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塙山姉弟の食卓~そして異世界(?)へ~(2)



 ――というわけで、数日後の日曜日。


 俺は今、姉ちゃんの軽自動車に乗せられ例の農家さんのお宅に向かっている最中である。


 ゴトゴトと身体が揺れるのを感じて、車ごと揺れているんだと気づいた。ついさっきまで国道を走っていた車は、いつしか田舎道に入っていたらしい。


 助手席からアスファルトで舗装された路面が見えた。ところどころがヒビ割れ、穴があき、中央線すら乱れる歪みっぷり。どうりでこんなに揺れるわけだ……。


「この道を登りきったら、目的地近くみたいだぞ」


 姉ちゃんがカーナビを眺めながら、メガネの縁に垂れてきた横髪を耳にかけ直す。普段サバサバとしているが、こういう仕草は大人の女性って感じなんだよな。


 車はやがて、登り坂の大きなカーブに差しかかった。

 左右のコンクリート擁壁(ようへき)の上部から覗き込むように、垂れ下がった木々が地面に影を覆いかぶせている。


「さすがに軽じゃ登らないなぁ……。乗用車ならもうちょい楽なんだろうけど」


 想定以上の負荷がかかっているのか、車のエンジンが一際高い悲鳴をあげる。距離があるから分かりづらいけど、けっこう急な勾配がある坂らしい。


「うほ、街が小せぇ……」


 坂道の途中で俺が住む街の景色が見えた。存在感のあるレンガ色の建物、あれは俺が通う大学だ。

 距離があるからか、一望に収まる自分たちの街はうっすらと青みがかっている。まるで行きつくことのできない蜃気楼の街みたいだ。


 景色は再び山林に変わる。

 左右に広がる木々の闇。山間らしく日光の射し込みも弱い。

 暗く不気味な雰囲気の道に、別世界にでも迷い込んだような錯覚に見舞われる。ただ、所々に掲げられた道路標識やカーブミラーが「ここは現実だ」と教えてくれていた。


 なかには、街ではあまり見かけない標識も。


『急カーブ注意』『動物が飛び出すおそれあり』『落石のおそれあり』


「山道って感じだなぁ……」


 しばらく山道のドライブを堪能していると、しんどそうだったエンジンの音が徐々に落ち着きを取り戻してきた。


「ふへー、登りきった……うわわ、すごいなぁ」


 山間の道から突如ひらけた視界にまず映ったのは……圧倒的な緑色。

 切り拓いた山の斜面一面を覆い尽くす、新緑の絨毯だった。

 そのすぐ上では、澄んだ空が濃い蒼に映え、綿菓子をちぎったような白い雲が泳いでいる。

 どれもがハッキリとその存在を主張していて、それでいてそれぞれがひとつの空間として馴染んでいる。


 しばらくのあいだ俺たちは、その蒼と新緑のコントラストに魅せられてしまっていた。


「すっごい広いねぇ……」

「ああ……」


 視界に広がる情景が、俺たちの口数を自然と減らした。



 ――異世界、行きてぇなぁ……。



 ふと、数日前の自分の呟きがよみがえる。


 俺たちは、日本のどこでもなく、実は異世界に迷い込んだんじゃないか。

 もしかすると、あの山間の道が現実世界とこの世界の境界になってたんじゃないか。

 そんなことを思ってしまうほど、車窓からの景色は俺たちが住む町とは全くの異空間だった。



 俺と姉ちゃんを乗せた軽自動車は、そのまま新緑の絨毯その隙間を進んでいく。


「これ、ぜんぶ畑みたいだね」

「え、そうなの?」


 道の両側の、フェンスの向こう側には同じような高さの木がズラリと、見渡す限りに並んでいた。

 つまり、この一帯はぜんぶ果樹園ってことか……。山一面じゃねぇか。


「ここの一画が友達の働いてる仕事場だよ。こんだけ広けりゃ人手が足りないってのも頷けるな」


 今日の話次第で、俺はここでバイトするかもしれない。

 そう思うと、一面の緑の爽快感に少しだけ言いしれぬ不安が混じった。


「……まぁ、とりあえずは話を聞いてからだな」


 気を落ち着かせるため、もう一度景色を楽しむことにした。


 と、すぐ横の畑。

 その一本の果樹の近くに、なにかがいた(・・・・・・)


 それは小柄な背中をくの字に曲げ、その手に持つ厳ついチェーンソーをうならせていた。

 麦わら帽からはみ出た白髪。顔に刻まれた無数のシワ。その奥で、今にも獲物を狩ったろうかというほど目をギラつかせている。


 いや……なにかというより、どこかのバアさんだった。

 タダならぬ雰囲気につられてしまったけど普通に人間だった。


「あんなバアさんでもチェーンソー使うのか……。すげぇなぁ」


 しばらくぼうっと眺めていたが、


 ……ギロッ。


「ひっ!?」


 とつぜんこちらを睨み付けてきたので即刻視線を逸らした。

 こ、怖ぇ……。本能的に身の危険を感じたぜ。

 さすがに攻撃してきたりはしないだろうけど、あのバアさん、タダもんじゃねぇな。



 ……塙山草太、見知らぬ土地で見知らぬバアさんにガン飛ばされました。



 とりあえずバアさんなんて見なかったことにして、再び視界を巡らせていく。

 アスファルトと畑をわけるように設置された柵。

 寸胴を横たえたような、謎の赤い乗り物(ハンドルが見えたのでたぶん乗物)。


 そして、手作り感のある不格好な木製の看板。


 そこには手書きのような文字で大きく、



乙葉(おとは)おれんじふぁ~む はこちら!』



 俺たちの進む方とは別ルートを指す矢印とともに、そう書かれていた。


 ……。

 ヘっっタくそな字だなぁ……。

 それより、「おれんじ」か。

 ここはみかん畑なのか。


 甘酸っぱい柑橘の香りが脳裏に広がり、思わずツバが出そうになった。




 ……でも、この時の俺はまだ想像すらしちゃいなかった。


 これから出会うさまざまな人たちのことも。

 これから起きる騒がしい日々も。



 俺の、これからいくつあるかわからない人生の分岐点。

 間違いなくその一つとなる、この『おれんじふぁーむ』のことも――。





ここまでお読みいただきありがとうございました!

次回から【顔合わせ編】。もうちょっとだけ序章的な回が続きます。

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