4話:うまれてはじめてお給料をいただく。
乙葉家に到着してはじめに迎えてくれたのは、やはりエクスカリバーだった。
「お! 相変わらずブサカワイイなお前!」
「あぃ~ん、あぃぃ~ん」
車から降りた姉ちゃんに向かってぺちぺちと短い尻尾を振る。
こいつ……聖犬というより、どっちかっつうと志村犬だな。
「……?」
「お……こっち見たっす。お~い、犬やい。こっち来い、こっちこーい」
続いて、しゃがんで両手を出す保科に対して、ブサ犬は訝しげな目つきを向けたあと、
「ぶふんッ」
「鼻であしらわれたっす!?」
どうやら己の中で上下関係を見出したようだった。
そして、俺には……。
「久しぶりだなッ、ブサ犬!」
「オ゛ルァッ! オマェッ!! ゴロスゾッ!」
「ひぃっ……! やっぱり吠えるのね!?」
てか今日本語喋ってなかったかっ!?
ともあれ、ブサ犬と俺の相性はやはり抜群に悪いらしい……。
* * *
しばらくして乙葉家の客間に通された俺たちは、由愛さん、そして農主さんの母である美夜子さんと相対して座っていた。
この部屋も久しぶりだなぁ。初顔合わせの時以来だ。
由愛さんは以前とまったく変わらず可愛らしい人である。
作業中はおさげにしていた髪も今は解かれ、さらりと肩口に流れている。そんな、幾分大人びた姿に俺の心は大いに揺れた。
「わざわざ来てもらって悪いねぇ、塙山さん」
「いえいえ、こちらこそ呼んでいただいて……」
「今日は仕事と違うし、ゆっくりしてってね~」と微笑む美夜子さんも、相変わらず温和な人だ。腰はまだ芳しくないようで、今も椅子に腰かけていらっしゃる。
「じゃあ、はい。これが今回、はなくんが頑張ってくれた分です」
「あ、ありがとうございます……!」
由愛さんはどこかかしこまった様子で、少し膨れた茶色の封筒を差し出してくる。俺も思わず顔を硬くしつつそれを受け取る。
「一応、もっかい中身確かめてくれるかな?」
「あ……は、はい」
内心こわごわと、改めて茶封筒を見つめる。
表には『塙山草太様』の文字。封を切った中には、手書きの明細、一枚の小さな紙、そして俺の手伝い分……その証が収められていた。
……これが、俺が働いた分のお給料……。
そう思うと、一枚きりの茶封筒が実際よりもはるかに重く感じられた。
ずっしりとした感触が手に染みこんでくるようだ。
嬉しいはずなのに、反して心が引き締まるような思いがする。
どうにも現実離れした心地のまま、俺は明細書と中身の照合を進めた。
「た、たしかに頂きました」
「ほ……よかった。改めて、今回は本当にありがとうね」
「い、いえ……こちらこそ」
初めてのアルバイト。
ヘマしたり迷惑かけたり、初めてのことばかりで戸惑ったりしたけど。
今はただただ「やってよかったなぁ」と、そう思うばかりだ。
今この手に感じている茶封筒の重み、きっと当分忘れられそうにないや。
「ところで、今日ははなちゃんも来てくれたんやね?」
「うん。今日は時間が空いてたからね。……それに、由愛のことも気になってたしさ」
「ほっか~……、ありがとね、はなちゃん。私はもう大丈夫やで。ここの人たちはみんな良くしてくれるし、今回ははなくん……草太くんも助けてくれたしね」
「うん、なら良かった……。なんか安心したよ」
お給金を再び茶封筒にしまいながら、二人の会話が聞こえてきた。
そういえば、由愛さんと姉ちゃんって高校時代の同級生だったんだっけ。
スレンダーながらも相応に大人びた姉ちゃんと、JS・JCの集団に混じっても違和感がなさそうな由愛さん……。こうして話していてもギャップ感満載だ。
……それにふと思い出したけど、由愛さんってたしか、農主さんの姪っ子だったよな。
つまり、乙葉の家主さんの実子ではない。
でも、由愛さんがこの乙葉家以外の他の場所に帰る様子を、俺はこれまで一度も目にしたことがない。
いつも集まる場所といえばこの家だし……由愛さんもここに馴染んでいるように……ずっとここで暮らしている雰囲気が出ているように思える。
……どういうことだろ。
「ま、俺が詮索することでもないか」
「むむ~……」
「ん?」
と納得していると、隣から唸り声らしきものが聞こえてきた。
目をやると、保科が無言で二人のやりとりをじっと見つめている。
「じぃ……」
……なんだ?
なんか様子が変だぞ?
「んじぃぃ~……」
こいつ……ちょっと二人のことを見過ぎじゃないか?
もはや凝視である。
「おい保科、どうしたんだ? そんなに由愛さんを見て……」
「……へ? あ、いや……なんか……」
俺の声に、保科は我に返ったかのように頭を左右に揺らす。
「いや、大したことではないっす。ただ、そちらのお二人は仲良しさんなんだなぁと思って……」
「まぁ、二人は高校時代からの友達らしいからなぁ」
「友達っすか~……」
そして再び、ぼうっと二人を眺める保科。
なにかコイツなりに思うところでもあるのだろうか。
「草太くん。この子は、草太くんのお知り合いなん?」
美夜子さんも保科のことが気になったのか、俺にそう尋ねてきた。
……ところでなぜ小指を立ててらっしゃるのでしょうか?
「いや、コイツは俺の大学の後輩でして。今回も勝手についてきてしまったんですよ……」
「お知り合い」の言葉に思わず肯定してしまいそうだったが、なんとか躱すことに成功。美夜子さんはちょっと残念そうだ。危ない危ない……。この人も案外侮れない人だぜ。
まあ、草太くんのお友達ならいつでも歓迎やで~と、まだ若干含みを持たせた言葉を放つ美夜子さんは、そのまま保科を見つめながら、
「この子も……由愛ちゃんと同じなんかな」
「え?」
「……あ、そうやそうやっ」
なにかを呟いたかと思いきや、美夜子さんは突然両手を打って立ち上がった。
和室の天井まで軽やかに響いた音に、部屋にいる全員が彼女の方へ顔を向ける。
な、なんだ……?
いつもはのんびりしてらっしゃるのに、今日はやけに忙しいな美夜子さん。
「ちょうどええわ~。せっかくやし、ここのみんなでちょいと遊びに行っといでよ~」
「「え?」」
その唐突な言葉に、発言者以外の全員が首を傾げた。