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さよなら、おれんじふぁーむ~過ぎ去りし日々を求めて~



「そうか。甘の収穫、終わったんか」


 収穫作業を終えた翌日。俺と由愛さんは農主さんの病室へやってきていた。もちろん、作業完了の報告をするためだ。

 農主さんは俺たちの話を聞きながら甘柿を頬張る。育てるだけじゃなくて食べるのも好きなんですね。


「少しは覚悟してたが、あそこまで広がるとはオレも思わんでな……。急遽応急の防除をしたんやが……この有様やったんや」


 包帯の巻かれた右腕を掲げる農主さん。

 こないだ来た時より傷は癒えたみたいだけど、まだ完治には遠いみたいだ。


「だから、まだ雨が続いてたのにSS乗ったんやねぇ……」

「ああ、今回ばかりは焦り過ぎたわ」


 炭そ病……。

 あの黒い悪魔の広がり具合を、農主さんは俺たちより先に目の当たりにしていたようで。今までの就農歴の中でも初めて遭遇した惨劇に、さすがの農主さんも動揺を隠せなかったという。


「一応、実は全部処理したけど……また冬の間に対策せなあかんよね」

「ああ……。菌はまだあるやろうしな」


 あの黒い実……総計数十袋もの量を処理したけれど、まだまだ原因は取り除けていないらしい。

 ほんとに恐ろしい病害なんだと、改めて思い知らされる。


「でもでも、収穫は済んだんやし、これでひとまずは安心して怪我治せるね?」


 暗くなりかけた雰囲気を散らすように、由愛さんは明るく言う。

 そう。俺たち二人……いや、美夜子さんや黒部氏。

 それに姉ちゃん、保科、双子ちゃん……。

 みんな力を合わせて、今年の収穫期を乗り越えたんだ。


 農園としては良いことばかりではないが、それだけは胸を張って誇れるところだ。


「そうやな……。しかも、農主のオレには連絡の一つもよこさんと……な?」

「「う……っ」」


 こ、これは言い返せないっす……。

 あろうことか、今回の収穫作業に頭がいっぱいで農主さんへの連絡を完全に忘れていたのだった。

 農主さんの冷え切った眼光に、俺たちは揃って唸るほかなかった。


「まあ今回は凌げたようやけど……、今度から自分らで動く時はオレに一言入れてからにせぇ」

「「は、はい……、以後気をつけます……」」


 農主さんのありがたい注意をお受けしつつ、俺と由愛さんはそそくさと席を外すこととあいなった。


「お、ちょっと待て、バイト」

「……? 俺っすか?」


 も、由愛さんに続き部屋を出ようとしたところで、農主さんに呼び止められる。

 な、なんだろう……。まだ、なにかしでかしていただろうか?


 一瞬戦いてしまったが、農主さんの口から出たのは思いがけない一言だった。


「その、なんや……。あぁー……、今回は、由愛ちゃんと『乙葉おれんじふぁーむ』を守ってくれて、その、ありがとうな……。こーた」

「の、農主さん……」

「そ、それだけや、さっさと帰れ……」


 ツンデレ風にあしらわれて慌ててドアを閉めたけど、たしかに農主さんの言葉は俺の胸に響いた。


 まさか、あの強面な農主さんから感謝されるとは……。夢でも見てるんじゃないか? そう思ってしまうほど信じられない出来事だった。

 でも、俺の胸の鼓動は事実だと伝えてくれる。


 ――農主さんが俺に、感謝してくれた。


 その事実に、まるで心に直接勲章をつけてもらったように、俺の心は打ち震えた。


「農主さん……こちらこそ、あなたの農園で多くを学ばせてもらって……ありがとうございます」


 温かい気持ちを胸に、ドア越しに呟いてその場を離れた。



 あ、あとひとつだけ。



 名前……間違ってます。


 俺……"草太"っす。



 * * *



 病院を出て駐車場。

 由愛さんと並んで歩くこの景色は、ついこないだもあったな。ちょうどアルバイトの終了を宣告された時だった。


 あの時は、本当に目の前が真っ白になったけど、今の俺の目に映る世界はクリアそのもの。

 今回の柿収穫作業を通じて、俺は今まで目を逸らしてきた景色を見られるようになったんだ。


「……」

「……」


 俺と由愛さんの間に会話はない。

 ただアスファルトを打つ靴音だけが耳朶を打つが、気まずいとか、そういう雰囲気は一切ない。

 むしろ、この静かな時間を大事にするように、一歩一歩を大事に刻んでいく。


 この駐車場から出れば、俺たちはそれぞれ別の道へと帰っていく。

 由愛さんは『乙葉おれんじふぁーむ』へ、また来年から良い柿を育てていくために。俺は、大学へ……そして就活戦線の真っ只中に戻るんだ。


 二人ともまったく別の道。

 ここでさよならをすれば、しばらくは会うこともないだろう。


 由愛さんには、ほんとのほんとに最初っからお世話になったなぁ。

 それに、柿畑『おれんじふぁーむ』の天使さま。

 たまにふくれたり踊ったり、一人で突っ走ったりする人だけれど、ずっと優しくて、なにも知らない俺に率先して色んなことを教えてくれた。

 今までのこと、どれだけ感謝してもしきれないくらいだ。


 そんな俺は、少しでも彼女になにかを返せただろうか……。


「……はなくん」


 離れぎわ、振り返った俺は由愛さんと向き合う形になる。

 はじめは小、中学生にも間違えてしまったけれど、今ではそんなことはない。その小さな容姿に秘めた本当の彼女は、すごく大きい。それこそ天使のように、なんでも包み込んでくれるような、安心できるなにかが由愛さんにはある。


「今回……ううん、今年は、本当にありがとうね。はなくんが手伝いに来てくれたおかげで、無事に一年の作業を終えられたよ」

「いえいえ、俺だって、由愛さんや『乙葉おれんじふぁーむ』に色んなことを教えてもらいました。おかげで、胸につっかえてた一番大きいものも取れた気がします」

「ほっかぁ……。お互い感謝で、おあいこかな?」

「ええ、そういうことです」


 微笑み合う。ほんの少し寂しさの滲んだ色だけど、しっかり前を向いて。


「ほんじゃ、ここでお別れやね。はなくん、就活も頑張ってね」

「ありがとうございます。由愛さんも無理せずに、もうちょっと他の人を頼ってくださいよ?」

「わ、わかってるよっ、もうっ」


 からかってみると、慌てたように頬をふくらませて、そして手を前に出してくる。最初はチョップでもされるんじゃないかと思ったけれど、違った。


「んじゃ、今回の『乙葉おれんじふぁーむ』でのお手伝いは、ほんとのほんとに、これで終了です。はなくん、改めてありがとう」


 由愛さんから差し出された手。小さなてのひら。


「こちらこそ、お世話になりました!」


 俺は頷いてその手をとった。

 握手。

 互いの健闘をたたえ合う儀式だ。


「ほ、ほなね……」


 しばらくして手を放した由愛さんは、消え入りそうな声で微笑む。

 そして、俺とは反対の方へと歩き出した。


「由愛さん……本当に、ありがとう」


 俺も背を向ける。


 ……さて、と。

 これから就活頑張るとしますか。大学もちゃんと卒業しないとな。

 これからは、自分で色んなことを決めて、自分で進んでいくんだ。

 そう思うだけで不思議とワクワクしてくる。今までは不安や恐怖しかなかったのに、この一年で俺も変わったんだなぁ……。


「はなくんっ!」


 ……ん?


 ふと、後ろから名前を呼ばれた。

 とはいっても、俺を「はなくん」と呼ぶのは、この世にたった一人しかいない。

 振り返ると案の定。離れた場所、ちょうど車のすぐ横で、由愛さんがこちらに向かって叫んでいた。


「ゆ、由愛さん……?」

「はなくん! また遊びに来てね! 『乙葉おれんじふぁーむ』は、はなくんの家でもあるんやから! はなくんも、乙葉の一員やからね! また……また……! いつでも帰ってきてね!」


 通りすがる人の目も気にせず、小さな体をめいっぱいに広げて、由愛さんはこちらに向かって大きく手を振っていた。


 ゆ、由愛さん……。

 思わず涙腺が緩みそうになる。けど、すんでのところで堪えた。

 泣くなよ、塙山草太。この場所で涙なんていらねーよ?


 すっかりつまってしまった役立たずの声の代わりに、俺も由愛さんに負けないくらい大きく手を振って応える。


「由愛さん! また、会いましょう!」


 そんな思いを込めて。


 ……だって、俺はまた、あの人たちと会える。


 あの緑いっぱいの場所に帰ることができるんだから。



 * * *



 そのまま、流れるように季節は巡る……。

 遠くの山々も紅い葉を落とし、雪に洗われ、再び木々が新しい命を芽吹かせ始める頃。



「……そして、俺は帰ってきました!」

「あ、あはは~……、お、おかえり、はなくん」


 俺は、『乙葉おれんじふぁーむ』の入口に立っていた。


 ……え?

 なんでかって?

 ば、バーローおめぇ! そりゃあ今年も乙葉農園のお手伝いをするために決まってるだろうよっ!


 ……つまり、大学を無事卒業した俺は、本当に"無事"だったのだ。


 何事も無く…………就職口も見つからず、である。


 あれから、俺なりにポジティブ思考でやってはきたものの、世間すべてがポジティブに動いてくれるとは限らないようで。

 各地の企業様方からことごとく"お祈り"されてしまったのだった。

 ふ……、今回の冬は、いつもよりしばれる冬だったべなぁ……。


 そして、めでたく就職浪人と化した俺は、生活費を稼ぐためにここ、『乙葉おれんじふぁーむ』でアルバイトをさせてもらうことになったのだ。


「先輩も裸ん坊……じゃなかった、波瀾頑丈っすね」

「それをいうなら波瀾万丈な?」


 そしてどうやったら裸ん坊が出てくるんだよ……。


「てか、なんでお前もいるんだよ……保科」

「アタシも、今年からここでお世話になることになったっす~。ここで経験を積んで、将来は立派な黒服メンバーに……」

「おいおい……」


 あの集団にそこまで惚れ込んでたのか!?

 保科よ……。俺は、お前の将来がわりと本気で心配になってきたぞ?


「ま、大勢いればそれだけ農園をより良くできるってもんだしさ」


 隣でまとめに入る姉ちゃん。俺にとってはあなたが今ここにいるのも、なんでやねんって感じなんだけどな……。

 なんでも、最近きいた姉ちゃんの将来の夢は"脱サラ農業"らしく、たまたま今日休みだったので、研修を兼ねて見学に来たらしい。


「あ、あはは……。私は、いつでも大歓迎やでぇ」


 ともかく、だ。

 相変わらず先に作業を始めてしまった農主さんの代わりに、由愛さんの朝の挨拶から入る。


「ごほん……、ほんじゃ、改めて……」


 視界に広がるのは去年と同じ。新緑の絨毯に真っ青な空。

 でも、やっぱり去年とは違う。


 蒼い空を覆う雲も空気も、その中で円を描くトンビや賑わうカラスたちも。

 山や畑を彩る新緑も。

 なにもかもが似ていて、まったく新しい命たちが農園中に広がっているんだ。


「じゃあ、今年も『乙葉おれんじふぁーむ』の作業を開始します! はなちゃん、綾ちゃん、そして、はなくん! 今日からまたよろしくね!」

「はいっ!」

「よっしゃっ!」

「はいっす~!」


 みんなの声と笑顔が、農園中に広がっていく。



 そしてまた、俺たちの新しい四季折々がはじまった――。






                                 (了)





 ここまでお読みくださりありがとうございます。今作『おれんじふぁーむ』はこれにて完結です!


 今連載は、作者がお手伝いしている柿農家さんをモデルに書かせていただいた作品で、ついでに主人公も私成分を若干配合しております(ex.分かりやすいところですと……『塙山草太→「はな」やまそ「うた」……orz』) あと、トリコさんは半実在しております!←

 こういう点もあって、私自身すごく楽しく書けまして、いざ完結となると達成感よりも寂しい気持ちが先に立ってます。


 ……と、いうことで(?)

 今作『おれんじふぁーむ』はいずれ短編や短編集、または割烹での寸劇として復活する可能性が大であります! まだ詳しいことは全く決まっていませんが、もしお目にかかるようなことがあれば、よろしければ覗いていただけると幸いです。


 長々と失礼しました。では、いったんここで完結マークをつけさせていただきます。

 改めまして、最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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