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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
冬の収穫篇(甘):柿畑の守り人
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8話:柿畑に射すひかり。



「あれって……」

「野々古の双子ちゃんや……。なんで、こんなところに」


 突然の出来事に驚いていると、向こうもこちらに気づいたようで。二人揃って大きく手を振ってきた。


「「乙葉さん~、そーたさん~、こんにちは~」」


 そのまま俺たちのいる上段まで登ってきた。それぞれの手には、彼女たちがすっぽり入りそうなほどの大きな袋。実際そこに入っているのは、炭そ病の柿だ。


「紅ちゃん、碧ちゃん……それって……」

「「乙葉さん~、勝手に畑に入ってしまってすみません~。でも、どうしてもお手伝いしたくて~」」


 この子たちはなんと、炭そ病柿の処理をしていたのだ。それも、俺たちがここに来るずっと前から。


「「乙葉さん~、『山はわたしたちのホーム』……なんて言いつつ、畑の異変に気づくことができなくて~、ごめんなさい~」」

「そ、そんなん……っ、いいねんで? それどころか、そんなにたくさん拾ってくれて……。ありがとうね、二人とも」


 土や葉っぱのついた顔をゴシゴシと擦りながら、同時に双子のアホ毛が揺れる。


「「下の方~、収穫はできませんでしたが、炭そはほぼ処理しました~。あとは~、コンクリートエリアだけです~」」

「え……っ」

「そ、そんなにやってくれたんっ?」


 驚いた……。下段の、いわゆる畑道エリアだけでも、この畑の四分の一は終わっていることになる。

 双子ちゃん……すごい。俺たち二人ではとてもそこまではできなかっただろう。

 まだまだ全然、君たちのホームグラウンドじゃないか。


「あ、いたいたっ。お~い、草太ぁぁ~っ、由愛~っ」

「せんぱ~い~!」

「あ、あれ?」


 双子ちゃんたちの活躍に気を取られていると、今度は背後、遠くの方から声が。

 二人……それも、聞き慣れた声だ。

 そして振り返ると、やっぱりというか、「なんで?」というか、姉ちゃんと保科が歩いてくるところだった。


「は、はなちゃんっ? それに、綾ちゃんも……?」

「二人とも、どうしてここに……」

「ああ、美夜子さんに場所を教えてもらったんだよ」

「い、いやいや、そうじゃなくて……っ。なんでここに来たのかっていう……」

「そっちか。それは簡単だ。有給の使い途がわかって、使うタイミングもできたからだよ。つまりは、手伝いに来た」


 ちょっと遅くなってごみんね? と、あっけらかんと姉ちゃんが笑う。

 そして「アタシは自主休学っす~」と保科も歯を見せて笑った。うん……姉ちゃんはともかく、保科、お前のそれはダメだろ。


 俺の脳は軽くパニック状態。おそらく由愛さんもそうだろう。だって、彼女が混乱時によくする"お目目グルグルのバンザイダンス"、それが今まさに繰り広げられているから。


「あたしたちにもできることがあればと思ってね。……と、その前に」


 一度持参の手袋をはめようとしていた手を止めて、姉ちゃんは由愛さんに近づく。


「……、え? はなちゃん? どないしたん?」


 そのまま、戸惑う由愛さんの正面に立つや否や……。


 ――ゴチン。


「ぎゃんっ!?」


 ゆ、由愛さぁぁぁ――――んッ!?

 なんと、姉ちゃんは由愛さんのおデコにゲンコツを喰らわせたのだった!

 ぶたれた箇所を押さえ、由愛さんは撃沈。その場にしゃがんでしまった。

 ご、ゴチンって……。けっこう威力あったぞ、あれ……。


「ひぃっ、ひぃっ……! は、はなちゃん……いきなりなにを~……」

「由愛? あんた、今回も一人で突っ走ったでしょ?」

「あ……」

「高校でも何度か言ってたよ、あたしは。それなのに……、今回はうちの弟までほったらかしてさ。これはその怒りの一撃だ」

「うぅ……ご、ごめんなさぃ……」


 突如始まった姉ちゃんの説教タイム。由愛さんは後ろめたさ全開でただただ縮こまっていた。……う~ん、でも、こればっかりは俺にはどうしようも――


 ――ごりゅ。


「ぐぇっ!?」


 そんな二人の様子を見ていると、今度は俺のノドボトケが何者かによって襲われた!

 といっても、その犯人は保科なんだけど。てかなぜにノドボトケ……!

 おかげでダメージによって声が出ない……! 俺も由愛さん同様、その場にしゃがみ込んだ。


「ぼ……ぼじな……? いぎなりなにを……」

「先輩! 水くさいっす!」

「っ!?」

「アタシにも相談してくれれば、すぐにお手伝いに来たというのに……。おこがましいですが、アタシも先輩たちの仲間っす! 友達っす! こういうピンチの時は、友達にはドドンと相談するもんっす!」

「ほ……ほ、しな……」


 珍しく声を荒げる保科。こいつがこんなに怒りを露わにするとは……。その一生懸命な主張が、俺のノドボトケの痛みに共鳴しているようだった。


 てか、俺が由愛さんに言ったこと、そのまんま返されちまったな。

 苦笑しながら隣を見やると、いまだおデコに手をやってしゃがむ由愛さんと目が合ってしまった。


「ふふ……っ」

「あはは……」


 そして思わず吹き出してしまった。


 結局のところ、俺と由愛さんはそれぞれに突っ走っていたようだ。

 俺たち、二人とも水くさいみたいっすね。


「よしっ、嫌なお説教はここまで。あたしたちもできる限りのことはするよ」

「ちゃちゃっと終わらせてしまうっすよ」

「「わたしたちも~、一緒に頑張りますよ~」」


 そして、姉ちゃんたちはなぜか円陣を組みだす。俺と由愛さんも無理矢理円の中に入れ込まれる格好だ。なんで、姉ちゃんが仕切ってるんだろう……。


「よし……いいか、みんな」


 でもまぁ、なんかこう…………悪くないよな。

 みんなで力を合わせて立ち向かうのって。


 俺と由愛さん、二人だけでもがいていたのがバカらしいくらい、今は気分爽快だ。


 そんな気持ちを表すかのように、山間から太陽が顔をのぞかせる。淡い光は、炭そ病に侵されて疲れ果てた柿たちを優しく包み込んだ。

 ……そうだ。

 俺たちみんなの手で、この畑のピンチを救うんだ。


「じゃ、さっさっと収穫作業を終わらせるよ~……。『乙葉おれんじふぁーむ』……ファイトォォ――ッ!!」

「「おぉぉ――ッ!!」」


 炭そ病という悪魔を消し飛ばす勢いで、俺たちのかけ声が畑全体に響き渡った。


 * * *



 そしてその後、驚異的なペースで作業は進んだ。

 双子ちゃんと保科のちびっ子トリオが炭そ柿の処理……その後から俺と姉ちゃんで残った良好な柿を収穫していく。そして選別は由愛さんだ。

 毎日軽トラにいっぱい分を収穫し、早乙女農園に預かってもらう。

 ……のだが、ある日事情を()きつけた黒部氏が、その次の日から崖畑の入口まで二トン車を寄越してくれた。

 なんてナイスガイなんだ黒部氏……。俺、あなたのこと誤解していたようです。すみませんでした。

 どうやら『不死鳥の羽根』は、あなたの心の中にあったようです。



 そして約二週間後……。


「これが、最後の柿ですね……」

「うん……。はなくん、穫ったげて」

「は、はい……っ」


 そして、ハサミでチョキン――。


 こうして、甘柿の収穫期限のちょうど前日。

 『乙葉おれんじふぁーむ』甘柿の収穫作業は無事、終わりを迎えるのだった。


「お……オワタ……」


 脱力のままに、コンクリート上にへたり込む。

 ほぼ元の状態に戻った柿畑を眺めて、つい声が漏れてしまった。

 見渡す限りの樹々は骨々しいその幹枝を晒し、ところどころ紅葉した葉っぱが残るのみだ。


「おわった……! やったぁぁ――っ!」

「「「おわったっす~!」」」


 姉ちゃんと保科、そして双子ちゃんが手を取り合いながらぴょんぴょんとはしゃいでいる。……あれ、どうしても姉ちゃんと"三つ子"のように見えてしまうぞ?


 でも、今回姉ちゃんたちが来てくれて本当に助かった。

 それに、美夜子さんや黒部氏……色んな人たちの支えがあってこの崖畑は守られたんだ。


 いつぞや思っていたこと、あれは間違いだった。

 "自分たちのことは自分たちで"みたいな……それが農家の暗黙ルールだって。

 そんなことは、けしてなかった。

 ピンチの時はこうして助け合って、嬉しい時はみんな一緒に喜び合う。今回の件で痛いくらいに実感した。


「はなくん、お疲れさま」

「由愛さん」


 由愛さんがいつものように労いの言葉をかけてくれる。その手には缶コーヒー。

 そういえば……これでコーヒーを頂くのも最後なんだっけ……。思ってしまうとちょっと寂しい気もする。


「終わりましたね」

「うん、終わったねぇ」

「この畑も……復活したでしょうか」

「それは、これから次第やねぇ。でも、その大きな第一歩は踏み出せたよ」


 はなくんたちのおかげでね。

 そう笑う由愛さんの頬。そこにこっそり伝ったであろう跡には、目をつぶろう。

 やり切った。その達成感に今は身を委ねていたい。

 ……よしっ!

 勢いいさんで立ち上がる。


「収穫、終わったぞぉぉぉぉ――――!!」

「わっ?」


 そして、遠くの空に向かって腹一杯に吠えた。

 うん、気分爽快だ! ちょっと遅れてやまびこが祝福の言葉を返してくれる。


「うん……っ」


 と、由愛さんも腰を上げ、両手を頬に当て「終わったよぉぉ~~っ!」と叫んだ。

 乙葉家直々の終了宣言だ。感動で胸がいっぱいになる。

 ……うおお、なんかテンション上がってきた!


 よし、このままあの最終目標も達成しちまおうっ!


「由愛さん!」

「え? ……ひゃっ!?」


 いざ、由愛さんを高い高いせんと伸ばした手。

 由愛さんは小さな悲鳴をあげながらも、笑いながらはしゃぐ。


「わわ……っ! もぉ~! いきなりなによぉ~、はなちゃん~っ」

「ほれ、由愛! 高い高いだ!」


 子ども扱いせんといて~! とジタバタする由愛さんを抱っこしたその手は、俺……

 ……ではなく、姉ちゃんの手だった。

 あ、あれ?

 おっかしーなぁ……。

 こういう部分で姉弟らしさ出さなくていいのになぁ?


「先輩、ドンマイっす」

「そして俺が高い高いしてたのはお前だったんだね……」


 なぜか抱き上げていた保科の体を高い高いしておく。いつのまに俺の懐に潜り込んできやがったんだコイツ……。


「ほれほれぇっ! やったぞ~ッ! おわったぞぉ~っ!」

「わ~っ! 終わったよぉぉ~! あはははっ」


 ……ま、由愛さんも嬉しそうだし、いっか。

 最終目標は、ずっと最終目標のままでしまっておくのもまた一興だ。


 変なテンションではしゃぐみんなの声を聞きながら、もう一度崖畑を仰ぐ。


 眼下にある山間の畑。

 柿は全部穫り終えたけれど、その景色はいつかとおんなじ、どこまでも優しい"おれんじ"色に映えていたのだった――。





次回、エピローグです!

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