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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
春のめつみ篇:柿農園の戦士(?)たち
15/43

8話:S・K・E。(1)



 凸凹道を抜けて、再びアスファルトで舗装された道をゆく。

 右も左も、相変わらずの柿畑。通勤路しか知らない俺にとっては、もうどこを走っても同じ場所のように見えてしまう。


 あ、そうそう。荷台の隅で揺れていた前野さんの装備品は、さきほどティッシュに包んでそっと野に返してやった。ちゃんとお母さんのところに帰るんだよ。



 そしてしばらくして到着したのも、やはり柿畑の前だった。


「はなくん、もうちょっとだけそのまま乗っててね」


 軽トラは速度を落としてそのまま柿畑の入口に向かい、その先の下り坂をゆっくり進んでいく。

 けっこう勾配のある坂だ。農主さんの運転にも若干慎重さがうかがえる。

 というかこの坂、結構長いな。どこまで下りるんだろう……。


 そして軽く五分は経った頃、ようやく俺たちは坂の最下部に辿り着いた。

 車から降りる由愛さんと農主さんもさすがに疲れた様子。


「ふぃぃ。やっぱり、早乙女(さおとめ)さんとこの畑は広いね~」


 ……早乙女。

 はて。どこかで聞いたことのあるような。


「はなくん。ここがもう一つの目的地の早乙女さんの畑やで。といっても、うちのお隣さんやねんけどね」

「え、ここ、『おれんじふぁーむ』の隣だったんですね」

「うん。そやでー」


 全然気づかなかった。

 ここでの土地勘が身につくには、まだまだ時間がかかりそうだ……。


「お隣さんていっても、ここからかなり離れてるんやけどね……。早乙女さんの畑はすごく広いから」

「そうなんですか? 『おれんじふぁーむ』よりもですか?」

「うん。何倍も大きいよ。全国的にみても大きい方かなぁ」

「うへぇぇ……」


 乙葉さんちでも相当広いと思ってたけど、上には上がいるんだなぁ。


 ……ん?

 あれ?


 嫌なことに気がついた。


 この畑は、早乙女さんの畑。

 で、『乙葉おれんじふぁーむ』のお隣さん。


 てことは……。


「おや、君たちは……」


 と、目の前から一人の男性が現れた。


 ふくよかな体型のその人は、一見スーツのようにも見える黒い服を身にまとっている。

 そして黒いサングラス。帽子は桃色地に白い字で『S・K・E』と描かれている。

 控えめにいって、強烈に似合っていない。……あ、それにこれ、農主さんの帽子と同じやつだ。


 その男性は俺の背後にいる農主さんの姿を認めると、


「おお、乙葉さん。ご苦労さまですっ。おう、お前らも挨拶に来い!」

「「わっしょいっ!!!」」


 男性の呼び声に、周りの柿の樹から同じ真っ黒な服を着た人間がぞろぞろと這い出してきた。その数ざっと二十人ほど。皆さん揃いも揃っておデブさんだ。

 その様、家具の隅から出てきたGの如く……ううう、鳥肌が。


 G……もとい、黒服集団は畑道の上にキレイに整列。

 そのまま、最初に出会った男性の合図で、一斉に敬礼のポーズ。


「「お疲れさまです!!」」


 一糸乱れぬ動きだった。


「今日も鬱陶しいやつらやな」

「ありがとうございます!」

「「ありがとーございまーす!!」」


「鬱陶しい」は、彼らにとって褒め言葉だそうです。


「君は、アルバイトくんだね?」


 すると、リーダー的なふくよかな男性が俺に話しかけてきた。


「あれ? 俺のこと知ってるんですか?」

「ああ、噂はかねがね聴いていた(・・・・・)よ。なぁに、ちょいと『おれんじふぁーむ』のフェンスにへばりついて、作業風景をこっそり観察させてもらっていたのだよ。すごいだろう?」

「あ、ああ~……、どうなんでしょう」


 それって、覗き見じゃないか。

 法的にどうなんでしょう……。


「ところでどうだい。僕たちのこの洗練された隊列は」


 俺が返事に困ってるあいだに、あっさり話題が入れ替わっていた。

 なんか調子狂う人だ。


「我らこそ、早乙女(さおとめ)(れい)女史を見守り、この『早乙女(S)(K)エンペラーズ(E)』」を発展させるべく集まった少数精鋭の集団……『レイたんファンクラブ』なのだ」


 ふ……ファンクラブ!?

 というかその桃色の帽子の『S・K・E』って文字、ここのロゴだったのか。

 どこぞのアイドルグループは関係なかったんだな。


「そして僕が、そのリーダーを務める黒部(くろぶ)太郎(たろう)っす」と名刺を渡された。


 ……黒豚ロース?

 この人、ぜったい昔にその名前でからかわれただろうな。

 それに色々と聞き慣れないワードが出てきて、よーわからん……。


 黒豚さんから目を逸らすべく、俺はわざとらしく畑を見回した。

 キレイに整備された畑だ。

 ふんわりした土が柿の樹の根元を包み、周囲の雑草も均等な長さに刈り取られている。

 並木道みたく広がる畑道の端には、人が住めそうなほど大きな倉庫があり、そこにも『S・K・E』のロゴが刻まれている。

 まるで大企業の工場みたいだ。


 ……いや、そうじゃない。

 問題は、由愛さんと農主さんがその倉庫に向かっているってことだ。

 俺だけを残して。


 農主さんはいつものとおり堂々とした様子だが、由愛さんは明かにこちらを気にしていた。

 ふと目が合うと、両手を合わせて「ごめんっ」の仕草。


 もしや……。

 いつもなら、今のようなタイミングにこそっと補足説明を入れてくれる由愛さんが……逃げた……!?


 たしかに、この黒豚さんと由愛さんが並ぶと危険な香りがプンプンしそうだが……。まさか、由愛さんが俺を見捨ててまで逃げたくなるほどの相手だとは……。


 だが、由愛さんたちは倉庫前でなにやら話すと、すぐにこちらに戻ってきた。

 続いて倉庫のガレージから二人の人影が。


 一人は、長身で妙齢の女性。

 帽子(やはり桃色のロゴ入り)を逆さ被りにして、後ろで結った黒い髪が背中あたりまで流れている。

 少し切れ長の双眸は……あれ? あの人、目閉じてる?

 しかも足取りがフラフラで、たまに由愛さんや農主さんに支えられながら歩を進めている。

 あれは……まさに、寝起き(・・・)だ。



 そしてもう一人は。

 そう……。皆さんご存じのあの方(・・・)だ。


「おーらお前らぁぁぁあ――! まぁたサボっとるんかいなぁぁああ!」


 で、出た……!

 くの字に曲がった背中。シワシワの顔。そして、鋭い眼光。


 この畑の(たぶん)ヌシ…………早乙女トリコさん(94)である!





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