2話:謎のおっさんと同席する。 ◎挿絵あり◎
乙葉邸。
女性の案内で和の装いの廊下を進む。
その途中、「ちょっと野暮用で……」と謎の言葉を残し、姉ちゃんは別ルートへ消えていった。
よそ様の家で野暮用とな。ふむ、乙女の事情だ。深くは訊くまい。
そこからもう少し進んだところで、乙葉のお母さん(家の主人の母親らしい)が「先にこの部屋に入ってちょっと待っとってね~」と言いつつ別ルートへうんぬん。
ところで、案内を受けるあいだにふと違和感を覚えたのだが、それは女性の歩き方だとすぐにわかった。
仕事中に腰を痛めたとのこと。農家は大変なんだといきなり思い知らされたような気がした。
そして今、十畳ほどあろうかという広い客間に俺はいる。
大人しく正座しているのだけど、この部屋にいるのは俺一人ではない。
どでかい木の座卓を挟んですぐ目の前に、一人の男性がおられるのだ。
「……」
「……」
部屋に入った時に軽く会釈を交わしたばかりで、それ以降一切会話がない。張り詰めた空気がひやりと痛い。
ちらりと観察してみる。
正面に無言で座るは、見た目三十代半ばくらいの男性だ。
こっちから見える範囲でもわかる、細身ながらガッチリとした体つき。逆立つベリーショートの髪に日焼けした顔。腕を組みつつ、鋭い切れ長の目でこちらを見据えておられる。
思わず尊敬語になってしまうほど、その男性からは威圧感というか、殺気めいたものが感じられた。
それが余計にこの部屋の居心地の悪さを増幅させている。
……まぁ、乙葉のお母さんにはここで待っててって言われてるし、どうしようもないんだけど。
うん、もう少しの辛抱だ。
お母さん……
早く戻ってきてぇぇ!!
それに、姉ちゃんも遅い。
野暮用ってもしかして、大っきい方なのか?
なにかと騒がしい俺の脳内とは裏腹に、どんよりと沈黙漂う室内。
そんななか、唸るような低い声が部屋に響いた。
「……」
なにを言ったのか全く聞き取れなかった。
だが、前に座る男性はたしかにその薄い口元を動かしていた。
そして再び無言でこちらに視線を向けてくる。ついでに鋭い殺気も。
えっと、これは……アレだ。
下手な応対をしたらまちがいなく、ヤラれる。
……というか、今日はやけにこのパターン多いな。
ヘタしたらヤラれる的な。
「お、俺……でしょうか?」
とりあえず、確認のため、自分の身の安全のために尋ねてみた。
「軽トラは乗れるんか」
「えっ?」
やはり俺に質問をしていたらしい。その内容は唐突なもので若干面食らうも、必死に脳を動かして理解する。
「は、はい……。一応MT車の免許は持ってます、はい」
教習所時代から早三年。以来まったく乗ってないけれど、一応法律上は乗れることになっている(技術上とは言っていない)。
「脚立は使えるか」
「きゃ……? あ、はい。まぁ……」
脚立って……あの天井の電球を替える時などに使うハシゴのようなやつだ。
それからしばらく、男性との質疑応答は続いた。
「体力に自信は」
「ひ、人並みにはあるかと……」
「手先の器用さは」
「不器用ってことはないと、思いますです……はい」
「腕力は」
「たぶん……平均だと」
「利き腕は」
「右っす」
「座右の銘は」
「『濡れ手で粟』ですっ」
『漁夫の利』も捨てがたいけど、こちらの方がのどかな感じで大変よろしい。
「生ムギ生ゴメ」
「……生タマゴ?」
え……早口言葉……?
「半身浴するとき、右半身か左半身どっちを浸ける」
「下半身です」
なんで縦割りなんだよ……。
「同情するなら」
「金をくれ」
いっとくけど俺、家ある子だよ?
「お味噌なら」
「ハナ○ルキ」
宣伝か!
「オシッコなら」
「はやあるき」
ギリギリか!
……ん?
ふと我に返る。
俺は……。
俺は今、なにを言ってるんだ?
ついリズムに乗って応えてしまっていたけど、なんでこの場で「座右の銘」がどうとか、そんな質問が投げられたのか。
てか後半、なんだあれ。
疑念とともに、おそるおそる正面を見上げる。すると男性は俺を見下ろすようにしてニヤリと笑んでいた。その無精ヒゲを生やした頬を片方つり上げて。
「……ふふん」
「かかったな」とでも言わんばかりの嘲笑である。
そこではじめて俺は悟った。
――このおっさん……謀りやがった……!
つまり考えられるのは、ちょいと暇つぶしに俺の反応でもみて遊んでやろうと、そういうところか。
こ、このやろう……! ちょっと強面だからってナメた真似を!
「失礼しまぁす」
さっきまでの緊張感も忘れ羞恥と怒りにワナワナ震えていたところで、部屋の外からノンビリと澄んだ声が流れ込んできた。
女の子の声。けれど、お母さんのそれよりも幼い声音だ。
同時に開いた襖の向こう側には、女の子が正座していた。
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