3話:恥をかいて土下座する。
小学……いや、中学生くらいだろうか。
小柄なその女の子は、持ってきたお茶とお茶請けを俺のすぐ前の座卓に並べてくれる。
「今日は遠いところからありがとうね」
と、さりげない微笑みも兼ねて。
それはそれは、手前の日焼けしたおっさんなぞその辺の塵芥にも思えるほど、清らかな笑みだった。
ここで誤解のないように言っておくが、俺は断じてロリコンではない。
無論、男という生き物ゆえ綺麗または可愛い子にはついつい目がいってしまうが、幼女という一点の判断基準のみで誰彼構わず興奮するような性癖は持ち合わせちゃいない。
だが、そういうジャンルの好みうんぬんを差し引いたとして、俺の前に突如現れたその少女は可憐だった。
しずしずとお茶を淹れてくれる姿は、おしとやかという表現がしっくりくる。
ダークブラウンの髪がかかる餅のような白い頬。
小犬のようにくりりと円らな瞳。
薄く結ばれた、それでいてふっくらと赤い唇。
そして見た目こそ中学生の容姿ながら、どことなく大人の女性のような雰囲気がひしひしと……。
……と、いかんいかん。
いつまでもぼんやり眺めてるわけにもいかない。正面のおっさんの存在もしかり、どんな受け取られ方をするやもしれん。最悪の場合ロリコン野郎の烙印を押されかねない。
ところでそのおっさんといえば、ずっと腕を組んだまま無反応を貫いていた。
少女がお茶を淹れる時も眉一つ動かさない。
「ありがとう。ちゃんと家のお手伝いしてえらいね」
少女がお盆を持ち直して立ち上がる時を狙って、俺は努めて平静を装いつつ感謝の辞を述べた。
すると少女は一瞬目をぱちぱちとしばたたかせたあと、畳の上をちょこちょこと小走りで襖の奥へ去った。
……うん、照れ屋さんなのだろう。
俯きがちな頬がほんのりと赤みがかっていた。実にうい反応である。
とか思っているあいだに、そのはにかみ少女はすぐに戻ってきた。
その横にはちゃっかりと姉ちゃん、そしてここに案内してくれたお母さんもいた。
三人が座卓につき(お母さんは腰が悪いせいか椅子に座る)、俺とおっさんを合わせた計五人がそれぞれ対面する体だ。
「急にいなくなって悪かったね草太」
「ああいや……でも姉ちゃん、えらく遅かったな?」
「ん? うん、由愛を呼びに行ってたんだ。ここに来たら連絡するって言ってたからさ」
「……ゆめ?」
「じゃあまずは、自己紹介からしましょか」
ヒソヒソと話している隙間に、お母さんの声が通り抜ける。
そうだそうだ、俺はここにバイトの話を聞きにきたんだ。一瞬忘れそうになっていた。ここに来るまでにある意味新鮮なことばっかり起こってたしな。
でも、なんだろう。
この胸騒ぎは。
「じゃあ、まずは……」
と、お母さんはすぐ隣で腕組みしたままのおっさんに目配せする。
一瞬視線を交えるも、反応のないおっさんの代わりにお母さんが紹介を始めた。
「彼がこの乙葉家の主……乙葉正信といいます。今回お手伝いをお願いしてる『乙葉おれんじふぁーむ』の農主でもあります」
「……」
……うん、薄々はわかってた。
オカシイとは思ってたんだよ。この人、最初から部屋にいるし、少女やお母さんへの反応もどこか馴染んだ感じがあったし。
とりあえず……おっさんとか思ってすんませんしたーっ!
「そして改めて、正信の母の美夜子です。今日はよろしくねぇ」
おっさん改め家主さんの短い紹介のあとにお母さんが続く。
「今回お手伝いをお願いするのも、元はわたしのコレが原因でねぇ……」
そう言いながら自らの腰に巻かれたコルセットをポンポンと叩く。
どうやら今回の募集は、腰を痛めて作業できないお母さんに代わる人材を探してのことだったらしい。
「正信は『手伝いなんぞいらん』って言ってたんやけど、やっぱり人数が物言う仕事やからねぇ」
「オカン、余計なこと言わんでええわ」
おっとりと話すお母さんを農主さんが遮る。
ふむ、色々と複雑な事情があるんだろうな。
「ま、まぁまぁ、とりあえず今は自己紹介続けるからね」
そこで乙葉親子の仲裁に入ったのは、例のはにかみ少女だった。
ん? この子も自己紹介するのか?
いくら家族とはいえ、今回のバイトの話、俺の面接にはさほど関係がないのでは……?
俺の心臓ははからずも、不吉なほど鼓動を早める。
ついさっきの胸騒ぎだ。
もしかして、この子……。
ま、ままま……まさかね!
「乙葉由愛です。農園のお手伝いをしてます。はなちゃん……あ、塙山朝花ちゃんとは高校の同級生で……」
や、やっぱりかぁぁ――っ!
姉ちゃんの言葉で嫌な予感していたが、この子、いやこの人俺より年上さんやんけっ!
「今日は主に私から説明します。どうぞよろしくね、弟くん」
はにかみ少女もとい乙葉由愛さんは、悪戯っぽく首を傾げて付け加える。
弟くん。
弟くん。
……弟くん。
その言葉が俺の五臓六腑を貫く。
そうだよ。
俺さっき、彼女になんて言ったよ。
――ありがとう。家のお手伝いしてえらいね。
「うおおおおおおぉぉぉ…………!」
「お、弟くんっ?」
羞恥に乱れる我が身体が反射的に土下座を行う。
バカ! 過去の俺のバカ!
年上の女性に向かってなんたる暴言を!
ああ、私は貝になりたい。
このまま額を畳に擦りつけて、カツオ節になりたい。
「だ、大丈夫なん……? ちょっとやり返すだけのつもりやってんけど……」
「あ~……、由愛は心配することないさ、あはは。えと、あたしは塙山朝花で、隣は弟の草太です。今回バイトの話を聞きにきたのはこの子で……」
見事貝になった俺の代わりに姉ちゃんが紹介をしてくれる。
その横で、まともに顔を上げられない俺。
うう、面目ない。幸先悪すぎるぜ……。
「うん、とりあえず紹介は済んだし、次は実際に作業する場所を見ながら話そうと思うんやけど……はなちゃん、これから車でついてきてくれる?」
「ああ、わかった」
どうやらこれから現場の農園に移動するらしい。
「ほれ草太、しっかりしなさい」
俺は姉ちゃんに肩を叩かれつつも、皆一様に部屋を出ていくうしろをついていくのだった。
「でも、年上に向かってあれはないよな、うん。『お手伝いしてて……えらいねっ☆』……ぐひひっ」
「おい掘り返すんじゃねぇーっ! てか姉ちゃん聞いてたのかよっ!」
あとで由愛さんに謝ろう……。