5話:大農家の懐。
「はなくん、今日はこのへんにしとこか」
「あ……もうそんな時間ですか」
気づけばもう午後四時過ぎ。太陽も西の空で緩やかにたゆたっていた。
三人で収穫となると、一日で結構な量を穫ることができる。
初日であるこの日も、軽トラの荷台にはコンテナが二段積みになっていた。
運転中に落下しないようロープで固定しながら、次の予定を考える。
「さて、これを出荷するんですね……」
「うん。道は私が案内するから。あと、ゆっくり運転してくれたらいいからね? 急ぐことはないから」
「は、はい」
由愛さんにはお見通しだったのか、俺はたしかに軽く戦いていた。
なんせ、荷台には柿という"商品"が載せられているのだ。荷台が空の時とは緊張感がまるで違う。
縮む心を叩き起こすように一度深呼吸をして、パンパンっと頬を張った。
「……よしっ、さあ! いざ逝きましょうッ!」
「うんっ……あ、あれ、ちょっと言葉のニュアンスがおかしかった気もするけど……」
* * *
「誰かと思えば……バイト君ジャマイカ!」
「うおっ!?」「ひゃっ!?」
出荷途中、ちょうど『乙葉おれんじふぁーむ』を過ぎたあたり。
くだらんダジャレとともに、フロントガラスの上部からのぞき込んできたのは、予想通り黒部氏だった。
相変わらず怖いおっさんだなオイっ!? てかなんで軽トラの天井に乗ってんだよ! 気配も振動もなかったよ!
黒部氏を乗せたままなのも嫌なので、とりあえず停車。ドデン、と肉々しい音を鳴らして黒部氏もアスファルトに飛び下りた。
この人……忙しい時期なはずなのに、またサボってんのか?
「……ところで、乙葉のボスはどうしたんだい? 今日は君が柿を積んでいるようが……」
「ああ、それは……」
「(あ……は、はなくん)」
突然、隣にいた由愛さんが耳打ちしてくる。
「(あのさ……叔父さんの怪我のことは、伏せといてほしいねん)」
「(え、伏せるんですか……?)」
「(うん。叔父さん、他の人に怪我して入院してるってこと知られるの嫌みたいでね……)」
「(そうなんですかぁ)」
うむ。なにかと事情がおありのようだ。ここは由愛さんの指示に従おう。
「どうしたんだい? なにか深い事情でもあるのかな?」
黒部氏が訝しげに首をかしげる。
盗聴が趣味(……だと俺は思い込んでいる)の黒部氏にも農主さんの情報が伝わっていないことをみると、徹底的に隠したいらしい。
よし……。ここはひとつ、俺の伝家の宝刀……THE・イイワケを使う時のようだな!
「実は……農主さんは長い旅に出まして……」
「えっ!?」
俺の言葉に、まず驚きの声をあげたのは由愛さんだった。あまりの芸術的言い訳にさっそく心を打たれたのかな?
「ふむ。旅とな?」
「はい。なので、今シーズンはここに帰ってくることはないでしょう……。なにせ、伝説の秘宝を探しにいったのですから!」
「ひ、秘宝だと……!」
「は、はなくん……」
ふふッ……決まった!
俺の決めゼリフに黒部氏は目を見開き、由愛さんは静かに目を伏せた。
由愛さんも、こんな隠し事をしないといけないことに罪悪感があるのだろう……。ならせめて、嘘くらい夢いっぱいでいこうじゃありませんか!
「たしか、不死鳥の羽根だったかなぁ~。見つかるまでは帰らないと言ってました……」
「うぉぉ……! 色々とくすぐられるな! ……よし、わかった。乙葉家の事情はよ~くわかった!」
そして黒部氏はあっけなく墜ちた。ふふ、チョロイもんだぜ……。
「はなくん……君……ホンマもんやでぇ……」
どうやら由愛さんも、俺の誘導術を認めてくれたようだ。えっへん。
「ただ……バイト君の運転を見る限り、このまま出荷場まで運転させるのは少々認めがたいな」
「えっ!? ど、どうしてですか?」
が、黒部氏から思わぬ反対意見が出てきた!
というよりなぜに黒部氏の許可がいるんだろう!?
「君の運転は、生まれたての鹿のように、そして目の見えないイノシシのように危なっかしいからだ」
「っ!」
な、なんて的確な指摘なんだ……! いつも変態的行動をする黒部氏に言われたこともあってダメージは予想以上に深い……っ、ぐふぅ……っ。
「そこで、だ! 今年、君たちが収穫した柿は、『S・K・E』の倉庫に持ってくるといい!」
「「……え?」」
「僕たちが、君たちの収穫分も一緒に運んであげるとしよう! なぁに、心配はいらないよ! うちには二トン車も余りあるしね!」
「ななな……」
「い、いいんですか……!?」
思わぬ提案だった。
つまり、俺たち乙葉農園の柿を、黒部氏の所属する『S・K・E』がまとめて出荷してくれるということだ。
それは正直、非常に助かる……!
「コンテナにもそれぞれ農園のロゴが入っているし、混合の心配もない。だから安心して任せてくれたまえ!」
「で、では……今年だけ、お願いしてもいいでしょうか?」
おずおずと尋ねる由愛さんに対して、グッとサムズアップの黒部氏。グラサンを外してウィンクするその御顔は、まさに神……いや、豚神さまだった。
黒部氏……目が『3』なんだな。
「ありがとうございます! 豚が……じゃなかった、黒部さん!」
「ありがとうございます!」
「うははは! かまわんさ! ……で、かわりと言っちゃなんなのだがね?」
喜びに跳ね上がる俺に、黒部氏は声を潜めて近づいてきた。
交換条件がありそうだが、今は多少の無理でも引き受けたい所存だ!
「……その、不死鳥の羽根とやら……僕にも少し譲ってくれるよう取り計らってくれまいか?」
「……、……え?」
「ちょっとでいいんだけど……」
親指と人差し指を近づけて「ちょっと」を表現する黒部氏。
う……うん。
これは仕方ないな……。
「……さあ由愛さん! 善は急げです! 早乙女さんちの倉庫へ急ぎましょう!」
「えっ? う、うん……!」
「え……あ、おいバイト君っ!?」
俺は黒部氏の追随を避けつつ、勇み足で『S・K・E』の倉庫へ軽トラを走らせた。
ああ、秋の空は遠くて、赤いなぁ……。
まるで不死鳥の羽根のようです。
* * *
かくして、乙葉家裏と『乙葉おれんじふぁーむ』の両畑は、半月ほどで収穫を終えることができた。
俺と由愛さんの二人だけだったら、この二ヶ所だけで期限を過ぎてしまっていただろう……。ほんと、美夜子さんと黒部氏、本家農家のお二人の力は偉大だと実感した。
最後に残るは『崖畑』。腰の容態が優れない美夜子さんはここでリタイアになる。が、あとは俺と由愛さんでなんとかできるはずだ。
それに、場所が場所だけに一周目から全穫りをするらしい。
――そして迎えた『崖畑』収穫初日。
「じゃ、あとは任せるわね」
「はい、穫りきってきます!」
「美夜子さんも、しっかり休んでてね?」
手を振る美夜子さんに見送られ、俺と由愛さんはラストステージに駒を進めた。
荷台でカチャカチャと音を鳴らす脚立や選別台が、まるで俺たちを鼓舞してくれているようにも思えた。
……ただ。
やっぱり現実とは、そんな簡単にはいかないわけで……。




