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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
夏のひととき篇:導かれし乙女たち
20/43

1話:もえつきとストーカー(?)と鬼。

今回から【夏のひととき篇】です。

いわゆるラブコメパートというやつですが、ただのコメディになる可能性も…?



『乙葉おれんじふぁーむ』での手伝いも一区切りがつき、半月以上が経った。


 六月も下旬にさしかかろうかという頃、俺はすっかり普段(・・)の生活を取り戻していた。


 たまに大学のキャリアセンターに顔を出しては、就職情報の掲示板の前で唸ってみたり。

 図書館に備えつけのPCで就活サイトをボンヤリと眺めてみたり。

 ちゃんとしているようで、その実、まったく身の入っていない就職活動(・・・・)を繰り返していた。


 つい最近まで過ごしていたあの一面緑の空間は、もはや遠くに置き忘れた思い出のようにさえ感じる。

 少し誇らしかった焼けた肌も、徐々に元の肌色に戻ってきている。まるで自分の心の内を表しているかのようだ。


「ちょっと変われたかなって、思ってたんだけどなぁ……」


 めつみ作業……地味ながらも奥が深いあの作業を通じて、俺はたしかに、心のどこかで"新しい自分"というやつを感じていた。


 農園の目新しさ。

 作業の過酷さ。

 それを終えた時の達成感。


 それらすべてが、今までの俺の腐っていた部分をさっぱり洗い流してくれた。そんな風に感じていた。


「自分自身は、ぜんぜん変わってないのか……」


 それはやっぱり、姉ちゃんのススメや『乙葉おれんじふぁーむ』という環境がそう思わせてくれただけだったんだろうか。


 俺の周りの人たちのおかげで、俺は変われた気になっていた。

 逆にいえば、俺自身の力だけでは、ほとんどなにもしていなかったも同然。

 今までどおり周り(・・)()流された(・・・・)結果が、たまたま自分にとって心地よい流れだっただけなのかもしれない。


「……ダメだ」


 我ながら、ちょっとネガティブ思考が過ぎる。

 とりあえず頭を冷やそう……。


 キャリアセンターの掲示板の前で一度首を振ったあと、俺は帰路につくことにした。



 * * *



「……ん?」


 夕方の五時半過ぎに大学を出た。

 そして、もう少しでアパートかというところで、ふと違和感を覚えた。


 なんだろう……。

 今日は梅雨時にもかかわらず爽やかな日だが、どこか息苦しいような、圧迫感のある空気を感じる。

 いってみれば、そう……誰かにじっと見られている時のような、あのいたたまれない気分。


「おう、おかえり草太」

「あ、姉ちゃん」


 ただ、そんな違和感も関係なしに何事もなくアパートに辿り着いた。

 ちょうど姉ちゃんも帰ってきたところらしく、チェックのジャケットにシャツ、それとシンプルなキュロットスカートといういでたちだ。


「おお、草太。どうしてあなたは草太なの?」

「両親がそうつけたから」

「いやいや草太……ちょっと考えてみ? そこは『おお麗しの朝花姉さん、どうしてあなたは麗しの朝花姉さんなんだい?』って続くところだろ?」


 どうやら知らぬ間に小芝居が始まっていたようだ。

 かの有名な悲劇を意識してるんだろうけど、なんか色々とちがう。麗しは必須なのか……。


 ん~、でも、姉ちゃんのことだ。

 俺のテンションが低いことを察知して、こうして気を利かせてくれたのかもしれない。ほんと、こういうところは敵わないんだよなぁ。


 よし……、ここはひとつノってやるとするか!


「ごほん……、おお麗しの朝花姉さん、どうしてあなたは麗しの朝花姉さんなんだい?」

「いやだって、両親がそうつけたから仕方なく……。てか麗しってなんだ?」

「もう小芝居終わってんのかよッ!!」


 とんだノせ殺しじゃぁあ!


 俺はその場でガックリと項垂れた。


 く、くそう……。「なにいってんのコイツ?」みたいな顔しやがって……!

 今まで溜めていた鬱屈した気持ちこそどこかへ消えたけど、どこかスッキリしねぇ……。


「はぁぁ~、もういいや。それより、こんなところでいないでさっさと家に入ろ……」

「そこにいるのは誰だッ!」


 ――ヒュン。


「――ッ!?」



 と、俺が前を向いた刹那だった――。



 姉ちゃんが突然なにかを叫びながら、なにかを投擲(とうてき)したのだ。


 放たれたソレは、視界に入ったかと思うと一瞬にして俺の頬を掠め、視界の外……後方へと消えていった。


「「ひ、ひぃ……っ」」


 実の姉のいきなりの奇行に、俺は思わず変な声をあげてしまう。……って、あれ?

 今、俺の声がダブって聞こえたような……。

 ……いや、俺とは別の、誰かの声が聞こえたんだ。


 おそるおそる振り返る。

 すると数メートル先。ボールペンの刺さった電柱のすぐ脇に(てか姉ちゃんが投げたのはボールペンだったのか! しかも電柱に刺さってる!?)、見慣れた女の子が尻もちをついてへちゃばっていた。


「あ、あわわわ……っす」


 どんな時でも語尾に「~っす」を忘れないこの少女……。

 俺の大学の後輩、保科(ほしな)(あや)だ。


 今は目を白黒させながら、電柱に突き刺さるペンを見上げている。


「……どこのお嬢ちゃんかは知らないが、うちの弟をストーキングするとは運が悪かったな、ええ?」


 姉ちゃんは背中に夜叉を引き連れて、保科に歩み寄る。

 口元には薄い笑みこそあれど、目が笑っていない。


 こ、これは……俺が幼少期から幾度となく見てきた……


 "鬼モード"だ。



 ――情けないことに、小さき頃の俺はいじめられっ子で、なにかにつけて近所の悪ガキどもの標的になりがちだった。


 だが、ソイツらに絡まれた時にきまって現れたのが、今目の前にいる姉ちゃんだった。


 最初こそ、相手が女だということでナメてかかってくる悪ガキども。

 だが、姉ちゃんはソイツらの頭部にことごとく"たんこぶ"を作り上げていった。


 次々と並み居る強いじめっ子どもを指先一つでダウンさせていった姉ちゃん。

 その無類の強さと無の表情から、いつしか悪ガキどもの間で"鬼の朝花"と呼ばれるようになり、以来、俺は姉ちゃんのおかげでいじめられっ子から脱却したのだった――。



 ――そして、今。

 姉ちゃんは数年ぶりに、自分の中の"鬼"を目覚めさせている。


「ごごごご……ごかいっす……!」

「五回どころか、もう一回もないの。君は、ここで●ぬ。わかった?」

「び、びぇぇ……! いいいいのちだけはご勘弁をっすぅぅ……!」


 歩を進める(姉ちゃん)に比例して、保科は尻もちをついたまま後じさる。

 今にも泡を吹きそうなほどにビビっている。

 ……このままでは本当に倒れてしまいそうだ。

 てか姉ちゃん、さすがに●しちゃダメだよ!?


「姉ちゃん姉ちゃん。その子、俺の大学の後輩なんだ。悪いやつじゃないんだよ……」

「……ん? そうなの?」


 俺の言葉に通常モードに戻る姉ちゃんは、アスファルトの上で命乞いをする保科を見やる。

 ふぅ。どうにか人一人の命を救うことができたぜ。


「じぇじぇじぇ、じぇんぱい……。だすがったっず、ぢぬがと思っだっず……」


 保科は雪山で長い間救助を待っていた遭難者の如くガチガチだ。もちろん、そうさせているのは寒さではなく恐怖。


「あ、ああ~、そっか……。姉ちゃん、早とちりしたみたいだね……ご、ごみんね?」


 これにはさすがの姉ちゃんもバツが悪そうだ。


 たじろぐ姉に、腰を抜かす後輩。

 電柱に無慈悲に刺さるボールペン。


 ……なんだか途端にカオスな状況になったな。


 ところで、保科はどうしてこんなところにいるんだろう。

 コイツの住む場所は全然方角がちがったはずだけど。


「……ん、お? 『BINE』だ……」


 浮かび上がる疑問とともに二人の様子を眺めていると、俺のスマホが『BINE』のメッセージを受信する。

 ポケットから取り出してまず目に入ったのは、送り主の名前。


 それは、遠く……『乙葉おれんじふぁーむ』におわす天使さまの名だった。





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