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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
夏のひととき篇:導かれし乙女たち
23/43

4話:うまれてはじめてお給料をいただく。



 乙葉家に到着してはじめに迎えてくれたのは、やはりエクスカリバーだった。


「お! 相変わらずブサカワイイなお前!」

「あぃ~ん、あぃぃ~ん」


 車から降りた姉ちゃんに向かってぺちぺちと短い尻尾を振る。

 こいつ……聖犬というより、どっちかっつうと志村(けん)だな。


「……?」

「お……こっち見たっす。お~い、犬やい。こっち来い、こっちこーい」


 続いて、しゃがんで両手を出す保科に対して、ブサ犬は訝しげな目つきを向けたあと、


「ぶふんッ」

「鼻であしらわれたっす!?」


 どうやら己の中で上下関係を見出したようだった。


 そして、俺には……。


「久しぶりだなッ、ブサ犬!」

「オ゛ルァッ! オマェッ!! ゴロスゾッ!」

「ひぃっ……! やっぱり吠えるのね!?」


 てか今日本語喋ってなかったかっ!?


 ともあれ、ブサ犬と俺の相性はやはり抜群に悪いらしい……。




 * * *




 しばらくして乙葉家の客間に通された俺たちは、由愛さん、そして農主さんの母である美夜子さんと相対して座っていた。

 この部屋も久しぶりだなぁ。初顔合わせの時以来だ。


 由愛さんは以前とまったく変わらず可愛らしい人である。

 作業中はおさげにしていた髪も今は解かれ、さらりと肩口に流れている。そんな、幾分大人びた姿に俺の心は大いに揺れた。


「わざわざ来てもらって悪いねぇ、塙山さん」

「いえいえ、こちらこそ呼んでいただいて……」


「今日は仕事と違うし、ゆっくりしてってね~」と微笑む美夜子さんも、相変わらず温和な人だ。腰はまだ芳しくないようで、今も椅子に腰かけていらっしゃる。


「じゃあ、はい。これが今回、はなくんが頑張ってくれた分です」

「あ、ありがとうございます……!」


 由愛さんはどこかかしこまった様子で、少し膨れた茶色の封筒を差し出してくる。俺も思わず顔を硬くしつつそれを受け取る。


「一応、もっかい中身確かめてくれるかな?」

「あ……は、はい」


 内心こわごわと、改めて茶封筒を見つめる。

 表には『塙山草太様』の文字。封を切った中には、手書きの明細、一枚の小さな紙、そして俺の手伝い分……その証が収められていた。


 ……これが、俺が働いた分のお給料……。


 そう思うと、一枚きりの茶封筒が実際よりもはるかに重く感じられた。

 ずっしりとした感触が手に染みこんでくるようだ。

 嬉しいはずなのに、反して心が引き締まるような思いがする。


 どうにも現実離れした心地のまま、俺は明細書と中身の照合を進めた。


「た、たしかに頂きました」

「ほ……よかった。改めて、今回は本当にありがとうね」

「い、いえ……こちらこそ」


 初めてのアルバイト。


 ヘマしたり迷惑かけたり、初めてのことばかりで戸惑ったりしたけど。

 今はただただ「やってよかったなぁ」と、そう思うばかりだ。


 今この手に感じている茶封筒の重み、きっと当分忘れられそうにないや。



「ところで、今日ははなちゃんも来てくれたんやね?」

「うん。今日は時間が空いてたからね。……それに、由愛のことも気になってたしさ」

「ほっか~……、ありがとね、はなちゃん。私はもう大丈夫やで。ここの人たちはみんな良くしてくれるし、今回ははなくん……草太くんも助けてくれたしね」

「うん、なら良かった……。なんか安心したよ」


 お給金を再び茶封筒にしまいながら、二人の会話が聞こえてきた。


 そういえば、由愛さんと姉ちゃんって高校時代の同級生だったんだっけ。

 スレンダーながらも相応に大人びた姉ちゃんと、JS(小学生)JC(中学生)の集団に混じっても違和感がなさそうな由愛さん……。こうして話していてもギャップ感満載だ。


 ……それにふと思い出したけど、由愛さんってたしか、農主さんの姪っ子だったよな。

 つまり、乙葉(ここ)の家主さんの実子ではない。


 でも、由愛さんがこの乙葉家以外の他の場所に帰る(・・)様子を、俺はこれまで一度も目にしたことがない。

 いつも集まる場所といえばこの家だし……由愛さんもここに馴染んでいるように……ずっとここで暮らしている雰囲気が出ているように思える。


 ……どういうことだろ。


「ま、俺が詮索することでもないか」

「むむ~……」

「ん?」


 と納得していると、隣から唸り声らしきものが聞こえてきた。

 目をやると、保科が無言で二人のやりとりをじっと見つめている。


「じぃ……」


 ……なんだ?

 なんか様子が変だぞ?


「んじぃぃ~……」


 こいつ……ちょっと二人のことを見過ぎじゃないか?

 もはや凝視である。


「おい保科、どうしたんだ? そんなに由愛さんを見て……」

「……へ? あ、いや……なんか……」


 俺の声に、保科は我に返ったかのように頭を左右に揺らす。


「いや、大したことではないっす。ただ、そちらのお二人は仲良しさんなんだなぁと思って……」

「まぁ、二人は高校時代からの友達らしいからなぁ」

「友達っすか~……」


 そして再び、ぼうっと二人を眺める保科。

 なにかコイツなりに思うところでもあるのだろうか。


「草太くん。この子は、草太くんのお知り合いなん?」


 美夜子さんも保科のことが気になったのか、俺にそう尋ねてきた。

 ……ところでなぜ小指を立ててらっしゃるのでしょうか?


「いや、コイツは俺の大学の後輩でして。今回も勝手についてきてしまったんですよ……」


 「お知り合い」の言葉に思わず肯定してしまいそうだったが、なんとか躱すことに成功。美夜子さんはちょっと残念そうだ。危ない危ない……。この人も案外侮れない人だぜ。


 まあ、草太くんのお友達ならいつでも歓迎やで~と、まだ若干含みを持たせた言葉を放つ美夜子さんは、そのまま保科を見つめながら、


「この子も……由愛ちゃんと同じなんかな」

「え?」

「……あ、そうやそうやっ」


 なにかを呟いたかと思いきや、美夜子さんは突然両手を打って立ち上がった。


 和室の天井まで軽やかに響いた音に、部屋にいる全員が彼女の方へ顔を向ける。

 な、なんだ……?

 いつもはのんびりしてらっしゃるのに、今日はやけに忙しいな美夜子さん。


「ちょうどええわ~。せっかくやし、ここのみんなでちょいと遊びに行っといでよ~」

「「え?」」


 その唐突な言葉に、発言者以外の全員が首を傾げた。





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