11話:野鳥と双子とめつみ終了。
「ケー、ケーッ!」
――バサササッ。
どこかで鳥の鳴き声と羽をばたつかせる音が聞こえる。
トリコさんではない。どうやらキジのようだ。
周りの山林にけたたましい鳴き声が響き渡る。
――カッコー、カッコー。
また、どこからか鳥の鳴き声が……って、カッコー!?
カッコウの鳴き声なんて生まれて初めて聞いた……!
すげぇ山奥なんだなぁと、改めて実感した。
……これは気を引き締めてかからないと。
昼ご飯を食べながら崖畑(崖のような畑の意)に挑む覚悟を固めていると、二台の原付バイクが近くにやってきた。
まったく同じ車種。
乗り手である小柄な二人組が被るヘルメットも同じ……カメの甲羅のようなデザインだ。
「「乙葉さん~、こんにちは~」」
「あ、来た来た。二人ともいらっしゃい」
「……」
そして、その二人の少女も同じ……いや、瓜二つだった。
黒いオカッパ頭。一人は一房、もう一人は二房のアホ毛がてっぺんから生えている。
メロンパンのような柄のショルダーポーチを肩からぶら下げた、こぢんまりとした女の子たち。その姿はどこか座敷わらしを彷彿とさせた。
「「乙葉のおじさん~、由愛さん~、今日からしばらくよろしくです~」」
「こちらこそ、よろしくね」
「すまんな、二人とも」
二人の少女は、息の合ったノロノロボイスで挨拶をする。
テンポは早乙女の農主さんを思わせるが、声に生気があるのが救いか。
「はなくん。この子たちが、臨時のお手伝いさんの野々古姉妹。なんと双子ちゃんです」
「「あ~、新人バイトさん~。はじめまして~」」
「ど、ども。塙山草太です……」
機械のようにシンクロしたお辞儀につられ、俺も思わず頭を下げる。
アホ毛が一房の方が紅ちゃん、二房の方が碧ちゃんというらしい。
アホ毛以外では判別できないくらい、二人は同じだ。
「この子たちが……お手伝いさんですか?」
ちらりと畑の方へ視線を送る。
やはり断崖絶壁に背の低い柿が植わっている。少なくとも、初見の俺では足がすくんでしまうほど圧巻な景色だ。
この子たち……危なくないのだろうか?
「うん、この子らすごいんやで~。こんな足場の悪い畑でもスイスイ進んでいってくれるねん」
「「わたしたち~、生まれも育ちもこの山なので~、地の利が満載なのです~」」
「な、なるほど……」
小さい頃からこの山で暮らしてきた子たちだから、この地形がハンデにはならない。そういうことか。
てことは、本当の崖畑初心者は俺一人ってことなのか。
……ちゃんとできるんだろうか……。
「「そーたさんも~、くれぐれも"天然血のり"にならないでくださいね~」」
「ちょ! 怖いこと言わんといてくれるっ!?」
しかもさり気なくお茶目まで利かせてきた!
たしかに、この子らの外見だけで疑った素振りを見せた俺も悪いんだが……。
「よし、そろそろ始めるぞ」
だが、戦く時間も悩める時間も、無常に過ぎていくもの。
農主さんの合図でそれぞれが作業の準備を開始した。
俺もなるべく、遅れをとらないように頑張らないと……。
両頬をパシンと叩き、昼前に一度切れかけたモチベーションを再び持ち上げる。
よし……やるぞ。
俺たちの戦いは……これから始まるんだッ!!
* * *
「はなくん、お疲れさま。そろそろ時間やからあがってね……って大丈夫……?」
「ぜぇ……ぜぇ……、ご、ごほぉぉ……」
……そして、オワタ。
もうすでに崖から這い上がる力もない。ミイラのようにカラカラに乾いた心に、由愛さんの労いの言葉が染み渡った。
最初は、意気揚々と斜面を登ったり降りたりしていた。
が、急な斜面での作業だ。ものの五分ほどで、ふくらはぎと肺が俺の意思に反旗を翻す。
すぐ足元には、棘のある草が生えチクチクと痛いし、少し脚立のかけ方を間違えると傾く、滑る。そのたび冷や汗が背中から滲み出る。
そんなこんなで、俺は体力も精神もすでに完全燃焼。
燃え尽きたっす……。
「「こっちも終わりました~」」
俺のいる山側とは反対の谷側から、双子がひょっこりと顔を出す。
二人ともまったく息を切らしていない……。
さっきも、まるで平坦な場所を走るかのようにヌルヌルと動き回ってたし、山育ちと町育ちの差をまざまざと見せつけられた気分だ。
「みんなお疲れさま。はなくんも、慣れへんところで頑張ってくれてありがとうね」
「い、いえいえ……」
由愛さんに手を引っぱってもらいながら、斜面から這い上る。
これからもうしばらく、この過酷な作業が続くのか……。
いや、今は考えないでおこう。考えたら確実に……なにかが折れる。
「「そーたさん~、お疲れさまです~。でも、わたしたちの戦いはこれからですね~」」
「……」
この瞬間ばかりは、目の前の双子が子鬼のように思えた。
――それから約半月ものあいだ、"地獄の崖めつみ"は続いた。
蕾も膨らみ白い花を咲かせはじめ、やっと最後の一つを摘み落とした時には、俺の顔は日焼けで真っ黒に、心は疲労で真っ白になっていた。
……だが、迎えた六月初めの晴れた日。
今回こそ本当の本当に、長かっためつみ作業が終結したのだった。
――柿のめつみ作業。
想像していたよりもハードだった。
酷使した指先は蕾のヤニかなにかでパリパリに固まり、手や足の関節はミシミシと軋みをあげている。
それに、もう当分のあいだ緑色は見なくてもいいやって気分だ。
「「短い間でしたが~、お世話になりました~」」
と同時にお辞儀する野々古姉妹に疲労の色は見えない。
二人はさすが、この崖での作業をものともせずこなしていた。
比べて俺は逆に足を引っぱっていたかもしれない……。
……でも、
「ほんとにありがとうね、はなくん。おかげでだいぶ早く終わったよ~」
嬉しそうな由愛さんの笑顔を見ると、俺の心の中身はすべてが丸く収まってしまった。
帰り際、もう一度柿畑を仰ぎ見る。
今まで地獄の入口のように思えていた崖畑が、春の黄昏色を浴びて、まるで天空にある楽園のような表情を見せていた。
「……、お疲れさんでしたっ!」
たまらなく晴れやかな気持ちを景色の中に放りこんだ。
今まであまり抱いたことのない達成感を味わいながら、俺の人生初のめつみ作業は締めくくられたのだった――。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
次回におまけを一つ挟んで、【夏のひととき篇】へ入っていきます。
今後ともどうぞよろしくです!