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跡地  作者: 黄崎ロト
第一章 望まれぬ/望まれた再開
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第十二話 帰ってきたエドせんせー

「それじゃあ、今日は魔工技(まこうぎ)について勉強しようか。実は、私は元々この畑の人間でね。魔工技については一家言(いっかげん)あるのさ」


「まこうぎー?」


「そう。簡単に言えば、生活を、仕事を、あるいは―――いや、とにかくそういったことをより効率良く、簡単にするために道具を作る技術のことをそう言うんだ。便利な道具を作るための技、それが魔工技なんだよ」



 〈超常たる幻支結界グランド・ファンタズム〉発動の翌日。なぜかエドワードはいつも通り二組の子どもたちを相手に授業を行っていた。

 今のヴィタエ村にとってはいつも通りの光景。しかしいつもと違う部分もある。教室の一番後ろに呆れた様子の瑠璃髪の美少女と灼髪の幼女がいるところが、その最たるところだろう。



「なーにが一家言ある、じゃ。あやつほどの腕を持つ魔工技師などわらわの時代にも片手で数え切れるほどしかおらなんだ」


「わたしの時代に関しては間違いなくいなかったって断言できるし……それにしても、本当に発動してるの? これ。なんかいつもと変わりないように見えるんだけど」



 呆れながら悪態をつく灼髪の幼女と命よりも大切そうにその繊細で美しい指で自らの首にかかったネックレスに触れる瑠璃髪の少女。



 ヴィタエ村の村長・セレーナがエドワードの要望通りに今後授業を行えないという事実を伝えたところ、もっとも大きな反発をしたのが昼間に登校する二組の子どもたちであった。

 既に避難が終わり各々の家庭へと戻っていた彼らはほとんど全員でヴィタエ学園まで詰めかけ、どうかこれからも授業を………という嘆願に来た。

 普通ならここでズバッと断るのがお互いのためにも良いのだろうが、妙に子どもたちに甘いところのあるエドワードは最終的に彼らに対し根負けし、隔日ではあるが朝の十時から十三時までの間だけいつも通り授業を行うことを約束したのだ。


 余談となるが、根負け宣言をした時にエドワードに向けられた八人の視線はひどく生暖かかったという。



「無論じゃな。発動者たる我らであればヴィタエ村にも、村人たちにも干渉することは可能じゃが、発動者以外では触れることすらできんはずじゃろう。

 人に触れればすり抜け、家に触れようとしてもすり抜け、領域内に生えている雑草にすら触れられなくなる。それが神代におけるアーティファクト、神具というものなのじゃよ。

 もっとも、次元を少しずらしただけじゃから完全な別次元というわけでもない。地面をすり抜けたりはせんじゃろうがな」


「ふぅん………便利なものね。さすがはお兄ちゃんと感心はするけど」


「マスターの言う通りわらわの知るそれよりだいぶ改良されておるようじゃの。元々何らかの書物によって概要を知っていたのか、それともゴシックあたりから情報を仕入れたのかは知らぬが……本当に底知れぬ男じゃ」



 九人の中でも最重要人物であるエドワードを一人にするのはさすがにまずいということで、彼らの中で新たに決められたのが日替わり護衛制度だった。

 一日おきに二人ずつがエドワードの護衛として彼について来るのだ。エドワードの授業は一日おきに行われるので、今日はリーゼロッテとティフォンが護衛につき、明日はなく、明後日はゼグバとテツヤが護衛につくことになっている。

 当初、リーゼロッテは自分一人で十分。あんたたちは修行でもしてなさいと主張したのだが、彼女と同じ人物をマスターと仰ぐティフォンによって理路整然とした理屈で論破され、やむなく今の決まりとなったのだ。


 今頃、ゼグバやテツヤ、マートといった近・中距離戦を得意とする物理組は三人で組み手を行い、ゴシックやロリータ、エロリアといった遠距離戦を得意とする魔法組はそれぞれ魔法の開発・強化に勤しんでいるところだろう。



「まったく、お兄ちゃんには危機感というものがないのかしら?」


「まぁマスターは色々と特別じゃからな。修行をして強くなるような男というわけでもなかろうよ」


「うーん………そう言われるとそうなんだけど、やっぱり義妹(いもうと)としては心配なんだけどなぁ……」



 二人の少女がそんなマスターに対する愚痴を重ねている間も、エドワードの授業は進行していた。



 ※ ※ ※



「せんせーはどんな道具をつくったことあるのー?」


「そうだね……たとえば」



 子どもたちの中の一人にそんな質問を受けたエドワードは少し顎に手をやって考えるそぶりを見せると、何か閃いたのか右手でパチンと指を鳴らす。

 すると次の瞬間、教卓の上には何のへんてつもないように見える弓と矢、そして矢筒のようなものが置かれていた。



「これは私がまだ魔工技師として駆け出しだった頃に開発したものでね。『無限の矢筒』とまぁ、呼び名はひねりのないものなのだけど、なかなか便利なものに仕上がったという自負があるのさ」


「むげんー?」


「そう、無限。矢筒に手をかざして少しだけ魔力を送り込むと、矢筒の内側に描かれた魔法陣が発動して魔力を自動的に矢へと変成させる。魔力でできた矢は何も考えずに生成すればポピュラーな木と鉄のやじりで出来たものになるけど、注ぐ魔力量と想像力が働けばもっと凄い矢を作り出すことも可能なんだ」



 そう言ってエドワードが矢筒に虹色の魔力を注ぎ込みながら手を中へと入れ、すぐに何かを掴んだかのように引き戻す。

 するとそこには、一流の矢職人でも感嘆させてしまいそうなほど見事な造りの聖銀(ミスリル)でできた矢があった。



「すごーい!」


「きれい………」


「お褒めに預かり光栄だけど、欠点もあってね。見た目や材質はどうあれ、結局は魔力でできたものだから、生成から十秒、長くとも三十秒経つと跡形もなく消えてしまうんだ。狩りに使うなら不足はないと思うけど、今ならもう少し持続時間を伸ばせる気がするなぁ……」



 結晶が砕けるような音と共にエドワードの手から消える矢には目も向けずに最後は完全に独り言モードになっていたが、エドワードの発明品は画期的なものだった。

 今までエメト=ギアにおいて自身の魔力を矢へと作り変えた人間は少なくないが、少しの魔力と想像力があれば誰でもその技術の恩恵を受けられるというのが恐ろしく先進的であり、画期的だった。


 エドワードはなんてことはないかのように話しているが、当時まだヴィタエ学園二組の生徒たちと同じか、下手をすればそれよりも幼かった子ども・エドワードが作ったにしては、『無限の矢筒』はあまりに完成度が高すぎたのだ。


 北のグランゼ大陸において『魔工技大聖(グランド・マイスター)』エドワード・フェデル・フォン・グラシアの名を知らぬ者は、少なくとも同業者の中には一人としていないだろう。

 それほどまでにエドワードは魔工技師として優れた資質を有していた。


 それからもエドワードはかけるだけでどんな水でも健康を害さず、また美味しい水へと生まれ変わらせる魔法のふるいや、納めるだけで剣や斧といった武器の重さを全く感じなくさせる上に鞘自体の大きさの微調整すら容易な魔法の鞘、その技術を転用した魔法の袋など様々な発明品を出してはその理論を子どもたちでもわかるように噛み砕きながら説明していった。

 そんな時、ふいにエドワードへと声がかかる。



「せんせー………」


「その………あの……」



 年頃の子どもらしからぬ暗い表情、暗い声。親に叱られてもここまで萎縮することはないだろうと言えるほど縮こまった二人の男女が前へ出てくる。

 キョトンとした表情を浮かべるエドワードに、二人は問う。



「せんせーは………怒ってない?」


「嫌いになって、ない?」



 それは、あの喧騒の夜に黒フードの男からエドワードに庇われ命を救われた二人の子ども。

 ショートカットの栗色の髪と大きな瞳が可愛らしい八才の少女・リムとヘアセットなど微塵もしていない無造作金髪と気の強そうな瞳が特徴的な十才の少年・アレク。


 二組の中でもひと際飲み込みが早く、そしてあの夜にエドワードに怪我をさせてしまった負い目から普段の元気さを全く発揮していない二人が、エドワードの前に来て、上目遣いで彼のことを不安げに見つめていた。

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