4話:収穫しようっ!~甘柿編~
甘柿の植わる畑は三ヶ所。
ひとつは、由愛さんが個人管理している乙葉家裏。ここは範囲が狭いだけに、一人で作業したとしても数日で穫りきれる量だ。
次に、『乙葉おれんじふぁーむ』の最下段。ここは、ほとんどが渋柿で埋まっている畑だが、五段に分けられている柿スペースの一番下段だけは甘柿エリアだそうだ。
面積にしては、およそ三反。去年は農主さんと由愛さん、それに美夜子さんの三人で十日ほどかかったという。今回、由愛さんと俺の二人では二週間以上はみておかないといけないだろう。
最後に、ここが一番の難所だろうな……。
『乙葉おれんじふぁーむ』から山を一つ超えたところに位置する木畑……通称『崖畑』だ。
この畑に植わっている樹はすべて甘柿、しかもその面積は約一町。
広さもさることながら、急斜面と自然に群れなす棘のある植物たち……色んな悪条件が揃う。その環境は控えめにいっても、RPGなどでいうところの"ラストステージ"もしくは悪意満載の"裏ステージ"といった感じだ。
今は十一月の初め。甘柿の出荷期限は、例年十二月上旬らしい。
つまりは、どれだけ足掻いてもあと一ヶ月の勝負ってことだ。
「はなくん、無理はせんといてね」
「は、はい。慎重にいきます……!」
まずは、乙葉の車庫から裏の畑まで軽トラをバックさせることから始まった。この荷台に柿入りコンテナを積んで出荷に向かうのだ。
今となっては、これは農主さんのおかげだ。ペーパーな俺に乱暴ながらも軽トラを預けてくれたから。
渋柿収穫時の経験のおかげで、たどたどしくもなんとか運転できるようになったのだ。
……ものの、さすがに二トントラックは俺には荷が重すぎるから無理だけどね。
選別台に荷台部分を向けるように軽トラを停めて、あとはひたすら柿をポテに吸い込んでいく。
「ああ、そういえば。まだ色づいてない実も多いんですね……」
「そうやねん。全穫りできるのは、一週間後くらいかなぁ」
ということは、つまり。同じ畑を最低二度は回ることになる。一回目は色づきを見ながら、二回目は残った実の収穫。少々歯痒い気もするけど、柿の色づきは自然の流れなので致し方ないな……。
ともかく俺は収穫するのみだ。
「あれ?」
意気揚々とハサミを入れていると、ふとした違いに気づく。
この甘柿、軸にハサミを入れやすい。よく見ると、ヘタの中心部のくぼみが浅い。渋だとこのくぼみが深くて軸の根元までハサミを入れづらいのだが、甘だとすんなりと届くのだ。
それに果実自体も、四角く平べったい渋柿とは違って、ずんぐりと丸みを帯びている。
「お、はなくんもその違いに気がついたんやね。それに一つの実が大きいし重いから、渋よりも早く溜まるねんで」
「たしかに、実を持つと手がいっぱいいっぱいになりますねぇ」
そしてポテも満タンになるのが早い。すぐにポテを入れ替えるのでテンポが良く、穫っていてちょっと心地かったり。
「あ、それに選別もちょっと違うんですねぇ」
「うん。選別はちょっとややこしくなるねん……」
選別台の上には、コンテナが三箱。一つは渋と同じ『良品』……傷や形の悪いものだ。
でも残り二つには、『冷』『赤』とそれぞれ紙が挟まれている。
「『冷蔵』と『赤』……。両方とも渋柿でいう『正品』なんやけどね。保存の仕方が違うねん。大きくて赤みも十分なのが『赤』……。これは出荷してすぐに売り場に出るぶん。そんで『冷蔵』は、来年とか遅い時期に売るように、しばらく冷蔵保存しておくぶんやねん」
「な、なるほどぉ……」
と唸るも、俺の素人目にはなかなかハードルが高かった。
とくに『冷蔵』と『赤』の区別なんて、近くで見ていても全然わからない。
でも、由愛さんの顔を見ていて、難しいことは伝わってくる。これ以上由愛さんの負担を増やさないように、俺もできることをしないとな……。
「……よし、ほんじゃちょっと休憩しよか」
「あ、はい」
ほんのしばらくの休憩。倉庫前、逆さにしたコンテナの上に跨ぐように座る。
合わせたように、由愛さんはコーヒーを差し出してくれる。しかも、今の季節にちょうどいい温度に調整されて。主婦力高いっす由愛さん……!
温かいコーヒーに一息。由愛さんはまだ実の多い樹々を眺めていた。
その横顔から感情はとれない。今は、どんなことを思ってるんだろう。
俺も必要以上に言葉は発さず、ほどよい疲れを持て余す。
「おぉ~い~」
「ん?」
と、乙葉家の方から歩いてくる人影が見えた。美夜子さんだ。
「由愛ちゃん、草太くん、お疲れさま」
「お疲れさまです。ところで、どうしたんすか?」
美夜子さんは、割烹着のような上着にジーンズという服装。そして日よけ帽に手袋も持参しておられる。
「いやね、こんなわたしでも、ちょっとは役に立つと思って」
言いつつ手袋を装着。そしてコルセットが巻かれているであろう腰をひとつ、ぽんと叩いた。
どうやら、美夜子さんも収穫の手伝いに来てくれたようだった。
「で、でも美夜子さん……大丈夫なん?」
「な~にを言ってんの。由愛ちゃんこそ、人が止めるの振り切って、たった一人で作業始めたくせにぃ」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
痛いところを突かれて由愛さんの小さな体がさらに縮こまる。対照的に、「草太くんが来んかったらどうなってたと思ってんの」……とかなんとか毒づきながらも、美夜子さんは終始スッキリした笑顔だった。
「腰がアカンでも近場のここくらいなら来られるし、選別くらいはできるから……。それに、わたしも乙葉家の一人やもん。ちょっとでも力にならせてよ」
その薄いシワのある笑顔のなかに、頑として退かないものがある。それを由愛さんも察したのか、神妙ながらもこくんと頷いた。
「う、うん……ありがとう、美夜子さん。でも、無理はせんといてね?」
「ええ、ぼちぼちやらせてもらうわ」
言うやいなや、選別作業を開始する美夜子さん。
去年まで主に選別を担当していただけあって、その手捌きは目を見張るものがあった。トリコさんにも以前「あんた、なかなか早いねぇ~」と褒めてもらったことがあるとか……それが秘かな誇りだと美夜子さんは笑う。
こうして、美夜子さんが仲間に加わった。