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跡地  作者: 黄崎ロト
序章 新たなる火種
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第九話 双子遊戯

「お兄ちゃん! 無事!?」



 地面の下(、、、、)に潜んでいた敵対生物を一通り殲滅し終えたリーゼロッテがその場所へと戻ると、彼女の予想通り想い人ならぬ想い兄は平穏無事な姿を見せていた。



「慌てずとも大丈夫、しっかり無事だよ。しかし、かなりの苦戦を強いられた末に例の黒フードの彼には逃げられてしまったから、みんなと違ってあまり胸を張れる戦果はないのだけどね」


「怪我なくいてくれただけでも十分よ。お兄ちゃんは元々あんまり戦いを好まない人なんだから。それにしても、この惨状は……はぁ。あの馬鹿二人が敵に妙な真似を許さなきゃこんなことにはならなかったんでしょうけど……」



 リーゼロッテが村立ヴィタエ学園の方向を見る。天から落ちる光、あるいは天へと昇る光。燃え盛る火、押し流す水、隆起する地、吹き飛ばす風。

 轟雷が落ちればまとめて百の異形が消し飛び、漆黒の霧に包まれ跡形をなくす者もいれば、純白の光槍に刺し貫かれて魂ごと打ち砕かれる者もいる。

 これこそがエドワードの使い魔であり、リーゼロッテの後輩的存在でもある超魔導師(グランド・メイガス)ゴシックと超精霊術師(グランド・エレメント)ロリータという二人のエンシェント・ハイエルフの存在の規格外さを如実に示す圧倒的すぎる力の奔流。


 総合的な戦闘能力ならば九人の中でも最上位に位置しているリーゼロッテが、それでも殲滅戦において二人に勝てないと思っているのは謙遜でも何でもない、純然たる事実なのだ。

 その出自と特殊な事情から世界そのものに愛され、無限に等しい魔力と世界から必要なだけあらゆる魔の叡智を汲み上げられるという特異性から、こと魔法や精霊術の行使においてこの二人の少女に敵うものなど現代には存在しない。

 一見、彼女たちの攻撃はヴィタエ村にも著しい損害を与えているようにも見えるが、よくよく見ればそうではないことがわかる。



「ははは……相変わらず、ゴシックの攻撃の後始末は大変そうだね」



 そう、天真爛漫な少女らしい少女・ゴシックと無口無表情でやや毒舌な少女・ロリータでは、その言動の差異から攻撃性においてロリータが勝っているように見られがちだが、実際は違う。

 いや、普段の生活のみならば、遠慮のしない物言いが多いロリータの方が攻撃性はあるのだが、戦闘になればその立場は一気に逆転するのだ。すなわち、ゴシックは―――スペル・ハッピーなのである。

 ひとたび魔法を撃ち始めれば、身内の人間のことは気にするものの、周りの環境のことなどは一切考えずに雨あられのように天災にも等しい大魔法・超魔法を乱発する。そして、その尻拭いをするのはもっぱら彼女の双子の妹であるロリータに他ならない。

 ロリータの得意とする精霊術は攻撃力もさることながら、真価はその防御力にある。ゴシックの放つ火炎が家屋に火をつけようとすればロリータはそれを阻止すべく水の精霊を使役する。ゴシックの放つ暴風が家屋を解体しようとすれば、ロリータは地の精霊の性質である沈静を使ってこれを防ぐ。

 ――――そう、ゴシックは敵対者を攻撃し、ロリータはゴシックの魔法が周囲の環境を消し飛ばさないよう阻止に徹する。これが二人の戦法なのだ。ひどく(いびつ)だが、ゴシックはいつも一通り戦闘が終わると我に返って泣きながらロリータに許しを請い、ロリータも姉に悪気があるわけではないことは理解しているためにこの歪さは直る気配を見せない。


 しかし、そんな事情を差し引いても二人の攻撃による効果は絶大だった。

 ゼグバとテツヤが相手にしていた謎の男の悪あがき。自らの命と魂を生贄にすることで異形の軍勢を呼び寄せるという最後の手段はゴシックとロリータの情け容赦ない殲滅作戦によって発動わずか十分後には沈静の兆しを見せていたのだ。



「相変わらず、自信がなくなるような苛烈さよね……。わたしよりゴシックの方が魔王に相応しいと思わない? お兄ちゃん」



 ゴシック、ロリータが健在だった時代よりも数段古代を生きた魔の王たるリーゼロッテの言葉にエドワードは困ったような微笑を返す。

 村の中に入り込んだ賊はマートによって残らず斬り捨てられ、賊やモンスターの死体はエロリアによって光へと還り、正門前にいた黒フードの男はエドワードとの交戦の末に撤退し、天空から学園への侵入を試みた青年はティフォンによって撃退。

 百や千ではきかないほど湧き出したモンスターたちは残らずゴシックとロリータに消滅させられ、地面の下からこちらの隙を伺っていたモンスターはリーゼロッテによって撃滅。

 学園前で侵入者を待ち受けたゼグバとテツヤの奮戦により賊も一通り薙ぎ払われ、ハートレス戦役終結からちょうど一年後である夜の喧騒はあっという間に終わりを告げた。







 ※ ※ ※



「クソッ! 一体なんの冗談なんだよあの腹黒ロリババアが! なんつーデタラメな魔法を放ちやがるッ!!!」



 黒髪の青年―――マサキ・ヒダカはボロボロなどという言葉すら生易しい姿でもってそう言って悪態をつきながらも、ロケットのような速さで夜を駆ける。

 本来であれば、自分はここで出るべきではなかった。それは、何度も注意されていたことだ。

 標的であるハートレスと呼ばれる存在は、それら全てがそれぞれ異なる無双の才を持つ危険人物であるということは、それこそ耳にタコができるぐらい聞かされてきた。

 それでも、心のどこかで慢心していたのだろう。常識外れの力を得たことで、油断し尽してしまっていた、その末路がこれだった。


 最初は様子見のつもりだったのだ。しかし、偵察という任務を行うには、マサキ・ヒダカという青年はあまりにも短気が過ぎた。

 突如として空中に現れた赤髪の幼女―――あの女に小僧と呼ばれ、挑発され、そして下に見られた。

 マサキにとって、それは何よりも看過しがたいことだったのだ。ゆえに、マサキは激情に駆られながら冷静な判断力を失い、赤髪の幼女を狩る決意をした。



「どれだけ走っても撒ける気がしなかったってのに、野郎……俺を取るに足らないと断じて見逃しやがったのか?

 にしても、ここからでもわかる……赤髪の野郎以外も化け物揃いかよ。ソロムの野郎が呼び出したモンスターどもが一時間ももたずに殲滅されるとかチートもここまでくると笑えてくるぜ……」



 最後、自分の渾身の力を込めた攻撃が呆気なく防がれ、あまつさえその力すら利用されて反撃を受けた時、ようやくマサキは正気を取り戻すことができた。

 そして真紅の闇に包まれる寸前に選んだ選択肢は、敵前逃亡。強い自尊心を持つマサキにとっては最も取りたくない行動であったが、命には代えられない。

 今まではハートレスは強い、油断はするなと言われてもいまいちピンとはこなかった。なぜなら、マサキ・ヒダカは強者だったからだ。


 自分の他にいた、同じ立場にある九人と比べても遜色がないどころか才能においては上回っていた。おかげで他の人間が戦闘訓練をしている間もマサキはただ惰眠を貪り、あるいは遊び呆けていた。


 そのツケを、払わされたのだ。悔しさで歯噛みしながら、冷えた頭で今後について考える。こりゃ、帰ったら間違いなく説教部屋送りだな、などと考えているマサキに、いつの間にか暗き影が追従していた。



「よう。相変わらず影の薄い奴だな。お前もやられてきたのか?」


「……………」


「だろうな。お前がそんなにボロボロにされたのなんてあのパンチバカの模擬戦に巻き込まれた時以来じゃねえか。なぁ―――」



 マサキはその人物を知っていた。

 十人の同胞の中でも、短気なマサキがもっとも気兼ねなく付き合えるのが今自分の後に続いている確固たる個を持たぬ黒フードの男なのだから。



「―――クラック。お前の相手は、どんな奴だったよ?」


「………まだ、ここでは駄目だ。奴の目があるうちに、迂闊なことは言えん。ここはまだ、あの男の領域内だ」


「お前なら闇に潜んで一人か二人は殺ってくるだろうと踏んでたけど、そんなに楽な話じゃねえんだな。こりゃ俺も、鍛え直さないとやべえかもなぁ」



 未だに緊張状態らしいクラックという名の男に比べ、マサキは急速に冷えていく頭に我ながら呆れながらものん気そうに呟いた。

 やがて夜は明け、二人が進む暗い森に、眩しい光が差し始めた頃、ようやく二人は自分たちが構えている本拠地へと戻って行った。

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