7話:光る物体。
「これに入れてくれる?」
「わかりました」
ボロ倉庫の隅っこから由愛さんが取り出したのは、厚手のポリ袋。よく肥料や土を入れて販売しているタイプの袋だ。
俺たちが収穫と並行して行うこと……それは、『炭そ病』にかかった柿の実の処理。
菌を絶つには、消毒の他に畑からの徹底的な除去が必須なのだ。
まず、『崖畑』の構造としては、入口から長い坂が続き、その左右に柿が植わる。そのまま坂は中腹に佇むボロ倉庫に向かう。
倉庫の周辺にも柿エリアが広がり、さらにそこからコンクリート道が下へ下へと伸び、やがて畑道に変わる。そして最下段、山林のすぐ真横まで柿が植わっているのだ。
ちなみに、今俺がいる最上段から最下段は見えない。つくづく広大で険しい土地である。
昔の人はどうしてこんな山奥に柿畑なんてつくったのか、できるなら小一時間といわず問いつめたい所存だ。……が、今はそれどころじゃない。
作業を始める。さっそく足に草がまとわりついてきた。樹の周囲に伸びる棘つきの草。毎年のこまめな除草作業にも関わらず、どんどんと成長するこれまた生命力の強い草らしい。
脚立を寝かし、ブルドーザーのように草を押し倒して進む。おかげで移動だけでもけっこうな重労働だ。
「炭そ病か……」
黒い斑点に侵された実をポリ袋に入れながら、改めてその恐ろしさを噛みしめる。
ほんの数分で、ポテの数倍の大きさの袋が満タンになってしまった。
同時に腰につけているポテには、生き延びた柿が数個入っているだけ……。
正直、この作業は体力以上に精神的にキツい。
「今年のことはしっかり反省して、来年に向けて徹底的に対策せななぁ……」
柿がまともに獲れないもんだから、普段なら選別にまわる由愛さんも手が空き、炭そ柿拾いに出向いてきている。
「これは……思った以上に厳しい作業ですね…………と、わわわっ!?」
「は、はなくん!?」
ズザザッと音がしたと思えば、尻もちをついてしまっていた。どうやら、熟して落ちてしまった柿を踏んで、それで滑ってしまったみたいだ。
起き上がると、すぐさま由愛さんが駆け寄ってきて、服の汚れを払ってくれる。
「いてて……、すみません由愛さん」
「ううん、でも気ぃつけてな? はなくんまで怪我したら……」
その先の言葉が紡がれることはなかった。けど、俺の背中に触れる由愛さんの手、そのかすかな震えから思いが伝わってくるようだった。
「よし……じゃ、作業続けましょう!」
「う、うん……」
少し沈んだ空気を蹴散らすように作業を再開。
それにしても……始まったばっかりではあるけど、終わりがまるで見えない。炭そ病処理を始めてから、作業効率もずいぶん落ちた。ほんとにこれ、出荷の期限日までに終わるのか?
不安とともに畑を見下ろすと、熟しの赤がこれでもかとあり、気が遠くなるような景色だった。しまった……逆に不安が増してしまったぜ……。
「……あれ?」
惨劇の光景から目を逸らそうとした時だった。
ボロ倉庫から下り、コンクリートが畑道に変わる境目あたりに、なにか光るものが見えたのだ。
「ゆ、由愛さん由愛さん……あれ、なんでしょうかね?」
「んん~? あれ、は……」
由愛さんも目を凝らし、その光るものを見つめる。と、途端にその目が見開かれた。
「あっ、あれって……原付バイクや!」
「え……っ、原付っすか?」
――ガサガサッ。
刹那、俺の声と被るようにして光るもの……原付バイク(?)の横の茂みから姿を現したのは――。
「「ふぃぃ~、そろそろお昼かな~」」
――二つのオカッパ頭だった。
今回は短めで失礼しましたorz