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1話:雨ところにより晴れ。



 カーテンを開けると、無数の粒が目の前で線を描いた。

 雨だ。風もままある。

 木を揺らし葉を打つ雨の景色の上を、鼠色の分厚い雲が低くたゆたっている。


「今年は雨が多いなぁ……」


 ちょうどお盆を過ぎたあたりから、何度となく見てきた空模様だ。それが月をまたいで今日……九月の上旬まで続いている。この時期にしては珍しいほどの長雨だ。


 学生にすれば、夏休みの最後の数日をどんよりと過ごし、さぞ残念だったことだろう。

 主夫や主婦のみなさんにすれば、湿気を孕んでなかなか乾いてくれない洗濯物にどれだけの憎悪の念をたぎらせるだろう。


 だが、俺の今の気分は、そんな雨模様も消し飛ばしてしまうくらい晴れやかだった。

 『乙葉おれんじふぁーむ』での柿の収穫作業。そのお手伝いが数日後に迫っているからである。


 めつみ作業の時は不安ばかりが胸に巣くっていた。

 今回も少しは不安もあるが、もうしばらくすればまた『おれんじふぁーむ』で日々を過ごせる。そう思うと、楽しみな気持ちが溢れ出てくるようだ。


「草太? 鍋、コトコトいってるけど?」

「……? あっ、そうだった」


 姉ちゃんに呼ばれて我に返る。

 そうそう。俺は今昼飯の準備をしてるところだったんだ。

 キッチンに戻る。ガスコンロの上の鍋の中では、ジャガイモと玉葱、それにニンジンや細切れの牛肉が和風だしに浸されて揺れていた。今日のお昼のおかず、肉じゃがである。セーフ、ちょうど良い煮加減だ。


「草太、最近なんだか機嫌良さそうだな?」

「え、そうか?」


 鍋をいじくる俺の背後で、姉ちゃんが冷やかし気味に問うてくる。


「あんた、あの川に行った日、由愛となんかあったでしょ?」

「えっ?」


 いかんいかん、思わず菜箸でつまんでたジャガイモを落とすところだった……。


「ふふん、やっぱりな。あの日からあんたもそうだし、由愛とBINEしててもどこか楽しそうだったしね~」


 俺の反応に、姉ちゃんは下卑た笑みで続ける。

 そりゃあたしかに、最近は我ながら浮き足だってる気もするけど、表情や態度にまで出てたのか……。


 その原因は姉ちゃんも言うように、あの川遊びの日。由愛さんと思い出やこれからのことを話したことだろう。

 ほんの少しの時間だったけど。あの日を境に、俺のなかで由愛さんや『乙葉おれんじふぁーむ』に対する感情がほんの少し変わったような……そんな気がするのだ。

 上手くは言えないのだが、『おれんじふぁーむ』や乙葉の人たちのことが、どうも他人事には思えなくなってるというかなんというか……。


「あの日にちょっとだけ、由愛さんと話をしたんだ。他愛ないことなんだけどさ」

「そうか。ま、二人とも良い方に向いてそうだし良いと思うよ」


「姉ちゃんとしてはちと複雑だけど……」と呟き、


「じゃあ、由愛の昔のことも?」

「うん。大まかには、聞いた」

「そうか……。ま、ともあれ、これからもバイトあることだし、由愛のことを頼むよ。あの子の友達としてさ。……それと」

「それと?」

「鍋から怪しいニオイがしてるぞ?」

「んなっ!?」


 慌てて火を止める。肉じゃがの被害は、なんとか底のやや焦げ程度で留まった。


「おお-、お昼ごはんっす。もうお腹が減って、天国のおばあちゃんが見えそうだったっす~」

「どれだけ食いもん貰ってないんだよ……」


 てか不謹慎ネタ禁止ぃ!

 八畳間の座卓に昼ご飯を置く。その前では、保科がお箸片手にヨダレを流さんばかりだった。


「てかおまえ、当たり前のようにここにいるな」


 保科が姉ちゃんのアパートに頻繁に出没するようになったのも、あの川遊びの日から。晩こそはちゃんと帰れど毎日のようにこちらにいる。ほぼ完全に棲みつき状態である。

 ともかく「「いただきまーす」」と挨拶して食事開始。

 しばらく沈黙と咀嚼のあと、保科は口を開いた。


「アファフィ……ふぃふいう゛ぁ……」

「て、ばっちぃよ! まだ口に食べ物入ってるじゃないか!」


 ちゃんとゴックンしてから喋りなさい!

「ごくん……失礼っす」と仕切り直して、


「アタシ、ここに見つけたっす」

「見つけた?」

「ええ……。アタシ、この町に来てから今まで、友達もろくに作れなかったっす。大学でもお外でも。所属するゼミの先生からも『授業の時間だからよそのクラスの子は出てってね~』と言われる始末で……」

「……」


 な、なんてムゴいんだ……!

 保科はキャラの濃いヤツだと思っていたが、外では存在感が薄いのだろうか……。大学でのこの子の不遇さは俺の想像以上のようだ。


「綾ちん……っ、そんな辛い過去が……っ」


 姉ちゃんも手で口元をおさえてうるうると憐れみの眼差しだ。


「でもでもっ、あの日、師匠や乙葉さんたちと一緒に遊んで、とっても楽しかったっす。みんな優しく話してくれて嬉しかったっす。それに、先輩やみなさんの側にいると、なぜかアタシの故郷と同じ匂いがして……そこで気づいたんす。ここは、アタシのことを認めてくれる場所なんだって」

「認めてくれる場所……」


 保科の言葉が、あの日の柿畑で見た由愛さんと重なる。

 由愛さんはあの柿畑で、生きている実感を、生きていく自信を貰っている。

 今の保科は、俺や姉ちゃんたちの側で、自分自身が生きるうえで前を向ける……そういう場所を見つけたんだ。


「綾ちん……辛いことがあったら、いつでもあたしたちを頼ってくれていいんだよぉぉ……!」

「し、師匠……っ!? ぐぇぇ……」


 肉じゃがを挟んでヒシッと抱き合う二人。……いや、一方的に保科に抱きつく姉ちゃん。保科の不遇っぷりに完全に感極まったらしい。


「あたしたちは綾ちんの居場所だからねぇぇ……!」

「ぐ、ぐるじ……! じゃがが……リバースするっすぅぅ……」

「おいこら姉ちゃん、そのへんにしとけ」


 俺は……どうだろうか。

 俺にも、由愛さんや保科みたいに見つかるんだろうか。


 いまだ保科に抱きつこうとする姉ちゃんを引きはがしながら思う。


 いや、待ってちゃいけない。自分で見つけにいくんだ。

「自分が生きてる」って……自分の存在を受け入れ、認めてくれる場所を……。

 そして、そのヒントが転がっている場所を、俺は知っている。


「柿穫りのお手伝いまで、あと数日か」


 カーテンの向こうの雨模様とは反対に、あのだだっ広い畑を思う俺の心は実に晴れやかである。





 今回から【秋の収穫篇(渋)】です。お話も柿もこれから収穫シーズンに入っていきます。

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