第十話 魔力の色
「さて、それじゃあ一夜明けたことだし、あらためて情報を整理しようか」
グランガ山賊団の襲来というアクシデントに見舞われた夜、その翌朝。
無軌道に仕組まれる散発的な休みと違い、村立ヴィタエ学園全体の休息日であるからこそ、教師として多忙なエドワード、用務員のゼグバ、保険教諭のエロリアを含めた九人の男女が一同に会していた。
「あんなことがあったというのに、よくそんな平常心でいられるわね………」
否、九人だけではない。このヴィタエ村の代表にして、唯一彼らの所業を知る女性。村長・セレーナもまた、学園の三階、リビングスペースへと招かれていた。
その革新的すぎる造りに驚き疲れたのもあるが、仮にそれを抜きにしてもセレーナは疲れ果てていた。言わずもがな、彼女は賊の襲来の後始末に追われ、ほとんど一睡もしていなかったのである。
しかし、そんな境遇にあったのは彼女だけではない。
「まぁ、久しぶりだったから色々ナマってた部分は否めませんけど、あれぐらいの連中なら……」
テツヤがそう言って苦笑すると、エドワードが昼の弁当を忘れてきたときとは違う、純然たる怒りをその身に表したリーゼロッテが食ってかかる。
「ナマりすぎよ! 敵対者相手ならきちんと心臓を破壊したあとに頭蓋を丹念に踏み砕くぐらいの気概を持ちなさい! あんたたちがしっかりしてなかったからわたしたち全員が奔走する羽目になったのよ?」
「ワッハッハッハ! ま、そう怒りなさんな姫さんよ。戦いから一年も離れてたんだ。俺たちがモンスターどもの撒き餌を殺し損ねたおかげでどんどんと沸いてきて、結果的に良い準備運動にはなっただろ?」
「あんたねえ……、はぁ。これがこの時代きっての英雄っていうんだから、世も末よね。ね? お兄ちゃん」
「はは、この時代を生きる一人としてはなかなか返答しづらい問いかけだね」
リーゼロッテの怒りをゼグバはいつものことのように笑って受け流す。争いごとに慣れていない人間ならばともかく、九人に関してはハートレス戦役という未曾有の戦いの生還者なのだ。
かつて戦場に身を置いていたゼグバやマート、身を置いていたこともあるエドワードやエロリア、色々と規格外であるリーゼロッテ、ティフォン、ゴシック、ロリータだけでなく、本来はただの一般人であったテツヤも既に前戦役において命を奪うことに対する覚悟は完了していた。
そうしなければ、生き残ることなどできないほどの地獄だったのだ。そして、その地獄を必死になって生き抜いたからこそ、テツヤ・ナナセは自身より圧倒的に強い各人に仲間として認められているのである。―――もっとも、ヒエラルキーで言えば相変わらず圧倒的最底辺であることは否めないのだが。
「しかし、ぬかったわ。わらわが交戦した小僧はいかにも何かを知っていそうだったのじゃが、捕縛しようとした瞬間にいきなり冷静に戻られての。そのまま逃げ切られてしまった」
「こっちはそんなこと考える暇すらなくゼグバさんがやっちゃいましたからねぇ……いや、本当に申し訳ないです。ゴシックとロリータもありがとう」
「うぅ……久しぶりだからってまた変な気分になっちゃった……」
「……よしよし。大丈夫、姉の不始末は、良くできた妹が取る」
「……うぅぅ~!!!」
一人戦略兵器ことゴシックの頭を撫でながら慰めると見せかけて皮肉げな毒を吐く最終安全装置ことロリータ。
今回の襲来の殊勲賞を決めるのだとすれば、間違いなく彼女たちだろう。なにせ、撃墜数の桁が違う。
それでいて周りへの被害もほとんど皆無だと言うのだから比の打ち所などありはしない。過程は少々アレだったものの、求められているのは常に結果なのである。終わり良ければ、というやつだ。
「なんというか、本当に、あなたたちは……」
セレーナはそんな彼らを見て呆れ返る。これがエヴン王国の央都でも恐れられていた残虐非道のグランガ山賊団を一夜にして壊滅状態にまで追い込んだ者たちだと知れば、きっと地獄へと落ちた奴らも浮かばれないことだろう。もっとも、あんなやつらの浮かばれる浮かばれないなど知ったことではないのだが。
「まぁ、結果を見ればだいぶ上々だったと思うけど。それでもやはり、きな臭いね」
エドワードがそう言って少し考えるような仕草を取ると、我に返ったセレーナが問う。
「というと、やっぱりあいつらはあなたたちを狙って来たというわけ?」
「おそらくは、ね。確証はないけど、まぁティフォンが交戦していたという青年の言葉を鑑みれば大体の事情は察せたかな」
エドワードの持論はこうだ。
まず、グランガ山賊団はティフォンと交戦した青年、マサキ・ヒダカとエドワードが相対した相手である黒フードの男、もしくは彼ら二人の属する組織によって雇われたか、あるいはこの村を襲うよう唆されたということ。
マサキ・ヒダカはしきりにハートレスという言葉を口にし、あまつさえハートレスを狩るなどということすら言っていたというし、黒フードの男は明らかにハートレスであるエドワードを知っていた様子だった。ほぼ間違いなく、黒幕は彼らだろう。
「でも、それにしてはずいぶんとお粗末じゃないですか? あんな兵力で俺たちに……というか、エドさんたちに挑むなんてエクストリーム自殺みたいなものですし」
「ふむ、確かにの。わらわが相手取った小僧も訓練された兵士というよりはちょっと人より強い力を持っただけの貴族のドラ息子のような感じじゃったしなぁ」
「ということは、もしかして今回の一件は何らかの組織に属するそのお二人の独断行動だったということではないのでしょうか?」
エロリアが声を挟むと、エドワードは頷きながらその言葉に賛成の意を示す。
「十中八九そうだろうね。私から見て黒フードの男は自己主張性にやや乏しさが見られていたから、主犯格はティフォンが相手をしていた好戦的で短絡的なのが特徴のマサキ・ヒダカとやらでほぼ間違いないと見ていいと思うよ」
「マサキ・ヒダカ……ですか」
エドワードの言葉に反応を示したのは、テツヤ・ナナセ。彼と似通った名前を持ち、彼と似通った髪を持つ少年。
「そういえば、テツヤの坊主と似た感じの名前だよな。知り合いか?」
「いや、知り合いではないですけど……もしかしたら、俺と同じような出自なのかなぁ、と思いまして」
「となると、彼も君がここに来る前に暮らしていた世界・ニホンの住人である可能性があるということかな?」
「はい。あ、いや、もしこの世界の北か南の大陸の東方なんかに独自の文化を持ったサムライ民族なんかがあれば話は変わるんですけど……」
「ねえよ、そんな民族。世界中を巡った俺が断言してやらぁ。マートの爺さんは知ってるか?」
ゼグバが先ほどからずっと黙って皆の話を聞いていたマートにそう問いかけると、マートは眼を閉じたまま首を横に振る。
「わし自身、アウギ大陸の東端の秘境出身ではあるが、サムライ民族とやらは聞いたこともない。それに、我らは姓を持たぬゆえ、ヒダカというのがその者の姓であるなら間違いなく違うであろう」
「グランゼ大陸でも聞いたことはありません。エドワード様はいかがでしょう?」
「エロリアと同じく、耳に入ってきたことはないね」
「髪の色や顔の造りも似ておった。仮定ではあるが、マサキ・ヒダカはテツヤと同じ出自と見てよいじゃろうな」
「ふぅん……で、そいつは強かったの?」
可憐な見た目にそぐわず武闘派なリーゼロッテがティフォンに問う。もっとも、答えはほとんどわかっていたようなものなのだろうが。
「お主の要望に応えられるほどではあるまい。戦役末期のテツヤ坊を一度殺すために三度殺される必要がある、その程度の実力じゃった。しかし、問題なのはそこではないのじゃ」
そんなティフォンの言葉を聞いて、胸の内でひそかに自分の強さを少しだけ自覚したテツヤ。表情を綻ばせたところ、ロリータに小声で「テツオ、きも……」と呼ばれ机に突っ伏しながら轟沈する。
「と、言うと?」
「奴の扱っていた力に問題があった。あれはかつてのアレと同じ力じゃ、間違いない」
アレとはなんだ? などという問いをする者などこの場にはいない。皆、言わずともわかっている名だからだ。
「アレって、なんのこと?」
否、この場にはハートレス戦役のことなど何も知らない村長もいるのだ。ティフォンは一瞬マスターであるエドワードの方を見る。彼が頷いたところを確かめた彼女は、静かに口を開いた。
「一年前にも聞かせた話じゃ。断言してもよいが、マサキ・ヒダカは最高神エント=アルマー、それに類する何者かの使徒じゃろうな」
「………へ?」
「えぇッ!?」
そこで驚きの声を上げたのは二名。何を言ってるんだこの人? みたいな反応を示したセレーナと、マジかよやべえ勘弁してくれ、というような反応を示したテツヤである。
「奴の魔色は黒じゃったが、その内にほのかに純白が見えた。普通の人間が二色以上の魔力を持つことなど到底あり得ぬ。それに、純白の魔力はわらわの真紅の魔力にも匹敵するほどの質を持っておったしの」
「ごめんなさい、何を言っているのかさっぱりわからないわ。本当に今さらなんだけど、私はなぜここに呼ばれたの?」
「う……じ、実は少し記憶に怪しい部分がありまして。できればもう一度魔力の色に関することをご教授頂けると嬉しいなぁ……なんて」
既に話についていけなくなっているセレーナと、魔力についての話は聞くには聞いたが一年以上前であったために既にうろ覚えだったテツヤ。
そんなテツヤに呆れたような表情を向けるセレーナを除く女性陣。極寒の視線にますますその身を縮ませるテツヤを見かねたのか、エドワードがコホンと咳払いをする。
「そうだね。テツヤにこれを説明したのはハートレス戦役が始まって間もなかった頃。もう一年半以上も前になるから、忘れてしまうのも無理はない。私があらためて説明するよ」
魔力。テツヤのいた世界においては幻想、神話でしか語られない架空の力は、しかしこのエメト=ギアにおいては実在していた。
魔法。それは、願望を叶える力。魔法を発動させるために必要なのが、魔力と呼ばれる特殊な力を内包した粒子。人はそれを自らの身体に閉じ込めて精製し、詠唱することによって形を成し、それを放出する。
あるいは自分の身体能力を高めたり、あるいは魔力を媒体に新しい何かを作り出すこともできるが、要するに魔法には魔力と知識、そして想像力が必要なのだ。
そして魔力には『色』と呼ばれる区分が存在する。そのなかでもポピュラーなのが、火の赤、水の青、風の緑、地の茶、光の金で合計五色。ほとんどの人間はこれらの色を一つだけ有し、その色に適した魔法を操る才能を持つ。
「それで、やはりというかなんというか、エドさんたちはみんなその四色とは違う色を持ってるんですよね?」
「俺とマートの爺さんはそこまで珍しいもんでもないけどな。テツヤの坊主とも同じ、身体能力強化に適してるっつー黒い魔力だ。ま、実際は俺もマートの爺さんも漆黒っつー黒の上位属性なんだが、質は大して変わらん。たぶん、そのマサキっつー坊主も同じだろう」
「わらわの魔力は真紅。全てを破壊し尽くす轟爆の魔色じゃな。赤とは似て非なる性質を持っておる」
「わたしは瑠璃よ。わたしやティフォンみたいな一定以上の魔法適正を持ってる者は基本的に髪の色と同じような魔色を持つの。もっとも、実際は髪の色に魔力が染まるのではなく、魔力の色に髪が染まるってことだけどね」
「あたしはエドとおんなじ、虹!」
「………透明。精霊術師だから」
「わたくしの魔色は黄金になります。神聖属性に効果を発揮する金の、いわば上位的位置にある魔色ですわ」
「そして、私の魔色は先ほどゴシックの言った通り、世界に存在する全ての元素をつかさどる七色の魔力――――虹だね。実質的にはリーゼロッテやティフォンの持つ極めて特異な魔色以外を網羅しているようなものだけど、そもそもとして虹の魔色を持つ者は歴史を見ても片手の指で数えられる程度しかいないから、やっぱりこれも魔色の中では特異な例外と言えるだろう」
まさにそうそうたる顔ぶれである。しかし、これこそが当代きっての大英雄たちなのだ。
「それで、魔色は一人一つだから、黒、もしくは漆黒と純白で二色持ってたマサキって人は神の使徒に違いないということですか。なるほど……」
「うむ。奴めに実際に使役されていたわらわやゴシック、ロリータはもちろん、実際に奴と戦ったお主とてそれは知っていよう。最高神エント=アルマーの魔色が、純白であったということを」
知っている。そうだ、テツヤは一年前を思い出す。頼りになりすぎる仲間たちと共に相対し、必死になって戦った、かの神の姿を。
※ ※ ※
「まさか、こんな結末を画策していたなんて………ね」
口から血を吐きながら、傷だらけの身体をかろうじて立ち上がらせながら、それでもいつも通りの胡散臭い笑顔を絶やさない白髪金眼の青年。
そして彼と対峙するのは、かつて彼が『殺し合え』と命じたはずの五人のハートレス、四人のイレギュラー。
「はぁ……はぁ。皆さん、絶対にあいつが倒れた後、『やったか!?』とか言わないでください……ほんとに、約束ですよ……」
利き腕ではないはずの左手に得物のクロスボウを持ちながら右腕からボタボタと多量の血を地面へとしたたらせる黒髪金眼の少年。
「まったくよぉ……とんだ怪物だぜ。これが、神サマってやつか?」
「まだだ、血が足りぬ。血を……すすらせよ。斬る。斬らせろ、わしが、奴を、わしが! 斬るのだ――――ッ!」
足の筋をことごとく斬られ、魔力によって筋の機能を代替し、それでも地面に崩れ落ちそうになっている、金髪金眼の男性。
額から盛大に血を流しながらも瞳をギラギラと燃やし、返り血なのか、己が血なのか、全身血まみれになりながらもなお目の前の存在を斬ることにこだわる白髪金眼の男性。
「だいたい、いくらボクが超常的存在だからって一対九っていうのもひどい話だよね。キミたち、外から見れば完全に悪者だって自覚ある?」
そんな軽口を吐きながらまるで息をするかのように容易く指から百二十八に枝分かれする生物に対し絶対即死の権能を有した純白のレーザー光線を照射する青年の攻撃は、しかし容易く防がれる。
「哀れよなぁ最高神。かつてに比べて遥かに弱々しく、そして女々しい。仮にも神を名乗るのならば、負けを受け入れ潔く散るべきであろう。のう、エント=アルマーよ」
「早く死んじゃえ~!」
「ん!」
全身に灼熱の炎を纏い、たった今エント=アルマーのレーザーを地獄の業火で構成された炎壁で防いでみせる赤髪赤眼の幼女。
一行の最後列から容赦のない魔法の雨あられをお見舞いする黒いドレスを着た銀髪青眼の少女と、白いドレスを着た銀髪青眼の少女。
「ねえキミ。聖職者なら、この状況で義憤に駆られたりしないのかな? ボク、一応キミたちの崇める神様なんだけど?」
銀髪の青年・エント=アルマーはまぶたから滴り落ちてくる血にたまらず片目をパチっと閉じながら漆黒のシスター服を着た桃髪金眼の女にそう語りかける。しかし、返事はつれないものだった。
「あなたは倒されるべき敵です。わたくしは彼らと共に、そのような邪悪な性情を持ちながらいたずらに神を名乗り人をたぶらかすあなたを、浄化いたします」
「そもそも、今さらわたしたちの一人や二人を洗脳したって戦況は覆らないわよ。あんたご自慢の天使も、今頃は全員地獄で裁きの順番待ちじゃない?」
交戦開始時から延々と洗脳の波動を放っているエント=アルマーの術式を完全にブロックしている瑠璃髪真紅眼の少女はそう言って鼻で笑う。
エント=アルマーは、窮地に陥っていた。
いつも通りに行われ、いつも通りに終わるはずだった、英雄たちによるバトル・ロワイヤル。
参加者十人が一人になるまで見守り、最後に残る一人が決定したら面会、そのまま天国への招待と題して抹殺する。
それだけの仕事のはずだった。しかし、現実は異なっている。
理由は、いくつもある。
一つは、イレギュラーの存在。呼ばれるはずのなかった十人目の少年がこの狂気の宴に招かれ、そして無力であったはずのその少年は、さらなるイレギュラーに叡智という名の力を与えた。
一つは、部外者の存在。最大のイレギュラーが古代から強者を招いた。直接の手出しができなかったエント=アルマーはそれを始末するべく同じく古代から招いた三体の使い魔を用いた。結果は、ご覧の有様だったのだが。
そして一つは。最高神たるエント=アルマーをして計り知れぬほどの、人智と神智を超越した途方もなく歪んだ才能を有した―――青年の存在。
「王手だ。最高神エント=アルマー。悪いけど、乗り越えさせてもらったよ」
その場にいた誰もがそこで行われた死闘を彷彿せずにはいられないような出で立ちだったのにも関わらず、返り血すらなく、怪我すらなく。一人だけ戦場にそぐわぬ姿でもって他を安堵させるような柔和な微笑を見せながら、神に対して無情なる宣告を行う銀髪金眼の青年。
彼の右手に握られた刃のない剣が振り上げられ、そして。
「まったく、本当に。最後まで―――――損な役回りだったよ」
無慈悲に振り下ろされた一撃は一柱の神を消滅へと導き、ハートレス戦役は終わりを告げた。




