていこうとは思っているよ」
「あ、やっぱり気付いてはいたんですか」
「人の感情に機微に疎いと言われる私でも、あれだけ積極的に迫られれば気付けるさ。夜に自室に忍び込まれたのも一度や二度じゃないからね」
「この階層の扉のセキュリティを突破って……呆れるぐらいハチャメチャですね、ほんと」
「ここの連中が常識で測れないってことぐらい見りゃわかると思うんだがなぁ」
ここで話が脱線しかけたが、ゼグバが今までの話を総括するように言ったことで路線がまた元の場所へと戻っていく。
「ま、エドの気持ちもわかるぜ。なんにせよ、早く神なんぞブッ倒して落ち着きてえもんだよなぁ」
「…………本音は?」
「あの時は何度か遅れ取ってるからな。今度は完封してやらぁ」
「神様相手に好戦的すぎる! もうちょい命大事に生きましょう!」
「テツヤのその意見には同意かな。願わくば、今回は一人も欠けずに打ち勝てるといいのだけど……」
そんなこんなで、『魔工技大聖』エドワードと『日本人』テツヤ・ナナセ、そして『絶対勇者』ゼグバ・ローダー三人によるカオスな男子会は終わりを告げた。
※ ※ ※
「! む、風邪か?」
出そうになったくしゃみを気合で粉砕したマートが、ゼグバとの模擬戦を経てトレーニングスペースの隅で一人ぽつんと自省会をしていることを知るものはたぶん、誰もいない。




