表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
夏のひととき篇:導かれし乙女たち
28/43

9話:思い出とゆめ。



 しばらく遊んで、玲さんと双子ちゃんと分かれた俺たち。

 乙葉家に辿り着いた頃にはそろそろ日が傾きはじめようとしていた。


「おお、おかえり~。けっこう早かったねぇ?」


 玄関前では美夜子さんが手を振ってお迎えしてくれた。


「草太くん、どうやった? 綺麗なところやったでしょ~?」

「ええ、それはもう。……というか、あそこのレンタルしてる人って玲さんのことだったんですね」

「え? え~っと、そうやったんかぁ~! あっははははは!」


 笑いで誤魔化されちまったぜ……。

 でも、結果オーライだ。

 みんながみんな存分に楽しめたので、美夜子さんの計らいには感謝しかない。


「みんなも楽しんできたけぇ?」

「おかげさまで羽を伸ばせました。良い場所を紹介してくれてありがとうございました、美夜子さん」

「久々に自然のニオイを嗅げて嬉しかったっす~」

「そうけぇ~! 喜んでもらえてなによりやわぁ~!」


 俺たちはしばらく、美夜子さんとの川遊び談議に花を咲かせた。

 みんながみんな、すっかりリフレッシュした良い笑顔。それにつられて話も弾む。


「……あれ?」


 でも、そのなかに由愛さんがいなかった。

 手を叩いて笑う美夜子さんの近くにも、ジェスチャーを交えながら話す姉ちゃんの隣にも。

 どこにいったんだろう……。


 周辺を見渡すと乙葉家の玄関の脇、その奥へ向かう小さな人影があった。

 ……由愛さんだろうか。

 俺はなかば影に引き寄せられるかのように、その方へ歩を進ませた。


「由愛さん?」

「……」

「ゆ、由愛さーん?」

「……? わっ? ……あ、ああ、はなくんかぁ……」


 やはり、影の正体は由愛さんだった。

 玄関の脇を抜けて少し歩いたところにある、まだ建って新しそうな倉庫。由愛さんはここで、なにやらゴソゴソと動いていた。


「驚かせてすみません……えと、それは?」


 白いタンクのような容器。そこからノズルのついた細い管が伸びている。

 今はちょうど、そのタンクにホースからの水が注がれているところだった。


「ああ、これは……消毒用の噴霧器(ふんむき)。まだ日が暮れるまでに時間あるし、あそこの柿畑の消毒をしようと思ってね」


 その視線の先、倉庫の横手に位置する斜面には、柿の樹が数本……一列に植わっていた。

『乙葉おれんじふぁーむ』のと比べるとやや小ぶりなその樹々にも、青い柿の実がついている。面積にすればけして広くはないけど、そこはたしかに柿畑だ。


「なるほど……でも……」


 ……今から?

 俺たちが川遊びから帰ってきたのは本当につい今。比較的近場だったとはいえ、みんな遊びきって疲れている。

 もちろんそれは、由愛さんも例外ではない。

 にもかかわらず、これから作業を始めようというのだ。しんどくないわけはないだろうが……大丈夫なんだろうか?


 そんな思いが顔に現れていたのか、俺の顔をちらりと窺った由愛さんはどこかバツの悪そうに、


「う、うん。本当は明日にしようと思ったんやけど……どうしても気になっちゃってね」


 苦笑いとともに、畑を眺めた。


 背の低い樹。枝と枝の間隔も広く、日当たりも風通しも良さそうだと素人目にもわかる。

 そのすぐ足下の斜面も、頻繁に手入れを施されているのか、短く刈り取られた草が心地よさそうに風に凪いでいた。


「ここはね……」

「え?」

「この畑もそうやけど、この倉庫の場所もね。元々は、私が住んでたところやねん」

「由愛さんが……住んでいた場所……?」


 蛇口の栓を閉めながら由愛さんがポツリと話し始める。


「ちょうどこの倉庫がある場所に、私が暮らしてた家があってね。高校にあがったくらいまで、ここでお父さんと暮らしててん」


 目の前の倉庫は、まだ劣化の気配もなく堂々とした姿でその場に佇んでいる。

 数年前までそこにあったのは、由愛さんの実家(・・)

 由愛さんのお母さんは由愛さんが物心つく以前に亡くなっていたらしく、由愛さんはここにお父さんと二人で暮らしていたという。


 ……だが、それも高校時代まで。


 その先は、由愛さんの現状と今の言葉から容易に想像できてしまい、俺は情けなくも相づちすら打てなかった。


「お父さんがいなくなって、乙葉の本家に引き取られて……。まあ、美夜子さんも正信おじさんも優しいし、こうして不自由なく生きてこれたんやけどね」


 明るい表情の由愛さん。

 彼女のなかではとうに乗り越えたことなのか、そこに偽りの色や無理は感じ取れない。


「ただ……家はもうなくなっちゃったけど、この畑だけは昔のまんまで残って。それで今は、私一人で管理させてもらってるねん」

「由愛さん一人で、ですか……」

「うん。私が小さい頃から一緒に過ごしてきた、唯一の景色やから。どうしても自分の手で守りたくて……。て、なにカッコつけてるねんって感じやね……! ご、ごめんねぇ、変なこと話しはじめて」

「い、いえ……、けして変なことでは」


 はにかみながら柿畑を仰ぐ由愛さん。その景色の向こうに、彼女は別の景色を見ているようだった。

 由愛さんの目には、今までの色んな思い出が映っているのだろうか。


 自分の大切な場所を失ったことがない俺には、由愛さんの心の奥に触れることなど到底できないだろう。

 けど、この場所が由愛さんにとって大事な場所だってことは、彼女の表情を見ているだけで伝わってきた。


 いつしか由愛さんは作業の手を止め、倉庫前のコンクリート床に腰を下ろしていた。俺もそれに倣う。


「ところで、はなくんは……大学もそろそろ卒業やんね?」

「え? ……ああ、はい。今四回生です」

「将来はどうするか、もう決まってるん?」

「それは……いえ。就職先もまだですし、自分がなにをしたいかも……」

「ほっかぁ……」


 自分のこと。それもコンプレックスにもなってしまいそうな根本の部分。

 そんなことを誰かに話すのは、姉ちゃん以外には初めてかもしれない。

 正直恥ずかしいし、ちょっと情けない。

 でもそれ以上に、ここにいる由愛さんに話したい。

 どこからともなくそんな感情が溢れ出てきた。


「俺……今までずっと、なにかに流されるように生きてきて。自分一人で決めてやってきたことなんて、ほとんどなくて……。今回『乙葉おれんじふぁーむ』に来たのも、『なにかのキッカケになれば』って姉ちゃんに勧められてきたんです……」

「なるほどぉ。はなちゃんがね……」

「?」


 なんの足しにもなりゃしない俺の吐露に、由愛さんはどこか合点のいったようにうんうんと頷いた。

 な、なんだ……?


「いや、それはともかく……。はなくんの近くにも、きっとあると思うねん……自分を許してくれる場所」

「自分を……?」

「うん。自分の良いところも悪いところも。それこそ、穴に入りたいくらい恥ずかしいこととか、トラウマやコンプレックスになりそうなことも……。全部ひっくるめて、自分を認めてくれる場所。たとえば、私にとっては、この畑がそう……」


 高校に入ったと同時に、とつぜん一人ぼっちを味わった由愛さん。

 しばらくはあまりの空しさにふさぎ込みがちになっていたが、美夜子さんや農主さん、そして高校では姉ちゃん……色んな人の支えがあって再び顔を上げることができたという。


「色んな人に助けてもらったけど、ここを一人で管理してると思ったら、こんな私でもちゃんと生きてるんやなぁ、て。そう実感できるし、なにかわからんけど妙な自信になるねん」


 今の由愛さんにとって、この畑や柿は自分が生きているという証になっているという。

 俺の生きている証って、なんだろうか……。今までそんなこと考えたこともなかった。


「はなくんにも、そうところが必ず見つから。その場所を大切にしてね」

「見つかるんでしょうか……。俺にも、そんな場所が」

「うん。絶対見つかるよっ」


 まだ、今の俺にはまったく実感できないけど。

 由愛さんの屈託のない笑顔を見ていると、俺にもそんな場所が見つけられるかもしれないと、根拠のない希望がわき上がってくる。


「……あ、そろそろ時間かな?」


 と、由愛さんはなにやら呟く。


「え?」

「あっ、ほらほらはなくん! あっち見て!」


 その一際大きな声につられるように、柿畑の方に視線をやると、


「わぁ……」


 斜面に植わった小さな柿の樹々が、その姿を大きく変えていた。


 一言で現すならば……まさに、"おれんじ"だ。


 力強く茂る草。

 手を広げたように広がる枝。

 深みを帯びた葉っぱ。

 そして、まだ真っ青なはずの果実……。


 白んだ空から降り注ぐ夕陽を浴びて、そのすべてがまるごと、おれんじ一色に染まっていた。


 それはどんどん色を濃くしていき、畑だけでなく倉庫や隣の家々の屋根も染め上げていく。

 柔らかく射す逆光もあって、まるで違う世界にワープでもしたかのよう。

 そんな浮き足だった気持ちで、俺はしばらくその景色を眺めた。


「私ね、小さい頃から、この"おれんじ"が好きでね」

「……て、あっ! ま、まさかっ?」

「へへへ~、うん。ここで『おれんじふぁーむ』の名前が生まれてん」

「おお……」


 照れくさそうにに笑う由愛さん、その白い頬も赤く染まっていた。

 うん……それも夕陽のせいってことにしておいてあげましょう!


 夕陽のおれんじに染まる柿畑。

 言われてみてはじめて、心の底から思う。


「……たしかに、『おれんじふぁーむ』だわ」


 胸の奥から滲み出てくる、名前も知らない感情。

 ともすれば泣いてしまいそうなほど強いそれを抑えるように、唇だけで呟いてみた。


「よし……、じゃあ、私はこれだけやってしまうね」

「あ、はい。お邪魔してしまって……。あっ、あと……無理だけはしないでくださいね?」


 噴霧器を背負い、手袋をはめようとしていた由愛さんは、一瞬キョトンと顔をあげ、


「うん。一時間もせんうちに終わるから大丈夫っ。ありがとうね、はなくん! 今日一日ひっくるめて!」



 そして見せてくれた今日一番の笑顔も、おれんじ色に染められて優しく輝いていた。





ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

次話から【秋の収穫篇(渋)】に入っていきます。やっと現世に追いついた……。

これから後半戦、お話もどんどん動いていく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ