10話:崖っぷち後半戦。
長い長いめつみ作業も、ようやく終わりが見えてきた。
先を見てはウンザリするも、「まずは目の前の一つ」と自分に言い聞かせながら進むうち、気づけば最後の樹に辿り着いていた。
苦しい戦いであった。
作業を始めてほぼ半月。
あまりに柿ばかりな日々だっただけに、最近では、夜布団に入って目を閉じた時でさえ、柿の蕾が瞼の裏でふんだんに実っていたものだ。
だが、それも今日この瞬間に……終わる。
ぺちっと最後の蕾を摘み取って、服の袖で額の汗を拭う。
「お……オワタ」
感動の瞬間だった。
そんな俺を労い祝うかのように初夏の風がふわりと吹く。
柿の枝葉を撫でつけ、俺の体の熱を冷ましてくれる。
あまりの達成感に、まだもう少し作業をしてもいいかな、などと心の余裕さえ生まれてくるほどだ。
「はなくんも終わったみたいやね」
「ええ、やり切りました……」
脚立を畳んで、軽トラの荷台に乗せる。初日は畑の最下段にあった軽トラも今では入口のすぐ近くに停めてある。
俺たち……ついにここまで登ってきたんだなぁ。
どこか大きな山を登り切ったような心地だ。
「よし……っと。ほんじゃ、ちょっと休憩しよか」
「はい」
時刻はお昼前。
近くの草っ原に腰を下ろして、由愛さんに貰った缶コーヒーを啜る。ほろ苦さと甘さが、仕事の後の体に染み渡った。
軽トラの荷台にもたれる農主さんの表情も、どことなくホッとしているようにみえる。
「ところで、お手伝いさんって来なかったですね」
そういえば、以前にそういう話を聞いていた。俺以外のお手伝いさんが来るとか来ないとか。
でも、その人たちはとうとう最後まで来なかった。……なにか事情があったのだろうか。
「ああ、他のお手伝いさんは今日のお昼から来てもらうよ」
「え? これから……ですか?」
「うん。後半はちょっと大変な場所やから、ここより時間もかかるしね」
……。
……コウハン?
てことは、今までのは………………ゼンハン?
「おし、ほなそろそろ行こか」
「あ、うん」
思考停止する俺をよそに、由愛さんが腰を上げ、農主さんが軽トラの運転席に乗り込む。
そして、
「これから次の畑に行くから、車でついてきてくれるかな?」
* * *
途中、幾度林を抜け、山を越え、谷を望んだだろう。
急な坂や狭い道を過ぎたのち、俺は再び柿畑の前にいた。
だが、さっきまでいた畑とはまるで雰囲気が違う。
辺りがやけに暗い。
それは、畑からフェンスを挟んだすぐ向こうが山林だからだろう。杉かヒノキか、背の高い木々が揃って影を作っている。
コンクリートの長い下り坂にはところどころに蔦のような植物が這い、中間地点にひっそりと佇む倉庫は、外装が錆び、窓が外れ、まるで廃墟のようだ。
坂の右手には谷、左手には草と土でなる急な斜面が壁のように立ちはだかる。
その各々の場所に、自然と同化するかのように柿の樹が植わっていた。
さっきまでいた『乙葉おれんじふぁーむ』が、いかに人の手が加えられていた場所なのか。嫌でも実感してしまうほど、眼前の畑は"山"そのものだった。
「ここは、昔から乙葉の家が所有してる地畑やで。畑っていっても、"山の木を切って柿を植えただけ"って感じやけどね……」
すごいところでしょ……と苦笑いの由愛さん。
「バイト……。ここは、早く進もうとせんでええからな。しっかり脚立の足を地面に刺して慎重にやっていけ」
……農主さんからまともなアドバイスが飛んでくるのは、もしかすると初めてなのではなかろうか。
ここがいかに過酷で危険な場所かということが、ヒシヒシと伝わってくる。
「もしここから滑り落ちたら……お前の行く場所はあそこや」
農主さんの指さす先は、山の斜面と斜面の重なる……谷底の方。
下になにかあるようだが、それがなにかは判別できない。それくらい、ここから遠いのだ。
「そして……あそこに逝く」
そのまま指は空を向く……てそれってすなわち天国行きってことですか!?
「大丈夫や……。もしお前が落ちたら祠たてたるから」
「……お、落ちないように頑張ります……」
こんな山奥の柿畑で祠になるなんて、ぜったいに嫌だ……!