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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
春のめつみ篇:柿農園の戦士(?)たち
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9話:S・K・E。(2)



 トリコさんは大声で叫びながらこっちに向かってくる……!


「トト……トリコさん! お疲れさまっす!」

「「お疲れさまぁぁっす!!」」

「じゃかましいわぃ!! しょーもないことしとらんと、さっさと仕事せんかいぇぇええっ!!」

「「ひっ、ひぃぃぃぃ……っ!!」」


 必死に敬礼していた黒豚さん率いる集団も、トリコさんの一喝を受けて完全に縮み上がる。

 この農園のヒエラルキーが一目で理解できる図だった。


「……んん?」

「ひぃっ!」


 それまで黒豚さんたちを睨み付けていたトリコさんがこっちを向いた!

 ヤバイ……コロサレル……。


「おやおや、あんたかい。乙葉さんとこのお手伝いさんってのは」


 だが、俺の鼓膜を揺らしたのは、温かみのある声。

 目の前にいたのは、一人の優しそうなバアさんだった。


「ええ、大学生の塙山草太くんです」

「おーおー、えらい若い子やねぇ。これは乙葉さんたちも助かるわぁ~」

「ど……どうもはじめまして……。塙山草太っす」


 優しげなバアさん……トリコさんは、俺の両二の腕をぺたぺたと触ってくる。


「最初は色々しんどーやろけどね~、頑張ったってね~。このババアからも頼んますでね~」

「は、はぁ……」


 想像していたのと全然違う展開に、俺は大いに戸惑った。

 あれ? この人、完全に危ない部類の人だと思ってた。

 けど、今のトリコさんからはそんな雰囲気はぜんぜん感じない。


「ほなねぇ~、ワシらはそろそろ作業しまっさぁ~。なんせ広い畑なもんでね~。こんなババアでも働かないかんのですわ~」


「難儀なこっちゃ、キェキェキェ」と笑いながら、トリコさんは黒豚軍団に向き直る。

 途端、そのヘアピンカーブのような背中から鋭い殺気が立ちのぼり……


「ほれぇええ! シャッシャと仕事せんかいやぁぁああ――ッ!!」

「「はいぃぃ……っ! しゅみましぇぇぇ~~んッ!!」」


 優しいトリコバアさんは、あっという間に怪鳥トリコに変貌を遂げたのでした。


「向こうの端から始めるで、さっさとついてこんかいぃぃぃ!! キェェェエエエエエ――ィィ……」

「「わっしょいっ! わっしょいっ! ……」」


 怪鳥と黒豚軍団は、荒れ狂う動物の群れのように、そのまま畑の奥へと消えていった。

 この場に残ったのは俺たち『乙葉おれんじふぁーむ』の面々、それと寝起きの女の人だけ。

 なんか……圧倒的な光景だった。

 未知との遭遇ってこんな感じなんだろうか。


「いや~、元気だなぁうちのバアちゃんは」


 のぼんとした雰囲気で頭をポリポリ掻く女の人。

 そのヨレヨレの桃色キャップ帽からして、この人もここのお手伝いさんなんだろうか。


「はなくん。この人がこの農園の主さん。早乙女(さおとめ)(れい)さんやで」


 農主さんでした。

 ふふ……もう色々ありすぎて、こんなことじゃ驚きませんよー。


 あ、そういえばさっき黒豚リーダーが言ってた"早乙女玲女史"って、この人か。


「よ~バイトくん。はじめまして~。ようこそ早乙女農園へ~」

「は、はじめまして。塙山草太といいます」


 由愛さんの紹介に、早乙女玲さんが手をひらひらと振る。その呑気な仕草にこっちも思わずあくびが出てしまいそうだ。


「……ところで、あの黒服の人たちは何者なんでしょうか……」


 いきなりで失礼ながら玲さんに尋ねてみた。だって、あの集団怪しすぎて気になるんだもの。


「ああ~。あの人たちは、冷淡扇風機……いや、ファン……だったかな~。ともかくそんな集団で、わたしの大学時代から良くしてくれててね~。なんでかは分からないんだけどね~」


 さっき黒豚さんが言ってた『レイたんファンクラブ』ってのは、やっぱりそういうことなのか。

 つまりあの黒豚さんたちは、大学時代からの玲さんのファン、ということ。

 今の話からするに、当人は全然理解していないようだけど……。憐れ黒豚軍団。


 でもたしかに、のほほん感に隠れがちだが、玲さんは長身で、目鼻立ちもスッとしていて美人だ。一部からファンを集めるのも理解に難くないかも。


「わたしが大学出て農家継ぐってなった時、あの人たちも手伝ってくれるようになってね~。それからどんどん畑も大きくなってって~、立派な倉庫も建ってね~」


「今では十倍広くなった~」と、にへらと笑う玲さん。

 スケールのでかい話なのに、どうも気が抜けるな……。


 ん……?

 てことは、この大規模な畑や倉庫は、あの黒豚さん集団が興したってことなのか……。すげぇな黒豚。


「わたし、なぁんにもしてないのにさ~。いつのまにやら、大農園の農主さんになっちったんだよねぇ~」

「……」


 この人もある意味すげぇ。




 * * *




「よいしょっと、とりあえず飲み物はここに置いておきますねー」

「うむ、ありがとね~若い衆」


 倉庫の空いたスペースに持ってきた段ボールを置いて、今回の挨拶回りは終了だ。


「では、私たちもそろそろ戻りますね。今シーズンもよろしくお願いします」

「うん、こちらこそよろしく~。また暇な時にでも遊びにおいで~」


「わたしはもう一眠りするかな~」とノビる早乙女家の農主さん。あなたはお働きにならないのですね……。


 玲さんの眠そうな笑顔に見送られて、俺たちは『S・K・E』をあとにした。


「ちょっと早いけど、このままお昼にしよか。今日はうちで食べよう」


 時刻は午前十一時を回ったところ。

 なんだかやけに半日が長く感じた。

 軽トラの荷台に揺られて、俺は今日の出来事を思い返す。



 今回の農家巡りで感じたこと。



 ――柿農家って、変な人ばっかしやな……。



 俺の心を代弁するかのように、上空を泳いでいた一羽のカラスが「カー」と鳴いた。



「おう……ところでバイトよ」

「あ、はい」


 突然、軽トラの運転席から呼ぶ声が。


「お前今日、えらいノンビリなご出勤やったみたいやな……」

「……」


 ……あ。


 すっかり忘れてた。

 遅刻してたの、バレてたのね。



 その後、俺は両方の鼻に柿の蕾を突っ込まれた。

 ふががーっ。





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