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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
冬の収穫篇(甘):柿畑の守り人
36/43

2話:おくびょうと鬼。

※こちらの都合でいつもより文字数が多めです(汗)



 あの日の雨が通り過ぎてから、季節が一気に入れ替わった。

 夏から冬へ。汗ばむ陽気から身も縮む寒さへ。秋はどこにあったんだ? と言ってやりたくなるような天然イリュージョンだ。


 かくいう俺は……。


「先輩、バイトの調子はどうっす?」

「ああ」

「……おや? ごほん……乙葉さんとは進展あったっすか?」

「ああ」

「むむ……? ん~……、先輩、先輩のテリヤキたまごサンド貰ってもいいっすか?」

「ああ」

「ええっ!? せ、先輩……なにがあったっすか……」


 昼どき、大学のキャンパス内のベンチに座っていても、低くなった空ばかり見上げている。隣で保科がなにか言ってたけど、その内容もいまいち頭に入ってこない。


 あの日のアルバイト契約解除宣言を受けてから、俺の中からなにかがすっぽりと抜けてしまったようだ。なにをするにも身が入らない。ただ寝て起きて、呼吸を繰り返すだけの毎日……。そして思い出したかのように、近くて遠い記憶を掘り返す作業。


「他の農家さんは、もう甘柿の収穫始めてんのかなぁ……」


 スゴスゴとアパートに帰ってもボーッと窓の外を眺めるだけ。平日は大学で、休日はアパートで、無意味に時間を持て余す。ここ最近の俺のルーチンワークだ。


 あれから数日経ったが、由愛さんからの連絡はない。

 そりゃそうだ。農主さんが負傷して、柿の収穫自体がおじゃんになったんだ。お手伝いなんて要らない。むしろ甘柿分の収入がないだけ、それこそバイトなんて雇う余裕もないだろう。


「なんか……夢みたいだったなぁ」


 まるで別世界のような農園の景色に、楽しい農家の人たち。

 謎の黒服集団に、千の手をもつ名物バアさん。

 まるで小学生のようでいて、その実俺なんかよりもずっと大人で、まるで天使のようなおねいさん。

 この約半年間で出会ったものや人たちが、まるで走馬燈のように蘇ってくる。あれ、俺このまま死んじゃうのか? ううん、ブラックジョークもどうにもしまらない。


「ただいま~……って、草太? 部屋真っ暗じゃないか……」


 姉ちゃんのご帰宅だ。もうそんな時間だったのか。

 気づけば日も落ちて、あたりは暗闇に染まっていた。……あ、そういえば晩ご飯の米しかけんのも忘れてた……。なにやってんだろう、俺。


「ごめん、今から晩ご飯作……」

「草太」

「ん?」

「電気つけて、ここに座りな」

「え……でも、米もまだ」

「そんなのどうでもいい。先に姉ちゃんとの話しだ」

「……わ、わかった」


 いつもは軽い姉ちゃんの声が、鋭い険を帯びている。その声に気圧され、俺は言うとおり明かりをつけて座卓の前に正座した。

 な、なんだろう……。今の姉ちゃんからは懐かしい雰囲気が漂っている。……懐かしいといっても、よろしくない懐かしさ。

 姉ちゃんも同様に腰をおろし、俺と対峙する格好になる。


「あんた……この数日、ずっとこんな調子だね?」

「う、うん……」

「これからどうすんの?」

「こ、これからって……?」

「『乙葉おれんじふぁーむ』の手伝い」

「え……?」


『乙葉おれんじふぁーむ』の手伝いって……。姉ちゃんも一緒に行ったじゃないか。農主さんの病院に。

 あの状況と、あの日の由愛さんの言葉。それを姉ちゃんも聞いていたはずなのに……。

 しばらく返事に戸惑っていると、姉ちゃんはひとつ息を吐く。


「草太。あんた、今も自分が"周囲に流されて生きてる"って……そう思ってるか?」

「え……?」


 なんで……姉ちゃんは今、そんなことをきくんだろう。


「どうなんだ?」

「え……、ああ、うん……そう思ってる」


 有無を言わせぬような口調で問いかけてくる姉ちゃんに、ほとんど反射的に答える。ただし出てきた答えは俺の意識と同意見。


 ……思い返してみる。

 俺は、姉ちゃんに勧められるまま『乙葉おれんじふぁーむ』でアルバイトを始めた。それに今だって、事情はあれど由愛さんの言葉に従ってここ……元の生活に戻ってきた。……そのそれぞれの分岐点に、俺の意志はない。情けないことに、全部人任せで俺はここまで進んで……。


「ちがうね」

「……へ?」

「そこからして間違ってるんだよ! バカッ!」


 姉ちゃんが膝で立ち、バンッと机を叩く。

 上げられた顔、その表情を見てさっき感じた懐かしさの正体を知る。


 そう……姉ちゃんは今、"鬼モード"なのだった。


「いいか草太。自分では気づいてないかもしれないけど、あんたはずっと自分の意思でやってきたんだ。あたしがアルバイトを勧めた時、それを断らなかった。初めての給料が入った時もすすんで車のガソリン代を返してくれた。あんたは自分で道を決めて、全部自分の足で歩いてるんだ……」


 再び腰を下ろして、若干落ち着きを取り戻す。も、姉ちゃんの怒った顔はそのまんまだ。

 俺は言葉も出ず、ただ驚いていた。

 今まで何度か"鬼モード"の姉ちゃんを見てきたが、それはすべて横顔の記憶。俺をいじめる悪ガキに向けられたものだった。

 だからこうやって、真正面から怒った顔を向けられるのは……生まれてはじめてだ。

 姉ちゃんは今、俺に対して怒っている。しかも本気で……。


「それを……あんたは自分で否定してるんだよ! "周りに流されて"を言い訳にして、失敗した時に自分が傷つかないようにってね!」

「そ、それは……」


 口を開くも、そのあとの言葉がついてこない。

 姉ちゃんの言うことが図星で、最もすぎて、返す言葉が見つからない。


 ――周りに流されて。


 俺が頻繁に、事あるごとに唱えていたセリフ。でもそれは生きることに臆病な俺が勝手に作りだした、いわば傷つかないための免罪符。


「今まではそうして過ごしてこれたかもしれない。……けど、今回はそれでいいのか? あの子の……由愛の言葉を文字通りに受け取って……今自分が進んでた道を放棄してもいいのか?」

「……え、由愛さんの言葉……」

「考えてみな? この状況で、あの子がどんな行動をとるか……ずっと一緒にいたあんたならわかるんじゃないか?」


 まだ短い期間だけど、由愛さんは色んな顔を俺に見せてくれていた。

 天使のように穏やかで優しくて、思いやりがあって。でも実は根に持つタイプで……すぐにふくれる。

 その小さな体には頑丈な芯が通っていて、でもたまに、こっちが心配になるほど無理をする時があって。

 そういえば、こないだの川遊びの時だってそうだったな。自分だって疲れてるだろうに、消毒の手散布なんか始めようとしたり……。しかも誰にも心配かけないように、人目を忍んで……。


「……あ」


 もしかして、由愛さん……。


 俺の様子を見てか、姉ちゃんは静かにうなづく。


「姉ちゃんからは、そんだけ……。もうなにも言わないよ。あとはどうするか、自分で決めな」


 そうだ。

 由愛さんは自分の意思を持っている。一度決めると、周りの説得にもなかなか首を縦に振らない、頑固といえるほどの信念だ。


 そんな彼女にとって、乙葉家や『乙葉おれんじふぁーむ』は大切な場所。

 おまけに、そんな乙葉家のピンチに、黙って座っているような人じゃないんだ……。


 脳中で面白いほど容易く組み上がる方程式。どうして俺は、こんな簡単な問題を解けずにいたんだろう。


 ……いや、解こうとしなかったんだ。それどころか問題を見ようともしなかった。姉ちゃんの言うとおり、お得意の言い訳を式に当てはめて、無理矢理あべこべの答えを導きだそうとしてたんだ。


「……俺……行ってくる」


 体が勝手に持ち上がっていた。

 行かなきゃ。『乙葉おれんじふぁーむ』に……。

 そこでまだ、一人苦しんでいるであろう由愛さん。彼女を支えに……。


 姉ちゃんは俺を見上げ、ふふっと笑顔を見せた。いつのまにか姉ちゃんの中の"鬼"は姿を消している。


「うん、そうしな。……はぁ~、まったく。できた弟をもつと姉ちゃん、苦労するわぁ~」


 はたして本心なのか皮肉なのか。そのまま姉ちゃんは正座の足を崩し、事務服の上着を脱ぐ。前髪の隙間の額からがうっすらと汗ばんでるのが窺えた。それだけ真剣に俺と話してくれたってことだ。


 突如発動した"鬼の朝花"。

 その鋭い視線は、俺の心に潜んでいた臆病な弱虫を木っ端微塵に消し飛ばしてくれたのだ。


「……あっと、ちょっと待って」


 立ち上がってさっそく出かける準備を始めると、姉ちゃんから突然ストップがかかった。

 ん? まだなにかあるんだろうか……。


「行くのはいいんだけど……明日にしな? 今日はもう暗いし……姉ちゃんお腹減ったしさ」

「……あ」


 そしてタイミングをはかったかのように「ぐぅ」と鳴る姉ちゃんのお腹。

 そうだった……今はもう夜。ご飯もまだだし、そもそもこんな時間に乙葉さんちに押しかけても迷惑以外のなんでもない。


 ちょっと落ち着こう。少し熱が入り過ぎてたみたいだ。


「決戦は、明日だな……」

「うん。あ、じゃあ外に食べ行こうか? 景気づけに今日は姉ちゃんが奢ったげるよ!」

「いでぃ、いでぃよ……!」


 ガシガシと頭をわしづかみにしてくる姉ちゃんをあしらいながら、俺は出かける準備を始める。


 はぁ……。なんだか、姉ちゃんには助けられてばっかりだな。

 今回もまた、現実から逃げ惑う俺の背中を押してくれた。


 姉ちゃんにはどれだけ経っても返しきれない借りがある。……といっても、そんなこと口に出したら「あたしはあんたの姉ちゃんなんだから」と一蹴されるだろうけどな。


 姉ちゃんに叱られ、愚かにもようやく気がついた。

 姉ちゃんも由愛さんも、あの保科だって、自分の道をひたすらに歩いている。それぞれが思うものに向かって。自分自身の足で。

 それに比べ、俺はどうだっただろうか。

 俺は今まで、自分で勝手に逃げていただけだ。上手くいかない現実から。目に見えない将来、その恐怖から。

 自分自身で見つけた道なのに勝手に他の人の名前をつけて。つまづいてもその人に流されたからと、自分は悪くないんだと、何処かしこに責任をなすりつけていたんだ。……まったく、恥ずかしすぎるぞ俺。


 でも……だから、これからはもう周りに流されない。誰のせいにもしない。

 俺が決めた道には俺自身の名前をつける。そして、この俺自身の足で歩いていくんだ。


 玄関に手をかける。

 久々の自発的な外出だ。思わず手が震える。胸が震える。

 でも、俺がこれから見るであろう世界に対して、恐さなんてこれっぽっちも感じない。

 だって俺には、仲間がいるから。楽しい柿農家さんたちや、犬のように懐っこい大学の後輩……それに由愛さんたち乙葉家の人たち。大切にしたいって思える人たちが、こんなにもいる。


 ……それになんといっても。


 俺のすぐそばには、世界一心強くて優しい"鬼"がついてるんだから。





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