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2話:収穫しようっ!~準備編~



 九月もちょうど半ば。

 つい先日まで雨を降らしていた空はすっかり機嫌を取り戻し、今は清々しいほどの秋晴れだ。

 絶好の柿穫り日和である。


「おお、久しぶりだなぁ」


 そして今、俺は『乙葉おれんじふぁーむ』の入口近くに立っている。


 久々に訪れた柿畑の景色。

 夏頃までは緑一色だったその山肌には、ぽつりぽつりと黄色が灯っている。柿の実が色づいているのだ。


 まだ残暑が残るこの季節。午前も七時半頃とはいえ、肌寒さはなく、むしろ長袖を着ていると汗ばむくらいキェェェ――ィィ……だ。

 ……ちなみに、今途中で入ってきた奇声は俺の声では断じてない。


「シィェェェエエ――エエィ!」


 この近辺の人間国宝級生命体……トリコさんの怪声だ。

 今日も今日とて、けたたましい音が突き抜けるような空に消えていく。


「おお……久しぶりだなぁ」


 それにトリコさんが今日もお元気でなによりだ。ちょっと元気過ぎる気がしないでもないけどね。


 そして畑に入って坂を下りた先には、すでに乙葉家のみなさんがいらした。


「おはようございまーす!」

「あ、はなくん、おはよ! 今日からまたよろしくねー」


 麦わら帽子に首タオル……めつみ時と変わらずの作業姿の由愛さんがニッコリと挨拶してくれる。くぅっ、その笑顔! やっぱり農園の天使さまやでぇ。

 少し離れたところにいる農主さんからは返事はない。今はこちらに背を向けてなにやらブツブツと声を出している。

 おや? どうしたんだろ……。ま、まさか、休みもなく仕事をし過ぎたせいで気が……?


「今叔父さんは話し中やから、先に始めとこか」


 と思ったが、どうやら電話中のようです。俺の方をチラリと見て、軽く手を上げてくださった。こちらも、挨拶と変な誤解をした謝罪の意を込めて頭を下げる。朝からおつとめご苦労さんですッ!


 由愛さんの後について畑道を進むと、途中に四つ足の台が設置されていた。長方形のアルミ製の台。天板の部分がちょうど俺の腰あたりの高さに調整されている。

 その脇には、編み目模様の……スーパーの買い物カゴをちょっと大きくしたようなプラスチックの箱。三箱一セットで置かれたあり、一、二、三……結構な数ある。


「これは、選別台。この上で穫ってきた柿を選別……商品として良い柿とあまり良くない柿に分ける作業をするんやで」


 言いながら、由愛さんはプラスチックの箱を二つ、台の上に乗せる。


「このコンテナーに柿を入れて、重さを量って、夕方に出荷場に持っていくねん」

「おお、なんか本格的ですね……」

「あははー……、一応専業農家やし、本格的なのは当然かもねぇ……」


 由愛さんの冷静なツッコミ。秘かに喜びにうち震える俺。あざす!

 お茶目な邪気とともに見ると、台のすぐ横には小さい計量器があった。その上に物を乗せて重さを量るアナログタイプのやつだ。そこにプラスチックの箱……コンテナーを乗せて重さを量るようだ。


「とはいっても、選別は私と叔父さんがするんやけどね。はなくんには主に柿を穫ってきてほしいんよ」


「そこで……じゃじゃーん」と見せられたのは、丸い口を開けた……カゴ? その口部分には柔道着の帯のようなヒモがついている。


「それは?」

「収穫用の"ポテ"やで。この帯を腰あたりで……んと」


 そして由愛さんは"ポテ"なるものを持ったまま、俺の腰に両手を回して……な、なんですと……!?

 なんと由愛さん、俺の腰あたりに抱きつくような格好に!


「こここ、こんな朝っぱらから……だだ大胆っす……! 由愛さん……!」

「へ? 朝? 大胆?」


 俺の永久目標(エターナルエンド)である由愛さんの高い高い。その達成の前に俺が高い高いされそうっす! もちろん別の意味で。


「? よーわからんけど……ヒモを腰の前でくくって……よいしょ、できた」


 と、由愛さんはあっさりと俺から身を離す。同時に言いようのない寂しさと切なさと腰回りが締めつけられる感が……って、腰うんぬんはポテのヒモが腰に巻きつけられていたからでした。

 由愛さんはただ、それをくくってくれていただけだった。……そ、それくらいわかってたよ畜生ーっ!


「ヒモは柔道着の帯をくくるのと同じ感じでいいよ。そのカゴ……ポテに柿を入れてこの台まで持ってくる。それがはなくんにやってもらう作業やで。簡単でしょ?」

「は、はい。これなら、めつみ作業よりも簡単そうですね」

「めつみは、色々考えなあかんからねぇ……。あ、あとハサミやけど……あ~、叔父さんの軽トラの中やわぁ」

「あ、でも農主さん来ましたよ」


 ちょうど良いタイミングで、農主さんの運転する軽トラがバックでこちらにやってきた。そして選別台の少し手前でストップ。

 てか、この"SSの道"では軽トラでギリギリの道幅だ。しかも、整備されてるとはいえ草と土の道なので凹凸は多々ある。

 それを悠々と……しかもバックで来るとは、さすが農主さんだ。


「おう、バイト。朝から若い姉ちゃんに抱きつかれてご満悦か?」

「っ!」


 ま、まさか……俺と由愛さんの秘密のシーンを見られていただとっ!?

 そして、仰るとおりです! けっこうテンションあがりました!


「……? ……あっ! ああああれは……!」


 農主さんの第一声を聞いて(にしてもひでぇ第一声だな……)由愛さんは面白いくらいうろたえる。どうやら、さっきの自分の行動を思い返して察したようだ。


「あ、あれは、そんなんとちゃうからっ! 誤解やかりゃ……っ!」


 目をグルグルさせて、なぜかバンザイしながらその場で踊り出す由愛さん。うん、慌てる姿もいいなあ……。


「バイト。これが柿穫り用のハサミや。今日はこれでお前の♂をチョッキ(以下省略)」

「物騒すぎるわっ!?」


 そしてなんともタイムリーっ!?

 やはり、育ての親的立場の農主さんにとっては、あの光景は許されぬものでした……!



 ともかく……そんなこんなで収穫作業の準備は整った。





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