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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
春のめつみ篇:柿農園の戦士(?)たち
9/43

2話:怪鳥の叫ぶ早朝。



 結局は保科のおかげで、必要以上に気負うことなく当日の朝を迎えることができた。


 犬のような後輩に秘かに感謝しつつ、山間の道を軽自動車を走らせる。

 ちなみに、通勤の手段として、普段電車通勤の姉ちゃんから車を借りられることになった。


「ふ……、弟のめでたい門出だ。ガソリン代くらいはくれてやる……」


 先日の晩、額に手を添えた謎の決めポーズとともにそう言ってくれた姉ちゃんだったが、俺もいつまでも姉ちゃんに甘えているわけにもいかない。せっかくバイト代が出るんだ。ガソリン代くらいは返すつもりだ。

 姉ちゃんのその気持ちだけはちゃんと受け取っておいた。


 やがて、視界が山林の闇からだだっ広い畑の緑に変わる。

 はるか遠く、ミニチュアの町の隙間を縫うように、川と高速道路がうねうねと通っている。

 空は快晴。相変わらず目が覚めるような爽快な景色だ。


 午前七時四十分頃、乙葉おれんじふぁーむ付近に到着。

 最初に来た時はもっと遠くに思ったが、アパートからここまで大体四十分くらいで来られた。

 農園の数メートル手前、道の広まったところで車を降りて畑の入口へ向かう。


「静かだなぁ……」


 この時間だと、町では通勤通学の人々でざわざわとしているんだけど、ここではそんな音は一切聞こえない。辺りを見回しても人影すら見当たらない。


 ――キエェェェェエエエ――ィィ――……


 しかもまだ朝早いからか、畑全体「シェェェィィ――ッ!」がうっすらと白みがかっていて、前回ここに来た時「ギェェェェ――ィィッ!」よりもより幻想的に見える。

 足元の草にはしっとりと朝露が残っていて、踏むたびに水を弾きスニーカーに染み消えていく「ィェェェ――エエィイ――!」

 畑の樹の周りにも沢山草が生い茂っている。……これは、長靴でも持ってきた方がよかったかな……。


「ギゥェエエェェェェ――ィィィ!」


 ……て、さっきからなんなんだよこの声はよっ!

 せっかく人が大自然の風情を楽しんでるってのに!


 場所が場所だけに、ちょっと木霊して聞こえる掠れたような奇声。

 それが聞こえる方向に目を凝らすと、ここからコンクリートの坂を挟んだ向こう側……『乙葉おれんじふぁーむ』とは違う隣の畑の奥で、なにやら動くものを認めた。

 ……わりと近くにいる。


 なんだあれは……?

 たしかになにか小さい生き物が動いている。

 野生動物かなにかか?

 ありえるな。


 低い樹木の間をガサゴソと動くそれは、小柄な背中をくの字に曲げボロボロの麦わら帽子の下には跳ねた白髪と鋭い眼光が……って、あれ前に会ったバアさんだ!


 そういえば、こないだあの人を見たのもそこの畑だったかなぁ。

 それにしてもすごい奇声だ。いったいなにしてるんだろ……。まるでなにかを引っぱるかのように体を大きく動かしている。

 とにかく、朝っぱらから心臓に悪いったらない。


「よし、そろそろ畑に行かないと」


 とりあえず例によって、俺はなにも見なかったことにした。

 少し早く着いたからって油断してちゃいけないよなっ。


「おはよう、はなくん」

「ぎょぇえええぇぇぇ――――っ!?」


 突然後ろから肩を叩かれ、俺は盛大にすっころんだ。


「だ、大丈夫っ?」


 地面に打ちつけた尻が火傷したように熱いけど、それどころじゃない。

 このままだとババアにヤラれちま……って……。


「ゆ、由愛さん……?」


 顔を上げると、そこにいたのはバアさんではなく、由愛さんだった。

 朝の柔らかい陽に照らされた麦わら帽子、その下にのぞくあどけない頬の輪郭。

 お……おお……。

 妖精さまじゃ……。

 柿畑の妖精さまがおわすぞぉ……。


「ど、どしたん……。慌ててたかと思えば、そんな久々に食べ物恵んでもらった人みたいな顔して……」


 怪訝そうな顔の由愛さん。

 いかん、つい顔に尊崇(そんすう)の念が浮んでしまっていたか。


「あ~……いや、ちょっとさっき変な声を聞きまして……。過敏になってたというか、あはは……。まあ、正体はバアさんだったんですけど」


 というか、俺はあろうことか、由愛さんをバアさんと勘違いしてしまったってことか……。な、なんたる不覚っ!


「バアさん? ……あぁ。トリコさんのことやな、きっと」

「トリコさん……?」


 どこか得心したように由愛さんは呟く。

 たしかに、鳥の鳴き声みたいだったけどな……。

 怪鳥とかそっち方面の。


「うん、隣の畑を経営してる、早乙女(さおとめ)さん()のお婆さん。毎朝早くから作業始めはるから、きっとその人の声やと思う」

「そうなんすか……。てことは、毎朝あんな奇声を……?」


 由愛さんの困ったような苦笑が俺の質問を肯定していた。

 くうぅ……どんな表情もかわええのうっ!


「ちょっと個性的なお婆さんやけど、なんでもこなせるすごい人やねんで? 今年で九十四歳にもなるのに」

「きゅ、九十四っすかっ!?」


 こう言っちゃなんだけど……死にかけじゃん!

 いつでも三途リバーを渡河(とか)可能じゃないかっ!


 そんな歳でチェーンソーやらなんやら振り回してるのか……ほとんど妖怪だな。


「ほんじゃ、そろそろ行こか。まずは今日からやることの説明するわ」

「あ、はい」


 由愛さんのあとについて畑に向かう。

 ちょっと朝から驚いたが、いきなり失敗しないように気を引き締めねば。


 …………ん?

 ところで、あのバアさんはお隣さんで、しかも毎日作業してるってことは……毎朝あの奇声を耳にするってことなのか?


 朝の冷たい風に煽られて、人知れず鳥肌がたった。





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