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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
春のめつみ篇:柿農園の戦士(?)たち
18/43

11話:野鳥と双子とめつみ終了。



「ケー、ケーッ!」


 ――バサササッ。


 どこかで鳥の鳴き声と羽をばたつかせる音が聞こえる。

 トリコさんではない。どうやらキジのようだ。

 周りの山林にけたたましい鳴き声が響き渡る。


 ――カッコー、カッコー。


 また、どこからか鳥の鳴き声が……って、カッコー!?

 カッコウの鳴き声なんて生まれて初めて聞いた……!


 すげぇ山奥なんだなぁと、改めて実感した。

 ……これは気を引き締めてかからないと。



 昼ご飯を食べながら崖畑(崖のような畑の意)に挑む覚悟を固めていると、二台の原付バイクが近くにやってきた。

 まったく同じ車種。

 乗り手である小柄な二人組が被るヘルメットも同じ……カメの甲羅のようなデザインだ。


「「乙葉さん~、こんにちは~」」

「あ、来た来た。二人ともいらっしゃい」

「……」


 そして、その二人の少女も同じ……いや、瓜二つだった。


 黒いオカッパ頭。一人は一房、もう一人は二房のアホ毛がてっぺんから生えている。

 メロンパンのような柄のショルダーポーチを肩からぶら下げた、こぢんまりとした女の子たち。その姿はどこか座敷わらしを彷彿とさせた。


「「乙葉のおじさん~、由愛さん~、今日からしばらくよろしくです~」」

「こちらこそ、よろしくね」

「すまんな、二人とも」


 二人の少女は、息の合ったノロノロボイスで挨拶をする。

 テンポは早乙女の農主さんを思わせるが、声に生気があるのが救いか。


「はなくん。この子たちが、臨時のお手伝いさんの野々古(ののこ)姉妹。なんと双子ちゃんです」

「「あ~、新人バイトさん~。はじめまして~」」

「ど、ども。塙山草太です……」


 機械のようにシンクロしたお辞儀につられ、俺も思わず頭を下げる。

 アホ毛が一房の方が(あか)ちゃん、二房の方が(みどり)ちゃんというらしい。

 アホ毛以外では判別できないくらい、二人は同じ(・・)だ。


「この子たちが……お手伝いさんですか?」


 ちらりと畑の方へ視線を送る。

 やはり断崖絶壁に背の低い柿が植わっている。少なくとも、初見の俺では足がすくんでしまうほど圧巻な景色だ。

 この子たち……危なくないのだろうか?


「うん、この子らすごいんやで~。こんな足場の悪い畑でもスイスイ進んでいってくれるねん」

「「わたしたち~、生まれも育ちもこの山なので~、地の利が満載なのです~」」

「な、なるほど……」


 小さい頃からこの山で暮らしてきた子たちだから、この地形がハンデにはならない。そういうことか。


 てことは、本当の崖畑初心者は俺一人ってことなのか。

 ……ちゃんとできるんだろうか……。


「「そーたさんも~、くれぐれも"天然血のり"にならないでくださいね~」」

「ちょ! 怖いこと言わんといてくれるっ!?」


 しかもさり気なくお茶目まで利かせてきた!

 たしかに、この子らの外見だけで疑った素振りを見せた俺も悪いんだが……。


「よし、そろそろ始めるぞ」


 だが、戦く時間も悩める時間も、無常に過ぎていくもの。

 農主さんの合図でそれぞれが作業の準備を開始した。


 俺もなるべく、遅れをとらないように頑張らないと……。

 両頬をパシンと叩き、昼前に一度切れかけたモチベーションを再び持ち上げる。


 よし……やるぞ。



 俺たちの戦いは……これから始まるんだッ!!




 * * *




「はなくん、お疲れさま。そろそろ時間やからあがってね……って大丈夫……?」

「ぜぇ……ぜぇ……、ご、ごほぉぉ……」



 ……そして、オワタ。



 もうすでに崖から這い上がる力もない。ミイラのようにカラカラに乾いた心に、由愛さんの労いの言葉が染み渡った。


 最初は、意気揚々と斜面を登ったり降りたりしていた。

 が、急な斜面での作業だ。ものの五分ほどで、ふくらはぎと肺が俺の意思に反旗を翻す。

 すぐ足元には、(とげ)のある草が生えチクチクと痛いし、少し脚立のかけ方を間違えると傾く、滑る。そのたび冷や汗が背中から滲み出る。


 そんなこんなで、俺は体力も精神もすでに完全燃焼。

 燃え尽きたっす……。


「「こっちも終わりました~」」


 俺のいる山側とは反対の谷側から、双子がひょっこりと顔を出す。

 二人ともまったく息を切らしていない……。

 さっきも、まるで平坦な場所を走るかのようにヌルヌルと動き回ってたし、山育ちと町育ちの差をまざまざと見せつけられた気分だ。


「みんなお疲れさま。はなくんも、慣れへんところで頑張ってくれてありがとうね」

「い、いえいえ……」


 由愛さんに手を引っぱってもらいながら、斜面から這い上る。

 これからもうしばらく、この過酷な作業が続くのか……。

 いや、今は考えないでおこう。考えたら確実に……なにかが折れる。


「「そーたさん~、お疲れさまです~。でも、わたしたちの戦いはこれからですね~」」

「……」


 この瞬間ばかりは、目の前の双子が子鬼のように思えた。





 ――それから約半月ものあいだ、"地獄の崖めつみ"は続いた。



 蕾も膨らみ白い花を咲かせはじめ、やっと最後の一つを摘み落とした時には、俺の顔は日焼けで真っ黒に、心は疲労で真っ白になっていた。


 ……だが、迎えた六月初めの晴れた日。


 今回こそ本当の本当に、長かっためつみ作業が終結したのだった。



 ――柿のめつみ作業。


 想像していたよりもハードだった。


 酷使した指先は蕾のヤニかなにかでパリパリに固まり、手や足の関節はミシミシと軋みをあげている。

 それに、もう当分のあいだ緑色は見なくてもいいやって気分だ。


「「短い間でしたが~、お世話になりました~」」


 と同時にお辞儀する野々古姉妹に疲労の色は見えない。

 二人はさすが、この崖での作業をものともせずこなしていた。

 比べて俺は逆に足を引っぱっていたかもしれない……。



 ……でも、


「ほんとにありがとうね、はなくん。おかげでだいぶ早く終わったよ~」


 嬉しそうな由愛さんの笑顔を見ると、俺の心の中身はすべてが丸く収まってしまった。



 帰り際、もう一度柿畑を仰ぎ見る。


 今まで地獄の入口のように思えていた崖畑が、春の黄昏色を浴びて、まるで天空にある楽園のような表情を見せていた。



「……、お疲れさんでしたっ!」



 たまらなく晴れやかな気持ちを景色の中に放りこんだ。


 今まであまり抱いたことのない達成感を味わいながら、俺の人生初のめつみ作業は締めくくられたのだった――。





 ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

 次回におまけを一つ挟んで、【夏のひととき篇】へ入っていきます。

 今後ともどうぞよろしくです!

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