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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
夏のひととき篇:導かれし乙女たち
24/43

5話:そうして夏がはじまった。



「知り合いが、川でバーベキューやレジャー用具をレンタルしとってねぇ。ちょっと前、そこの道具を無料で借りられるパスを貰ったんよ。この際やからこのメンバーで遊びに行ってきたらどうかと思ってねぇ」


 突然に美夜子さんからあがったのは、川遊びの提案だった。


「川……かぁ」


 プールならたまに行っていたけど、川に遊びに行く機会はあまりなかったかなぁ。

 行っていたとしても小さい頃の事だから記憶が曖昧だ。


 でも、これからどんどん夏らしくなってくるし、みんなで涼みに行くのもアリかもな。


「そこの川は底が見えるくらい綺麗でねぇ。おすすめの場所なんよ~」

「おお……、そんな綺麗な川なら一度見てみたいですね!」


 なんにでもまず興味を持つ姉ちゃんは、やはり一番乗り気なようで。

 すでにそのメガネの奥の瞳は「行きます!」とバリバリに意思表示している。


「あなたも一緒にどうで?」

「え……ッ! アタシも、いいんすか?」

「うん、草太くんのお友達やもん。大歓迎よ~」

「と……友達……っすか」


 お誘いを受けて、保科も若干テンションが上がっているようだった。

「ともだち……良い響きっす」と呟きながら、ニマニマと嬉しそうである。


 二人の反応を見て、美夜子さんはうんうんと頷く。


「うん、ほな決まりかな。あとでパス持ってくるわねぇ。……あ、もちろん由愛ちゃんも一緒に行っておいでよ?」

「え……」


 ただ、その場にいたなかで唯一、由愛さんだけはどこか様子が違った。


「た、だって……、まだ草刈りとか摘果(てきか)もあるし……、それに消毒も……」

「そんなん、正信だけでも十分足りるし、由愛ちゃんまで(こん)つめてやることとちがうやろ? せっかくの夏やねんし、少しくらい農業のこと忘れて、ゆっくり羽伸ばしておいで」

「う、う~ん……でもなぁ……」


 美夜子さんの説得を受けてもまだ少し納得いかない表情をする。

 由愛さんはどうもあまり乗り気ではないらしい。


 ……今、由愛さんが少し言っていたように、柿農園の仕事のことが気がかりなのか……。でも、美夜子さんとの話を聞いているとどうもそれだけではないような雰囲気だ。


「美夜子さんの言うとおりだよ、由愛。たまにはゆっくりしないと体保たないって」

「ま、まぁねぇ……」

「その日はあたしが運転したげるし、一緒に行こうよ」


 しばらくウ~ンウ~ンと渋っていた由愛さんだったが、


「う……うん……せやね。せっかくやし、行くよ」

「うん、んじゃ決まりだな!」


 姉ちゃんの押しに、ようやく折れたのだった。


 ナイス姉ちゃん!




 * * *




「……よっしゃよっしゃ。ついに、今まで溜めに溜めてた有給を使う時が来た……!」

「川はアタシのホームっす。今からすでに故郷(ふるさと)の血が騒ぐっす」


 川遊び一式の無料パスを受け取り、俺はお給料をありがたくいただき、乙葉家をあとにした俺たち三人。


 今は帰りの車の中、突如生まれた夏休みの予定の話に花を咲かせていた。


 てか、それぞれ思うことがあるんだなぁ……。

 そういう俺はというと、バーベキュー用に持っていく肉について思いを巡らせていた。


 やはり、網焼きお肉を美味しくいただくには、前日に下ごしらえをするのがベターだろう。

 にんにくやしょうがで合わせて寝かせるのはもちろん、キノコ類を使って肉質を柔らかくするのも忘れないようにしないとな……。ふふ……、腕がなるぜ!


「あ、そういえば……」

「ん? どうしたんだ姉ちゃん?」

「今思い出したんだけど……由愛ってば、泳ぐの苦手だって高校の頃に言ってたわ……」

「あ、ああ……なるほど」


 な、なるほど。そういうことか。

 どうりで、さっきの由愛さんはどうも乗り気じゃなかったのか。


「まぁでも、あっちでは釣りやバーベキューを楽しめる場所もあるみたいだし、泳ぐだけがすべてじゃないもんね」

「釣り……! アタシは手づかみもアリっす」

「手づかみはレベル高ぇな……」


 やはり保科は狩人の一族のようだ。泳ぐ魚を手づかみできる人って、少なくとも今まではお目にかかったことがない。


「でも、そういうことならなおさら下ごしらえ頑張らないとな……!」


 なんかやる気出てきた……!

 よーし、待ってろ、スーパーの肩ロースにカルビッ!

 待ってろ、まだ見ぬ川の魚たちッ!


 各々に闘志(?)を燃やしながら、やがて車は『乙葉おれんじふぁーむ』の畑付近に差しかかった。

 畑の上部では、機械的な轟音が鳴り、白い霧のようなものが盛大に吹き上がっていた。


「あ、あの赤い機械はなんすかね?」

「ああ、あれはたしか……SS(エスエス)だ」


 由愛さんが以前言っていた、害虫や病気を予防する消毒を散布する農機具。

 背の低い、まるで亀のようなフォルムにゴツいタイヤが備わっている。

 足元の悪い場所でも難なく走れる六輪駆動だ。


 やがて大きな音が止み、のっそりとしたスピードでSSは畑から顔を出した。

 続いて乗り手が姿を現す。

 今は防塵マスクに合羽を羽織っているが、その畑が『乙葉おれんじふぁーむ』だけに、当然その運転手は当園の農主……乙葉正信氏だ。

 その様子から、今日は畑の防除(ぼうじょ)作業をしていたらしい。

 もうそろそろ真夏という時期に合羽を羽織っての作業は、俺には想像できない辛さだろうな……。


「農主さん、お久しぶりです!」


 すれ違いざまに挨拶。車の窓を開けて、おそらく声は届きづらいだろうと大きい仕草で頭を下げる。

 すると、防塵マスクを下げた農主さんは、しばらくこちらを睨んだあと軽く手をあげてくれた。


「おう、バイトか。また秋にも都合のええ時に頼むわ」

「あ……は、はいっ」


 そのままSSは車から遠ざかっていく。


 めつみ作業の時、農主さんとは作業のこと以外ほとんど話さなかった。

 今までで一番話したのは、それこそ顔合わせの日だろうか。


 寡黙で、たまに相手にされてないんだろうかと思うこともあるけど、本当のところはそうでもないようで。

 あの人はなにかと俺のことを気にかけてくれている。


「今度は秋、かぁ」


 柿の実が色づきはじめる頃……九月頃か十月頃だろうか。

 その時、俺はまたここに戻ってこられる。農主さんのお墨付きも、たった今、貰った。


「収穫作業はどんな風になるんだろうな……」


 まだまだ先のことではあるけど、そして作業のことは全くわからないけれど。

 今から収穫作業が楽しみになってきた。


 でもその前に……目の前に迫っているこの季節を満喫するのが先決だな。



 こうして、景気よく夏が始まろうとしていた――。





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